165 / 355
過ち ー美姫sideー
5
しおりを挟む
「おば...さ、ま......」
低く響いた美姫の声に、薫子はハッとした。
視界の隅から目の前へと歩いてくるその人は、薫子の母、華子だった。華子は今朝来ていたのと同じ着物姿のまま、優美に膝を折ると目の前の薫子に話しかけた。
「薫子さん、どこへ行こうとしていらしたのですか」
その声音には、いつも穏やかで感情を表すことのない華子には珍しく、冷ややかなものが含まれていた。
「あの...私たちこれからパーティーに...」
「申し訳ないですけど...美姫さんには、質問していないの」
薫子を心配して口を挟んだ美姫に、華子が厳しい口調で咎めるように言い、美姫はグッと喉を詰まらせた。感情を昂ぶらせることのない華子のそんな様子に、薫子は凍りついたように母を見つめた。
「行かせませんよ、風間の息子のところになどは......」
目の前に迫る強く射るような華子の眼差しと言葉に、薫子はみるみる顔を蒼白にし、瞳孔をこれ以上出来ない程に大きく見開く。
お母様、知ってらして......
「お嬢様、申し訳ありません......」
扉が開くと同時に、ばあやが腰を深く折った。
え......!?
混乱する薫子にばあやが側に近づいて正座し、目の前で皺だらけの手を重ねて頭を下げた。
「ばあ、や......?」
「私が、華子様をお呼び致しました......申し訳ありません。これもお嬢様の為を思ってのこと......」
そう言ったばあやの肩は、細かく震えていた。
どうし、て......
思いもよらぬばあやの密告に、薫子は全身から力が抜け、崩れそうになった躰を美姫が支えた。戸惑いとショックで声も出せずにいる薫子の横で、華子が落ち着いた声音で言った。
「薫子さん...私が昔、貴女の恋人である悠さんの父親、風間悠人はるとと恋人同士だったことは......ご存知、ですね?」
「は、い...ばあやから、聞きました」
華子は息を細く吐き、目を細めた。それは、過去を見つめる眼差しだった。
「私はあの人のことが...今でもまだ、許せないのです......私の愛情と信頼を裏切り、私の目の前から姿を消し、逃げ出したあの人を......」
眉を顰め、硬く結んだ唇を震わせる華子の表情からは苦悶が窺える。
「風間の息子が中等部から薫子さんと同じ青海学園に通い、高等部の時に恋人になったことは、ばあやの報告で知っていました。
自分の娘が、恋人だった息子と恋仲になるなんて......なんという運命の皮肉なのだろう。これも何かの因果なのかと、思い悩みました。
けれど、私とあの人とのことは、薫子さんと悠さんには関係のないこと。それにまだ子供の付き合いだからと、二人の仲を知りながらもそれを止めることはしませんでした。
でも......そんな戯れは、お終いです。
薫子さん。貴女は、櫻井財閥令嬢なのです。貴女は櫻井家の後継者となる男性と結婚し、この家の隆盛の為に尽くさねばなりません。家を捨てて出て行くことなど、当然許されません。
......ましてや、あの人の息子など」
唇をギュッと噛み締めた華子の表情からは、静かな怒りが感じられた。
「なぜ......なぜ、悠と付き合ってはいけないのですか。一緒になれないのですか。
私たちは、愛し合っているんです!
過去にお母様と悠のお父様との間に、何があったのですか......」
薫子は、唇を震わせながらも華子を見つめ、必死に訴えた。
ずっと疑問に思ってた。
どうして櫻井と風間が、こんなに険悪な仲になってしまったのかを。
どうして私たちは、隠れて付き合わなくてはいけないのかを。
その原因となったふたりの過去を、私は知りたい。ううん、知らなくてはいけない。
薫子の瞳に映る決意を認め、華子はフッと息を吐いた。
「そうね......薫子さんには、知る権利があるんですものね......
いいでしょう......私達の過去のことを話して差し上げます」
低く響いた美姫の声に、薫子はハッとした。
視界の隅から目の前へと歩いてくるその人は、薫子の母、華子だった。華子は今朝来ていたのと同じ着物姿のまま、優美に膝を折ると目の前の薫子に話しかけた。
「薫子さん、どこへ行こうとしていらしたのですか」
その声音には、いつも穏やかで感情を表すことのない華子には珍しく、冷ややかなものが含まれていた。
「あの...私たちこれからパーティーに...」
「申し訳ないですけど...美姫さんには、質問していないの」
薫子を心配して口を挟んだ美姫に、華子が厳しい口調で咎めるように言い、美姫はグッと喉を詰まらせた。感情を昂ぶらせることのない華子のそんな様子に、薫子は凍りついたように母を見つめた。
「行かせませんよ、風間の息子のところになどは......」
目の前に迫る強く射るような華子の眼差しと言葉に、薫子はみるみる顔を蒼白にし、瞳孔をこれ以上出来ない程に大きく見開く。
お母様、知ってらして......
「お嬢様、申し訳ありません......」
扉が開くと同時に、ばあやが腰を深く折った。
え......!?
混乱する薫子にばあやが側に近づいて正座し、目の前で皺だらけの手を重ねて頭を下げた。
「ばあ、や......?」
「私が、華子様をお呼び致しました......申し訳ありません。これもお嬢様の為を思ってのこと......」
そう言ったばあやの肩は、細かく震えていた。
どうし、て......
思いもよらぬばあやの密告に、薫子は全身から力が抜け、崩れそうになった躰を美姫が支えた。戸惑いとショックで声も出せずにいる薫子の横で、華子が落ち着いた声音で言った。
「薫子さん...私が昔、貴女の恋人である悠さんの父親、風間悠人はるとと恋人同士だったことは......ご存知、ですね?」
「は、い...ばあやから、聞きました」
華子は息を細く吐き、目を細めた。それは、過去を見つめる眼差しだった。
「私はあの人のことが...今でもまだ、許せないのです......私の愛情と信頼を裏切り、私の目の前から姿を消し、逃げ出したあの人を......」
眉を顰め、硬く結んだ唇を震わせる華子の表情からは苦悶が窺える。
「風間の息子が中等部から薫子さんと同じ青海学園に通い、高等部の時に恋人になったことは、ばあやの報告で知っていました。
自分の娘が、恋人だった息子と恋仲になるなんて......なんという運命の皮肉なのだろう。これも何かの因果なのかと、思い悩みました。
けれど、私とあの人とのことは、薫子さんと悠さんには関係のないこと。それにまだ子供の付き合いだからと、二人の仲を知りながらもそれを止めることはしませんでした。
でも......そんな戯れは、お終いです。
薫子さん。貴女は、櫻井財閥令嬢なのです。貴女は櫻井家の後継者となる男性と結婚し、この家の隆盛の為に尽くさねばなりません。家を捨てて出て行くことなど、当然許されません。
......ましてや、あの人の息子など」
唇をギュッと噛み締めた華子の表情からは、静かな怒りが感じられた。
「なぜ......なぜ、悠と付き合ってはいけないのですか。一緒になれないのですか。
私たちは、愛し合っているんです!
過去にお母様と悠のお父様との間に、何があったのですか......」
薫子は、唇を震わせながらも華子を見つめ、必死に訴えた。
ずっと疑問に思ってた。
どうして櫻井と風間が、こんなに険悪な仲になってしまったのかを。
どうして私たちは、隠れて付き合わなくてはいけないのかを。
その原因となったふたりの過去を、私は知りたい。ううん、知らなくてはいけない。
薫子の瞳に映る決意を認め、華子はフッと息を吐いた。
「そうね......薫子さんには、知る権利があるんですものね......
いいでしょう......私達の過去のことを話して差し上げます」
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
契約書は婚姻届
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「契約続行はお嬢さんと私の結婚が、条件です」
突然、降って湧いた結婚の話。
しかも、父親の工場と引き替えに。
「この条件がのめない場合は当初の予定通り、契約は打ち切りということで」
突きつけられる契約書という名の婚姻届。
父親の工場を救えるのは自分ひとり。
「わかりました。
あなたと結婚します」
はじまった契約結婚生活があまー……いはずがない!?
若園朋香、26歳
ごくごく普通の、町工場の社長の娘
×
押部尚一郎、36歳
日本屈指の医療グループ、オシベの御曹司
さらに
自分もグループ会社のひとつの社長
さらに
ドイツ人ハーフの金髪碧眼銀縁眼鏡
そして
極度の溺愛体質??
******
表紙は瀬木尚史@相沢蒼依さん(Twitter@tonaoto4)から。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
【19時、駅前。片桐】
その日、机の上に貼られていた付箋に戸惑った。
片桐っていうのは隣の課の俺様課長、片桐課長のことでいいんだと思う。
でも私と片桐課長には、同じ営業部にいるってこと以外、なにも接点がない。
なのに、この呼び出しは一体、なんですか……?
笹岡花重
24歳、食品卸会社営業部勤務。
真面目で頑張り屋さん。
嫌と言えない性格。
あとは平凡な女子。
×
片桐樹馬
29歳、食品卸会社勤務。
3課課長兼部長代理
高身長・高学歴・高収入と昔の三高を満たす男。
もちろん、仕事できる。
ただし、俺様。
俺様片桐課長に振り回され、私はどうなっちゃうの……!?
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛
ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり
もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。
そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う
これが桂木廉也との出会いである。
廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。
みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。
以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。
二人の恋の行方は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる