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近づく唇
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階段を一段ずつゆっくりと踏みしめるように降りるたびに、心臓がきしみそうになる。
どんな顔をして会ったらいいんだろう......
応接間に向かう足取りは重く、見合いの日を彷彿させた。
応接間まで近づくと、扉が僅かに開いており、そこからばあやの声が聞こえてきた。
「香西様! 私があれ程、薫子お嬢様のことをお願い致しますと申し上げましたのに、急用でお帰りになり、ご友人に送迎を頼むなどとは何事ですか!」
普段温和で声を荒げることなどないばあやの激昂した声に、薫子は息を飲み、足を止めた。
「香西様がお嬢様を責任持って送り届けるからとのことで、運転手に暇まで出し、了諾したというのに......陽子様がいらした時には、私は眩暈を覚えて倒れそうになりましたよ。
無事に帰ってこられたからよかったものの、薫子様にもしものことがあったらどうされるおつもりですか!?」
ど、どうしよう......遼ちゃんが何か言い出す前に、止めないと......
そう思って薫子が一歩踏み出そうとした途端、
「申し訳ありませんでしたっ!」
部屋中に響き渡る遼の大きな声が聞こえてきた。
扉の隙間からはばあやに向かって90度に腰を折り、深くお辞儀する遼の姿が覗いて見える。
遼、ちゃん......
「急用とはいえ、大事な婚約者を放っておいていい筈がありませんでした。私が責任をもって、薫子さんを送り届けなければいけませんでした。大変、申し訳ありません......」
ばあやは遼の真摯な態度に触れ、落ち着きを見せた。
「将来の旦那様にこんなこと申し上げるのは出過ぎた真似だと自覚しているのですが、薫子お嬢様は私が命に代えても守りたい宝なのです。
どうか、お嬢様を......よろしくお願い致します」
今度はばあやが腰を低くしてお辞儀をし、遼は慌ててばあやの腰を支えて持ち上げた。
「ば、ばあやさん! いやっ、ばあやさんは全然悪くねぇ...ぁ、いやっ...悪くないですから。
どうぞ、顔を上げてください」
薫子は一連のやり取りに胸を熱くし、瞳を潤ませた。
これほどまでにばあやに愛されていたこと、それを知って嬉しく感じる一方で、こんなにも自分を思ってくれている人に嘘をつかなければならない深い罪悪感と後ろめたさを感じていた。
躊躇いながらもこれ以上聞き耳を立てていることも出来ず、薫子は扉をノックした。
ばあやが扉まで来ると薫子を迎え入れ、それと入れ替わりに出て行こうとする。
「何かあれば、どうぞお申し付けくださいませ.....」
「ありがとう、ばあや。
ぁ...あの......」
「なんでございますか?」
ばあやにお礼を言いたくて思わず声をかけてしまったが、それでは話を立ち聞きしていたことが知られてしまう。
「なんでもないの......」
「では、私は失礼致します」
どんな顔をして会ったらいいんだろう......
応接間に向かう足取りは重く、見合いの日を彷彿させた。
応接間まで近づくと、扉が僅かに開いており、そこからばあやの声が聞こえてきた。
「香西様! 私があれ程、薫子お嬢様のことをお願い致しますと申し上げましたのに、急用でお帰りになり、ご友人に送迎を頼むなどとは何事ですか!」
普段温和で声を荒げることなどないばあやの激昂した声に、薫子は息を飲み、足を止めた。
「香西様がお嬢様を責任持って送り届けるからとのことで、運転手に暇まで出し、了諾したというのに......陽子様がいらした時には、私は眩暈を覚えて倒れそうになりましたよ。
無事に帰ってこられたからよかったものの、薫子様にもしものことがあったらどうされるおつもりですか!?」
ど、どうしよう......遼ちゃんが何か言い出す前に、止めないと......
そう思って薫子が一歩踏み出そうとした途端、
「申し訳ありませんでしたっ!」
部屋中に響き渡る遼の大きな声が聞こえてきた。
扉の隙間からはばあやに向かって90度に腰を折り、深くお辞儀する遼の姿が覗いて見える。
遼、ちゃん......
「急用とはいえ、大事な婚約者を放っておいていい筈がありませんでした。私が責任をもって、薫子さんを送り届けなければいけませんでした。大変、申し訳ありません......」
ばあやは遼の真摯な態度に触れ、落ち着きを見せた。
「将来の旦那様にこんなこと申し上げるのは出過ぎた真似だと自覚しているのですが、薫子お嬢様は私が命に代えても守りたい宝なのです。
どうか、お嬢様を......よろしくお願い致します」
今度はばあやが腰を低くしてお辞儀をし、遼は慌ててばあやの腰を支えて持ち上げた。
「ば、ばあやさん! いやっ、ばあやさんは全然悪くねぇ...ぁ、いやっ...悪くないですから。
どうぞ、顔を上げてください」
薫子は一連のやり取りに胸を熱くし、瞳を潤ませた。
これほどまでにばあやに愛されていたこと、それを知って嬉しく感じる一方で、こんなにも自分を思ってくれている人に嘘をつかなければならない深い罪悪感と後ろめたさを感じていた。
躊躇いながらもこれ以上聞き耳を立てていることも出来ず、薫子は扉をノックした。
ばあやが扉まで来ると薫子を迎え入れ、それと入れ替わりに出て行こうとする。
「何かあれば、どうぞお申し付けくださいませ.....」
「ありがとう、ばあや。
ぁ...あの......」
「なんでございますか?」
ばあやにお礼を言いたくて思わず声をかけてしまったが、それでは話を立ち聞きしていたことが知られてしまう。
「なんでもないの......」
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