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第三十三話 協力依頼

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「ええっ!?俺とナナミさんですか!?」

 と、おもわず大声を上げてしまったところで、俺は左右から突き刺さった灼熱と氷の視線に戦慄した。
 
 ……しまった。ついうっかり。

「おや。僕はミスターKを貸してくれと言ったつもりだったけど。……さては、君が巷で噂のミスターKなのかい?」

 さも可笑そうに、藤堂支部長は目を細めて俺を見ている。

「このアホンダラが……」

「すみません……」

 会長が放つファフニール並のプレッシャーに、顔が上げられない。ほんとはこの人、ネームド真獣なんじゃなかろうか。

「ふん。まぁいい。……どうせビャクヤにはとっくにバレている」

 ……え?

「あは。まぁね。一応、探検者登録した人は全員身元を把握するようにしているんだ」

 あ、そうなの。
 
「ミスターKなんて愉快で露骨な偽名で登録してくる人間なんて、流石に見逃せないからね。ただまぁ、ヤバい人物ではないと分かれば、正体について他言しないのが僕のルールさ」

 一通りニヤニヤした後、藤堂支部長は「ところで」と付け加えた。

「ミコトが正体を隠そうとするあたり、彼はきっとすごいギフトを持ってるんだろう?」

「……そうだ。貴様の推測通り、偽名を使った理由はコイツのギフトが特殊だからだ」

 そう言って会長はすいっと隣に視線を移した。
 
「諸外国のギフト狩りを避けるため、この件はくれぐれも口外しないで貰いたい」

 頼むと言うよりは警告という感じの口調に、警察の偉い人はこくこくこくこくと頷いていた。
 三鶴城ミコトを敵に回すことの恐ろしさは、少し上層の人なら誰でも理解していることのようだ。

「まぁ、ギフト狩りなんて仕掛けてきたら僕が許さないけどね。でも興味あるなぁ、僕にだけこっそりと教えてよ、どんなギフト??」

「教えたら魚の餌にするぞソータ」

「……というわけなので無理です」

 肩をすくめて「残念」と呟くものの、藤堂支部長は全然残念そうな顔はしていなかった。いずれ分かる、とでも言いたげだった。
 

「話を戻すぞビャクヤ。この二人を借りたい、だと?理由を言え。二人に何を求めている」

 藤堂支部長からチラリと視線を向けられ、警察の偉いおじさんがハンカチで額を拭きながら口を開いた。
 偉いはずなのに、ずっと縮こまってなんだか哀愁すら漂っている。元特級探検者とファフニールに挟まれたらしょうがないか。

「マ、マンドラゴラに関して、その群生するダンジョンは限られています。……しかし、それらをしらみ潰しに調べても、誰かがゲートから持ち出した形跡は見つかりませんでした。もし、野良ダンジョン以外のことを考えるならば……」

「ならば?」

「我々は、既存のダンジョンのいずれかに、『ゲートが二つある』可能性を考えています」

 ゲートが二つ。つまり、入り口が二つあるダンジョンか。確かに、あり得ない話じゃあない。過去に何例かは、そんな報告があったはずだ。
 
 でも、たまたまそれがマンドラゴラの群生ダンジョンで、かつ、たまたま片方は誰にも知られていないゲートだった、なんて。
 ……結構都合が良すぎる気はするけど。いや、この場合は悪すぎる、か?

「だが、それも当然調べたのだろう?」

「はい。それらしきものは見当たりませんでした。そのため、一度はその可能性を排除していたのですが……」

「この間の、風魔の修行場での新フロア発見。あれが、結構インパクトあったんだよね」

「そうです。二十年も未発見だった次階への扉が発見された。これは大変なことです。扉は、非常に巧妙に隠されていたと聞いています」

 巧妙に、というか、もう【真眼】でしか見つけられない封印だったんだけどね。

「となりますと、今回の件についても、第二のゲートが普通では見つからない状態で隠されている可能性が捨てきれなくなったのです」

「……そこで、新フロアを見つけた実績のあるウチの二人を借りたいと、そういうわけか」

「その通り。きっと新フロア発見は彼のギフトと関係あるんだろうけど……そこは深くは聞かないよ。第二のゲートを見つけてくれればそれでいい」
 
「二人を貸すことでウチにどんな見返りがあるか言え。さもなくば交渉にならん」

 会長の反応は予想通りだったようで、藤堂支部長は目を軽く閉じて頷いた。

「櫻井ナナミの即日一級昇格は当然として……ミスターKの三級昇格を、僕の権限で認めよう。こちらも即日だ。これでどうだい?」

 三級昇格を、即日……つまり半年後の試験を待つ必要がないってこと?そんな例外、聞いた事がない。過去のナナミさん……【氷剣姫】だって、試験は日程通りに受けていたはずだ。
 俺が三級になれば、ナナミさんの一級昇格と合わせて、もう二人でどんなダンジョンにも潜れることになる。
 会長のぶち上げた、二年でダンジョンの秘密解明しちゃうぞ計画が、現実味を帯びる……かも知れない。

 会長はごく一瞬だけ苦い顔をしたものの、

「……いいだろう。二人を貸してやる」

 ほぼ即答だった。
 まるでこちらの計画を読んでいるかのような申し出だ。やはり藤堂支部長、只者ではない。服装だけが実に惜しい。

「よし、決まりだ。じゃあ、これからよろしく頼むよ、二人とも」


 ◆◆◆


 二人が帰った後、会長は会議室の机をガンガンと蹴っていた。どこからか取り出した酒瓶を片手に。

「くそっ、気分が悪い。あのド阿呆め!私の会社でアホヅラ晒しおって!!」

「……ナナミさん。どうして会長は藤堂支部長がこんなに嫌いなんですか?」

「私も詳しくは知りません。とにかく前からこんな感じだったそうです」

「詳しく知らないのに青汁で参戦したんですか」

「業務命令でしたので」

 そんな業務命令はイヤだな。

「ええい!ソータ、わかっているな!?手ぶらで帰ってくるな!アイツの弱みを五、六個握ってこい!!これは業務命令だ!」

「いやですよ……」

「酒だ!飲むぞ付き合え!!」

「えー」

「なんだ貴様、私の酒が飲めんというか?減給するぞ!」

「アルハラー、パワハラー」

 ……自分で言うのもなんだけど、だんだん会長のあしらいに慣れてきた気がする。うん。これくらいの距離感がちょうど良いんじゃなかろうか。

 と呑気に思っていたら、ゼロ距離で背後に強烈な殺気を感じた。

「……ソータ貴様。今一度、身の程というものをその身体に叩き込んだ方が良いようだな」

「……うげげげげげっ!!ぎ、ギブギブ!!」
 
 首の一切の血流をぎゅうぎゅうに堰き止められ、俺は遠のく意識を連れ戻そうと必死にもがいていたところで……

 
 ――ピッ。
 

 うっかり肘がリモコンに当たり、会議室内のデカいテレビが、パッと起動した。


 その時たまたま、ある番組が放送されていた。

 
 それは、マンドラゴラ中毒者とその家族のドキュメンタリーだった。


 番組では、マンドラゴラが規制される前……息子がマンドラゴラ中毒となり、病院で隔離の末に亡くなったという親を取り上げていた。

 マンドラゴラは、主に人格の凶暴化と身体能力の大幅な向上による凶悪犯罪の増加ばかりが注目されるけれど、その麻薬としての常習性、そして欠乏した際の禁断症状の程度が、群を抜いてヤバいことが実は最も恐ろしい。

 そしてダンジョン産のマンドラゴラは、その中毒に対して地上の治療薬が全く通用しない。
 
 ダンジョン産のハーブで一部症状を緩和できるものがあるそうだけど、あくまで気休め程度。病院ではせいぜい隔離するくらいで、完全にお手上げ状態だと言うことだ。

 ダンジョンに関わる者として、多少は理解していたつもりだったけど……俺は、全然、分かっていなかったみたいだ。
 
 中毒になった息子は、禁断症状で暴れて暴れて……最後は、自分で自分の手首を噛みちぎって、失血死した――そう、語られていた。

 俺はただ、画面を無言で見つめることしかできなかった。あまりに壮絶で……辛い最期。親の悲しみは、俺には想像もつかないほどだろう。
 
 会長も、言葉を発さない。俺の首を折りそうなまでに絞め上げていた力は、とっくに緩んでいた。
 

 そして最後に、一言、親の言葉を取り上げて……番組は終わった。

 

『ダンジョンなんか、無ければ良かった』

 

 
 
「――会長」

「なんだ?」

「明日、有休取ってもいいですか。それと、一つお願いがあるんですけど」

 
 

 
 
 
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