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戻らない時間
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「美姫も……最近、何かあったんじゃない?」
薫子がトーンを落として美姫に尋ねた。
美姫の誕生日祝いで集まった時、薫子は美姫と大和の間になんとなく違和感を感じた。でもその時は、薫子はお見合いの件を打ち明けるかどうかで悩んでいた為、そこまで深く追求する余裕がなかった。
美姫は突然緊張で、身を固くした。
どうしよう……言っても、いいの?
美姫は言い出すべきか、躊躇っていた。
叔父である秀一が好き、と以前に打ち明けたことはあったが、その時は淡い恋心を抱いていた段階であり、今とは状況が異なる。
どんなに薫子に批難され、反対されようが、もう美姫は戻れないのだ。
友達で、いられなくなるかも…しれない……
大学が離れたとはいえ、お互いを理解し、励まし合ってきた親友をなくしたくない。
それ、でも……誰かに話したい。誰かに聞いて欲しい。
理解なんて、してもらえなくてもいいから……押し潰されそうな不安と孤独を吐露したい。
美姫はゴクリと唾を飲み込むと、薫子の瞳を真正面に据えた。薫子も美姫の真剣な表情に、座り直して真っ直ぐに見つめ返す。
「私……秀一さんと、付き合ってるの」
もしかして、大和と美姫がまた付き合うようになったのでは……と密かに期待していた薫子は、少なからずガッカリした。
美姫は……本当に、いいの? 叔父さん、なのよ?
誰にも打ち明けられない……辛くて苦しい恋、なのに……
だが、それは悠と薫子にとっても同じ事だ。
対立する派閥の御曹司と令嬢という立場の二人は、公に付き合うことは許されない。
美姫は悠に片想いしてた時から悩みを聞いてくれたり、励ましてくれ、付き合い始めてからは自分たちを応援し、支えてくれた。
きっと、美姫は……私が悩みを聞いてあげられない間、一人で悩んで、悩んで……悩んだ末の結論だったんだ。私が悠以外の人が考えられないように、美姫には、秀一さんしかいないんだ……
だったら、私は……親友として、美姫の味方になってあげたい。
「美姫、おめでとう。よかったね、ずっと好きだった人と一緒になれて……」
薫子は、慈しむような笑顔で美姫を見つめた。
「かおる、こ……」
拒否、されなかった……受け、止めて…くれた……
美姫の目尻から、涙が頬を伝って落ちた。
「実はね……秀一さんの住むマンションに、引っ越しすることになったの」
「えっ!!一緒に住むの!?」
思わず薫子が声を上げてしまう。普段声を上げることのない薫子の反応に、美姫はフフッと笑う。
「そうしたいんだけど、それはやっぱり難しいから……同じマンションの別の階に空室があったから、そこに引っ越すことになって……」
「そう、なんだ……美姫のご両親は知ってらっしゃるの?」
「うん、秀一さんがね……説得してくれて……」
美姫がはにかみながら話す姿を、可愛いな…と思いながら、薫子は美姫の恋人となった叔父の秀一を思い浮かべていた。
来栖秀一。美姫の叔父で、『ピアノ界の貴公子』とも称される才能あるピアニスト。
幼稚舎から高等部まで頻繁にお互いの家を行き来していた薫子は、今までに何回か秀一には会ったことがある。美しく整った顔立ち、物腰が柔らかく、スマートな印象で、会えばいつも穏やかに挨拶をしてくれたが、薫子はなんとなく秀一のことが苦手だった。
どこが?と聞かれると困ってしまうが、フレームの奥のあのライトグレーの瞳に冷たく映し出される光に、近寄り難さを感じていた。
美姫を映す時だけは柔らかく、温かみがあるものの、その他のものを見る時の瞳の奥に潜む冷たさ……それを思い出すと背筋が寒くなる。薫子の心の奥底で、近寄ってはいけない人だと訴える第六感のようなものが騒ぎ出すのだ。
でも、美姫が好きになった人なんだから、応援してあげなきゃ……たとえ...叔父と姪という禁忌の関係であったとしても、私は美姫の味方として、傍にいてあげたい。
薫子はふと、そう言えば『初恋』の島崎藤村も姪との恋愛スキャンダルを起こしたことを思い出した。
確か、あの末路は……いや、考えたくない。
薫子は、心の中で首を振った。
美姫と秀一さんには、どんな未来が待ち受けているのだろう……
美姫の幸せ---好きな人と一緒になって欲しいと願いながらも、そのことで美姫が不幸になって欲しくない……
そんな複雑な思いに、薫子は駆られた。
薫子がトーンを落として美姫に尋ねた。
美姫の誕生日祝いで集まった時、薫子は美姫と大和の間になんとなく違和感を感じた。でもその時は、薫子はお見合いの件を打ち明けるかどうかで悩んでいた為、そこまで深く追求する余裕がなかった。
美姫は突然緊張で、身を固くした。
どうしよう……言っても、いいの?
美姫は言い出すべきか、躊躇っていた。
叔父である秀一が好き、と以前に打ち明けたことはあったが、その時は淡い恋心を抱いていた段階であり、今とは状況が異なる。
どんなに薫子に批難され、反対されようが、もう美姫は戻れないのだ。
友達で、いられなくなるかも…しれない……
大学が離れたとはいえ、お互いを理解し、励まし合ってきた親友をなくしたくない。
それ、でも……誰かに話したい。誰かに聞いて欲しい。
理解なんて、してもらえなくてもいいから……押し潰されそうな不安と孤独を吐露したい。
美姫はゴクリと唾を飲み込むと、薫子の瞳を真正面に据えた。薫子も美姫の真剣な表情に、座り直して真っ直ぐに見つめ返す。
「私……秀一さんと、付き合ってるの」
もしかして、大和と美姫がまた付き合うようになったのでは……と密かに期待していた薫子は、少なからずガッカリした。
美姫は……本当に、いいの? 叔父さん、なのよ?
誰にも打ち明けられない……辛くて苦しい恋、なのに……
だが、それは悠と薫子にとっても同じ事だ。
対立する派閥の御曹司と令嬢という立場の二人は、公に付き合うことは許されない。
美姫は悠に片想いしてた時から悩みを聞いてくれたり、励ましてくれ、付き合い始めてからは自分たちを応援し、支えてくれた。
きっと、美姫は……私が悩みを聞いてあげられない間、一人で悩んで、悩んで……悩んだ末の結論だったんだ。私が悠以外の人が考えられないように、美姫には、秀一さんしかいないんだ……
だったら、私は……親友として、美姫の味方になってあげたい。
「美姫、おめでとう。よかったね、ずっと好きだった人と一緒になれて……」
薫子は、慈しむような笑顔で美姫を見つめた。
「かおる、こ……」
拒否、されなかった……受け、止めて…くれた……
美姫の目尻から、涙が頬を伝って落ちた。
「実はね……秀一さんの住むマンションに、引っ越しすることになったの」
「えっ!!一緒に住むの!?」
思わず薫子が声を上げてしまう。普段声を上げることのない薫子の反応に、美姫はフフッと笑う。
「そうしたいんだけど、それはやっぱり難しいから……同じマンションの別の階に空室があったから、そこに引っ越すことになって……」
「そう、なんだ……美姫のご両親は知ってらっしゃるの?」
「うん、秀一さんがね……説得してくれて……」
美姫がはにかみながら話す姿を、可愛いな…と思いながら、薫子は美姫の恋人となった叔父の秀一を思い浮かべていた。
来栖秀一。美姫の叔父で、『ピアノ界の貴公子』とも称される才能あるピアニスト。
幼稚舎から高等部まで頻繁にお互いの家を行き来していた薫子は、今までに何回か秀一には会ったことがある。美しく整った顔立ち、物腰が柔らかく、スマートな印象で、会えばいつも穏やかに挨拶をしてくれたが、薫子はなんとなく秀一のことが苦手だった。
どこが?と聞かれると困ってしまうが、フレームの奥のあのライトグレーの瞳に冷たく映し出される光に、近寄り難さを感じていた。
美姫を映す時だけは柔らかく、温かみがあるものの、その他のものを見る時の瞳の奥に潜む冷たさ……それを思い出すと背筋が寒くなる。薫子の心の奥底で、近寄ってはいけない人だと訴える第六感のようなものが騒ぎ出すのだ。
でも、美姫が好きになった人なんだから、応援してあげなきゃ……たとえ...叔父と姪という禁忌の関係であったとしても、私は美姫の味方として、傍にいてあげたい。
薫子はふと、そう言えば『初恋』の島崎藤村も姪との恋愛スキャンダルを起こしたことを思い出した。
確か、あの末路は……いや、考えたくない。
薫子は、心の中で首を振った。
美姫と秀一さんには、どんな未来が待ち受けているのだろう……
美姫の幸せ---好きな人と一緒になって欲しいと願いながらも、そのことで美姫が不幸になって欲しくない……
そんな複雑な思いに、薫子は駆られた。
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