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忍び寄る足音

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 ばあやの後をメイドが引き継いだ。

「申し訳ありませんが、私はこれで」
「えぇ、ばあや。ありがとう......」

 以前に悠と逢い引きして帰ってきた時といい、ばあやに心配をかけてしまっていることを薫子は心苦しく思った。

 陽子の希望により、両親が使う部屋以外を案内してから薫子の部屋へ向かうことになった。

「はぁーーーっ、さすが櫻井家ご令嬢だね。なんかお家を見せてもらってるっていうよりも、観光してるみたいだったもん。あまりにも凄すぎて、格差社会のレベルですらなかったわ」

 先ほど見てきた数々の調度品や美術品、豪華な内装に、薫子の部屋で用意されたルイボスティーとフランボワーズタルトを口にしながら陽子が感嘆した。

 『世界が違う』、か......

 以前に陽子に言われた言葉を薫子は思い出し、胸がチクン、と痛んだ。

「私にとっては、これが普通だから......陽子の生活がどのように違うのか分からないの」
「ま、そこがお嬢様たる所以だよね。羨ましい気持ちもあるけど、私にはとてもじゃないけど無理だわ。
 けど、ちょっと意外だったかも」
「え?」

 薫子は驚いて陽子を見つめた。

「薫子って和のイメージがあったから。お家もそんな感じなんだろうなぁって勝手に思ってたんだよねぇ。西洋風なお家だったから、正直びっくりした。
 でもまぁ、それはそれで薫子に似合ってるなって今は思うけどね」
「この屋敷は......元々母の生家なの。明治初期に曾々祖父が建てた屋敷が戦争で一度焼失してしまって、後に同じ外観で建て直したって聞いてる。殆どの美術品は東京大空襲の前に田舎に運んだから、無事だったらしいけど」
「ここお母さんの実家だったんだ、珍しいね。薫子のお父さんって養子なの?」
「......ううん」

 小さく答えた後、薫子は口を噤んだ。
 
 母方の祖父母は薫子が幼い時に亡くなったが、薫子の記憶の中にある祖父母はいつも父に対して遠慮し、恐れているようだった。

 自分たちの家にも関わらず同居することなく、小さなアパートに引っ越した祖父母。そんな彼らを薫子は幼心にも不思議に思っていた。

 そして中等部に入り、聞かされたばあやの言葉。

『薫子様のお母様である華子様は昔、風間財閥のおぼっちゃま、悠様のお父様である悠人様と恋仲だったのですよ。
 ですが......私の口からは申し上げられませんが、あることをきっかけに悠人様とはお別れになり、薫子様のお父様である龍太郎様と結婚されることになったのです』

 この時薫子は、父が元華族であった母の家柄の高名欲しさに櫻井財閥の名の下に圧力をかけ、無理やり母と悠の父親との仲を引き裂き、縁談を取り付けたのであろうことを推し測った。

 その後、いくら尋ねても頑なに口を閉ざすばあやの態度に、薫子はますます確信を深めたのだった。

 だが.......

 誰にも言えるはずがない。ましてや、悠には......

 自分の父親の恥を晒すかのようで、そしてそんな父親の娘であることを悠に知られたくなくて、薫子はその思いを胸の内に閉まったのだった。
 
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