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変えたい、変わりたい……

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 翌日も、その翌日も、遼は自分が取っているわけでもないのに薫子の受けている講義の教室を覗き、ちょっかいを出しては帰って行った。

 そして次の日、いつものようにポツンとひとりで座っている薫子に遼が声をかけた。

「おい薫子、お前...いまだにぼっちなのかよ」

 ぼっち? ぼっちって...一人ぼっちのこと?

 それに気付き、薫子は顔を赤くして俯いた。

 そんなこと、わざわざ大声で言わなくてもいいのに......すごく、恥ずかしい。

「ったく、お前はいつまでたっても内気な性格直ってねぇんだな。しゃあねぇなぁ、俺が協力してやるよ」
「い、いいっ。遼ちゃんが関わると、とんでもないことになりそうだから!」

 そう言って顔を上げた薫子の両頬を遼がムニと摘んだ。

「んだとぉ! 俺様がお前のために友達作ってやるって言ってんのに、どの口が言ってんだ!」
「い、いひゃいよ、りょうちゃ......」

 すると、前の席に座っていた学生が肩を揺らしてクスクスと笑いだしたかと思ったら、もう耐えられないというように、お腹を押さえて大声で笑っている。

 う...平川さんに笑われちゃった......

 同じ文学部で日本文学コースを取っている平川陽子とは履修科目が重なるため、よく講義で顔を合わせることはあったが、それまで話をしたことはなかった。

「おいこら、何笑ってんだ」

 遼が声をかけると、前に座っていた陽子が振り向いた。目尻には涙まで溜まっていて、相当笑っていたらしい。

「ごめん、ごめん!なんか漫才みたいだなぁと思って。しかも、その相手が櫻井さんだから、ビックリしたってゆうか。櫻井さんって、もっとお高く止まってて、クールな人だと思ってたから」

 え、嘘......

 薫子は、他人が自分にそんな印象を持っていることに驚き、愕然とした。

 私、そんな風に思われてたんだ......

「ッハァ!?んなワケねぇだろ! こいつ、ただのビビリで人と話すの苦手なだけだから。
 ちょうどいいや、お前こいつのダチになってやってくんね?」
「ちょ、ちょっと、遼ちゃんっっ。そ、そんな...失礼だよっ。
 ごめんなさい、平川さん......」

 そんなこと突然言われても、平川さんだってきっと迷惑なはず......

 強引な遼の態度に、薫子は申し訳ない気持ちになって謝った。

「私でよければ、友達になって。陽子でいいよ、櫻井さん」

 にこりと笑いかけた陽子に、薫子は上気した。

「じゃ、私のことも...薫子って呼んでもらっても...いいですか」
「ふふっ。薫子、敬語じゃなくていいから。うちら、同い歳でしょ!
 もしかして、薫子って天然?こんな面白い子だと思わなかった」

 え...天然......

 初めてそんなことを言われてショックを受けるが、嬉しそうな顔で話す陽子を見ていると、薫子も思わず笑顔になった。

「よかったな、ぼっち生活から抜けられそうで」

 遼が満足そうに頷いた。

 遼ちゃん...もしかして、ずっと私がひとりなのを気にして、心配してくれてたのかな......


 今まで悠も美姫も大和も自分の側にいてくれて、大切な恋人や友人ではあるけれど、薫子が他に友人を作れるようにと諭したり、しむけるようなことはしなかった。遼は、薫子が外の世界に目を向けるようにと初めて示した人間だった。

 すぐには無理かもしれない。
 けれど、少しずつでもいい、小さな変化でもいい。変えていきたい......
 変わりたい。 

 それから、薫子は今まで向こうから挨拶されれば返していたのを自分から挨拶するようになったり、陽子を通して他の学生とも少しずつではあるが話をするようになった。

 そのお陰で薫子に対する周りの態度はかなり緩和した。以前は話しかけられる時もどことなく遠慮がちな感じだったが、そういった壁が少しずつ取り払われていくように思えた。

 遼の薫子への扱いの酷さは女子からの同情を引き、いつしか嫉妬のようなものも感じなくなっていた。

「薫子って、話しかけやすくなったよね」
「そうそう。未だ、お嬢様って清楚な雰囲気はあるけど、もっと柔らかくなった気がする」

 周りの声を聞き、薫子は今までいかに3人以外の人間と接触していなかったのかを感じた。

 陽子とは取っている講義がほとんど重なっていることもあり、よく一緒に行動するようになった。

 講義と講義の合間に時間が空いた時などは今までなら一人で過ごすことが多かったが、陽子と親しくなってからは一緒にカフェテリアでお茶をしたり、図書館でレポートの資料を探したりして過ごしている。

 授業後はお稽古事の予定が詰まっており、迎えの車が来るのでプライベートを一緒に過ごすことはないが、それでも薫子にとっては大きな変化だった。

 そして、昨夜、薫子の変わりたいという思いは更に強まった。

 その原因となったのは、美姫から届いた一通のメールであった。
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