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決意

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 重なっている悠の唇が少しずつ開かれていく。その隙間を縫うようにして吐息を漏らした薫子の口に、悠の舌が入り込む。

「ッン......」

 深くなっていく口付けに、呼吸が荒くなってくる。悠の舌の動きに乱され、脳髄が痺れてくる。

 視界を薄く開けば、そこは見慣れた自分の部屋。いつもと同じ世界のはずなのに。

「ッハァ......」
「ハァッ、薫子......」

 悠がこの空間にいることが。愛撫されているという行為が。非日常を生み出し、背徳感を漂わせる。

 それに恐れを感じているのに、陶酔しそうになってしまう。いつも以上の快感が、背筋を駆け抜ける。

 長い口づけの後、ゆっくりと唇が離れた。悠の唇を名残惜しそうに見つめていると、その唇が低く言葉を紡ぐ。

「薫子......今日、婚約発表がされたでしょ?」
「え、どうしてそれを!?」

 悠の突然の言葉にパニックを起こしそうになる薫子を、悠が優しく抱き締めた。薫子の耳元で、溜め息混じりに悠が小さく告げる。

「......香西から、聞いたんだ」

 りょ、遼ちゃんが!?

 驚きのあまり言葉を発せずにいると、悠が続けて説明した。

「昨日の夜中、いきなり呼び出されて......大和も一緒に、除夜の鐘ついてきた」

 そういえば昨日、私も遼ちゃんに呼び出されたんだった。夜中に家を出るなんてとてもじゃないけれど頼めなくて、断ったけど。
 昨日もし遼ちゃんに会ってたら、私にも婚約発表のこと話すつもりだったのかな。

 さっき車の中で、婚約発表のことを知っていたのか、遼ちゃんに尋ねた時......

『昨日の夜、親父さんから聞いた。けど、お前には話すなって言われて......』

 その後、何か言いたそうな雰囲気を醸し出していた。結局、話すことはなかったけれど......
 遼ちゃんは、このことを話そうとしていたのかもしれない......

「あいつ、ほんとバカ正直。
『さっき薫子の親父さんから、明日の新年会で婚約発表するって聞かされた』って言ってきて」

 そう語る悠の声音には親しみと優しさがこもっており、以前に遼を語った時の冷たさは感じられなかった。

 そういえば、最近悠と遼ちゃん仲良くなったみたいだけど、何かあったのかな......

「それで......気になって、実は会場まで行ってたんだ。さすがに中には入れなかったけどね」
「えっ!? 悠、ホテルまで来てたの?」

 あそこにはたくさんのマスコミも来ていたのに......もし見つかっていたら、大変なことになっていたかもしれない。

「大丈夫。ロビーの横にある喫茶室から会場の外を窺ってただけだから」

 悠はさらりと言うが、薫子はそれが終わったことだと知っていてさえも生きている心地がしなかった。

「そしたら、薫子と香西が会場から出て行くのが見えて......ここまで後を追ってきた。香西が車で帰っていくのを見届けて、薫子に電話をかけたんだけど繋がらなくて。
 でも、家の中にいるのはわかってたから、薫子の部屋に石を投げて気づいてもらえるように祈ってた」

 悠が後をつけてたなんて、全然気づかなかった......
 それにしても、こんなに悠が大胆不敵な行動を取れる人だなんて。

 確かに私のことが絡むと冷静さを欠くようなことはあると思っていたけど、ここまでのことをするとは思わなかった。

 悠の話に面食らって目をパチクリとしている薫子の頬を、悠の掌が包み込んだ。

「驚かせて.....ごめん。
 自分でも自覚してるんだ。俺は、薫子のことになると抑制がきかなくなる」

 悠は頬に触れていた掌を後ろへ滑らせると、薫子を再び抱き締めた。

「俺は......一瞬たりとも君を離したくない。君をずっと俺の...俺のものだけに、したい」

 抱き締めた腕に力が籠もる。悠の熱情が、躰の芯奥にまで伝わって来る。

 もう、正式に婚約したことにされ、婚約発表まで公にされてしまった。遼との婚約を解消するなんて、今更できるわけがない。

 ......これしか、もう道はないんだ......
 
 薫子は悠に応えるように背中に腕を回し、抱き締め返した。

「お願い......もう、ここにはいられない。私を、どこか遠くに連れて行って......」


 ここにいたら、私たちは一緒にはなれない。
 誰も私たちを知らないところで、二人だけになりたい......
 
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