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婚約破棄
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「あいつは......事故から長いこと、意識が戻らなかった。
今は意識が戻ったが、全身を骨折し、寝たきりの状態で入院してる......」
逸子の瞳から、再び涙が溢れ出す。
薫子は、全身を震わせた。
「わた、しの......ッグ......わだし、の...ウゥッ...せい、で......」
なんて、ことだ......
宏和は顎に手をやると、重い息を吐いた。
嗚咽を漏らす薫子を優しく抱き締め、慰めてやりたい気持ちをグッと堪え、遼が乱暴に言い放った。
「薫子、いつまでも泣いてても仕方ねぇだろ。ここに来たのは、どうしてだ? お前の口から、ちゃんと説明したくて来たんだろ?」
遼の言葉を聞き、薫子は肩を震わせた。
......そうだ。泣いてばかりじゃ何も変わらない。
避けていては、前に進めないんだ。
薫子はハンカチで溢れる涙を拭い、呼吸を整えると、背筋を伸ばした。
「私は、悠が事故に遭って以来、塞ぎ込むようになりました。大和から、悠の意識が戻ったと聞いてさえも......自分のせいで彼が事故に遭ったのだという罪の意識と後ろめたさで、会いに行く事が出来ませんでした。
けれど、勇気を出してようやく彼に会いに行った私に告げられたのは......別れの言葉でした。私はショックを受け、ますます塞ぎ込みました。
そんな中、悠が迎えに来たのだという幻覚を見た私は、ベランダから身を乗り出し......そこから、落ちました」
「ック!!!」
逸子が小さく息を呑む。
「それに、より......妊娠が、発覚したんです」
思わぬ形で発覚することになった妊娠に、宏和も逸子も胸が潰れる思いだった。
「私、は......妊娠という事実を聞き、パニックに陥りました。
私にとって、妊娠は......恐怖でしか、ありませんでした。子供を産み、育てるなんて......とても私には、想像出来ない。無理だと......そう、思ったのです」
家族を心から愛し、温かい家庭を築いている遼の両親に向けてそう告白することを、薫子は苦しく思った。自分には何の感情もない、酷い人間なのだと知られたことが恥ずかしく、情けなかった。
「かおるこ、さん......」
同情を含んだ逸子の声に、薫子の胸が絞られる。
「私は、酷い母親でした。お腹の子供のことを考えるのを拒否し、その存在をなくそうと願ったのです......
子供の父親が悠であることを悟った父が堕胎するよう迫っても、それを何とも思わず......受け入れようとしていました」
逸子はあまりのショックに何も考えられなくなっていたが、宏和は薫子の口調が過去のものであることに気づき、安堵した。
薫子が、遼に顔を向ける。
「そんな私たちに対し、遼さんは......自分がお腹の子供の父親だと。
結婚し、子供を育てさせて欲しいと、父に土下座して頼みました」
「ッグ!」
土下座したとか、バラすなって......俺、どんだけ惨めなんだ。
遼は、心の中で項垂れた。
薫子の声が、震える。
「父、は......お気づきとは思いますが、櫻井財閥を守り、大きくしていくことしか頭にありません。あの人は、世間から私が風間財閥の息子との子供を身篭っている事を隠し、香西コーポレーションと事業提携を続けていけるよう、私の妊娠を容認し、遼さんと結婚するよう告げたのです」
父親を「あの人」と言った薫子の言葉には、静かな憎悪が籠もっていた。父親の悪事を暴露することで事業に影響を及ぼす可能性がある、と分かっていながらもそのことを告げたのは、父親への憎しみが根底にあったからかもしれないと宏和は感じた。
だが、実の父親に対してそんな気持ちを抱いてしまう薫子に対して、酷い娘だとは思わなかった。強い者や実力のある者に対しては笑顔を見せ、丁重な対応をするが、弱い者や立場が下の人間に対しては徹底的に厳しくし、時には痛めつける薫子の父、龍太郎を、宏和は知っているからだ。家庭でも、きっと薫子や妻に対して支配的に接しているのだろう。
どれだけ冷たい家庭環境で育ったのかと、宏和は心が痛くなった。
今は意識が戻ったが、全身を骨折し、寝たきりの状態で入院してる......」
逸子の瞳から、再び涙が溢れ出す。
薫子は、全身を震わせた。
「わた、しの......ッグ......わだし、の...ウゥッ...せい、で......」
なんて、ことだ......
宏和は顎に手をやると、重い息を吐いた。
嗚咽を漏らす薫子を優しく抱き締め、慰めてやりたい気持ちをグッと堪え、遼が乱暴に言い放った。
「薫子、いつまでも泣いてても仕方ねぇだろ。ここに来たのは、どうしてだ? お前の口から、ちゃんと説明したくて来たんだろ?」
遼の言葉を聞き、薫子は肩を震わせた。
......そうだ。泣いてばかりじゃ何も変わらない。
避けていては、前に進めないんだ。
薫子はハンカチで溢れる涙を拭い、呼吸を整えると、背筋を伸ばした。
「私は、悠が事故に遭って以来、塞ぎ込むようになりました。大和から、悠の意識が戻ったと聞いてさえも......自分のせいで彼が事故に遭ったのだという罪の意識と後ろめたさで、会いに行く事が出来ませんでした。
けれど、勇気を出してようやく彼に会いに行った私に告げられたのは......別れの言葉でした。私はショックを受け、ますます塞ぎ込みました。
そんな中、悠が迎えに来たのだという幻覚を見た私は、ベランダから身を乗り出し......そこから、落ちました」
「ック!!!」
逸子が小さく息を呑む。
「それに、より......妊娠が、発覚したんです」
思わぬ形で発覚することになった妊娠に、宏和も逸子も胸が潰れる思いだった。
「私、は......妊娠という事実を聞き、パニックに陥りました。
私にとって、妊娠は......恐怖でしか、ありませんでした。子供を産み、育てるなんて......とても私には、想像出来ない。無理だと......そう、思ったのです」
家族を心から愛し、温かい家庭を築いている遼の両親に向けてそう告白することを、薫子は苦しく思った。自分には何の感情もない、酷い人間なのだと知られたことが恥ずかしく、情けなかった。
「かおるこ、さん......」
同情を含んだ逸子の声に、薫子の胸が絞られる。
「私は、酷い母親でした。お腹の子供のことを考えるのを拒否し、その存在をなくそうと願ったのです......
子供の父親が悠であることを悟った父が堕胎するよう迫っても、それを何とも思わず......受け入れようとしていました」
逸子はあまりのショックに何も考えられなくなっていたが、宏和は薫子の口調が過去のものであることに気づき、安堵した。
薫子が、遼に顔を向ける。
「そんな私たちに対し、遼さんは......自分がお腹の子供の父親だと。
結婚し、子供を育てさせて欲しいと、父に土下座して頼みました」
「ッグ!」
土下座したとか、バラすなって......俺、どんだけ惨めなんだ。
遼は、心の中で項垂れた。
薫子の声が、震える。
「父、は......お気づきとは思いますが、櫻井財閥を守り、大きくしていくことしか頭にありません。あの人は、世間から私が風間財閥の息子との子供を身篭っている事を隠し、香西コーポレーションと事業提携を続けていけるよう、私の妊娠を容認し、遼さんと結婚するよう告げたのです」
父親を「あの人」と言った薫子の言葉には、静かな憎悪が籠もっていた。父親の悪事を暴露することで事業に影響を及ぼす可能性がある、と分かっていながらもそのことを告げたのは、父親への憎しみが根底にあったからかもしれないと宏和は感じた。
だが、実の父親に対してそんな気持ちを抱いてしまう薫子に対して、酷い娘だとは思わなかった。強い者や実力のある者に対しては笑顔を見せ、丁重な対応をするが、弱い者や立場が下の人間に対しては徹底的に厳しくし、時には痛めつける薫子の父、龍太郎を、宏和は知っているからだ。家庭でも、きっと薫子や妻に対して支配的に接しているのだろう。
どれだけ冷たい家庭環境で育ったのかと、宏和は心が痛くなった。
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