【R18】初恋が実る時 ー対立する財閥令嬢と子息の密かな恋愛ストーリーー

奏音 美都

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 龍太郎の足音が近づくにつれ、薫子はあまりの緊張と恐ろしさに立っているのもやっとだった。拳を爪が食い込む程に強く握り、正気を必死に保った。

 龍太郎が扉に近づいたタイミングで、ばあやがノブに手を掛けて開く。

 少しずつ開かれていく扉を見つめているだけで、まるで大きな魔物に飲み込まれるかのような気持ちになり、薫子の足が竦んだ。

「旦那様、お帰りなさいませ」

 ばあやの言葉に続き、皆が「お帰りなさいませ」と一糸乱れぬ声で、龍太郎を出迎えた。

 頷いた龍太郎の視線が、薫子を認めた途端、そこで止まった。

「お前が自ら出迎えとは。櫻井家の娘としての自覚が少しはついたか」

 だが薫子の返答を待つことなく、通り過ぎて行く。

 尊大な龍太郎の口のきき方に、薫子は蛇に睨まれた蛙のように恐ろしさで喉が詰まった。急に胃がキリキリと痛み出す。

 恐い。恐い、恐い......
 コワクテ、タマラナイ......

 真っ黒な雨雲が急速に薫子の心を覆い尽くしていく。

 その時、遼の言葉が薫子の脳裏に響き渡った。

『お前が風間のことが忘れられねぇ、親父を蹴飛ばしてでも一緒になりてぇって覚悟があんなら、それを見せてみろよ』

 そうだ。私は、決めたんだ。
 お父様と、対峙するって。

 薫子は、すでに使用人の間を通り抜け、階段へと向かおうとしていた龍太郎の背中に向かって呼びかけた。

「お父様!」

 震えてはいたものの、今まで聞いたこともないような娘の大きな声に、驚いたように龍太郎が振り返った。

 薫子は、全身を小刻みに震わせ、唇も震わせながらも、強い眼差しで龍太郎を見つめた。

「お話が、あります。お時間よろしいですか」

 決意の籠ったその声音に、龍太郎は一瞬目を瞠ったものの、すぐにいつもの表情へと戻った。

「いいだろう。10分後、書斎へ来い」

 龍太郎が階段を上っていき、姿が見えなくなると、途端にその場の空気が柔らかくなった。

 そんな中、薫子は華子に向き直った。

「お母様も一緒に、よろしいですか」

 そう聞かれた華子の顔は、青ざめていた。その表情は、娘がこれから夫に何を話すのかと心配で堪らないということが定かに表れていた。

「え、えぇ......」

 華子は、弱々しく答えた。華子の横で、ばあやもまた、心配そうに薫子を見つめていた。

「お嬢、様......」

 ばあやは薫子と遼が結婚し、子供を共に育てることを望んでいる。それが、薫子と櫻井家の幸せのためだと、信じている。縋るように見つめるばあやに、薫子は自分の心が見透かされている気がした。

 ばあやを切ない表情で見つめた後、後ろめたさを消し去るように、薫子は踵を返して自分の部屋へと向かった。

 部屋の扉を閉めた途端、薫子はへなへなと崩れ落ちた。

 ただお父様に声を掛けるだけで、緊張と恐怖でいっぱいだった......こんなことで、お父様に私の気持ちをちゃんと伝えることが出来るのかな。

 不安で心が占められそうになり、薫子は頭を振った。

 弱気になっちゃだめ。もう、後戻りなんて出来ない。
 ここで逃げたら......私は、これまで私に関わってくれた全ての人の気持ちを裏切ることになる。

 遼ちゃんや、おじさま、おばさま、美姫や大和、心配してくれてる陽子や真奈ちゃん。
 そして、悠。

 何より、私自身の心を裏切ることになる。

 薫子は、そっとお腹に手を当てた。

 どうか、私を見守ってて。
 強いお母さんになれるよう、頑張るから。
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