261 / 355
ばあやの告白
3
しおりを挟む
「ところが......悠様が事故に遭われてしまった......それは、予想もしない出来事でした。
薫子様が悠様の事故を機に鬱ぎ込む姿は、華子様が悠人様が自分を捨ててイギリスへと去ってしまったのだと信じた時のそれと重なりました。
私は......自分のして来たことは、正しかったのだろうか、と......自身に問うようになりました。
それから薫子様がバルコニーから落ち、妊娠が発覚し......子供などいらないと叫ぶ薫子様の姿に、胸が潰れる思いでおりました。
私は......ッとんでもない、間違いを......犯してしまった、と」
ばあやは両手を顔で覆い、肩を震わせた。
「それ、でも......私は、薫子様を縛りつけようとしておりました。遼様が薫子様を救い、結婚して子供を育て、幸せな家庭を築いて下さることを祈っておりました」
『どうか、お嬢様を......よろしくお願い致します』
そう言って、ばあやが遼に深く頭を下げていたことが思い出され、薫子の胸が絞られるように痛んだ。
ばあやが深く息を吐いた。
「けれど、結婚式が近づいているというのに、日毎に感情を失っていく薫子様を目にするうちに、私の罪の意識はどんどん大きくなっていました。
ですが、全てがもう遅い」
ばあやが、言葉を切った。ばあやの視線が、真っ直ぐ薫子に向けられる。
「そう、思っておりました。今日の、薫子様を見るまでは。
今までにない薫子様のしっかりとした態度から旦那様と向き合う覚悟をされたことを知り、私は薫子様自身の決意を尊重したいと、強く感じました。
ようやく私は......薫子様の幸せは、この家にはないのだと分かったのです」
「ばあ、や......」
薫子の瞳の奥が熱く潤み出す。
ばあやは頭を項垂れた。
「私は......華子様の時と同様、薫子様がこの家にいることが、薫子様にとって、櫻井家にとっていいことだと信じていたのです。世間知らずのお嬢様に苦労させたくないと、勝手にそう思っていたのです。
いえ、それは体のいい言い訳。
私の本音は......華子様が、薫子様が、私の元を離れてしまうことが......何よりも辛かったのです。だから、私は......自分の欲のために、華子様と薫子様をこの家に縛りつけようとしておりました。
身寄りのない私を15の時に拾い上げて下さった先々代の旦那様も、私をまるで家族のように大事にし、優しくして下さった先代の旦那様も奥様も、もういらっしゃらない。私にとっての家族は、華子様と薫子様だけなのです。
私の、大切な宝なのでございます......!!!」
薫子は、初めてばあやの孤独を知った。身寄りがないということは聞いたことはあったが、ばあやは今まで寂しいとも辛いとも言ったことはなかった。
幼かった頃、一度だけ薫子はばあやに尋ねたことがあった。
『ねぇ、ばあや。家族がいないってどんな気持ち? 寂しいの?』
そんな薫子をばあやは胸に抱き寄せ、頭を撫でながら言った。
『私には、華子様と薫子様がおりますからちっとも寂しくありませんよ。ばあやは、幸せでございます』
薫子は、両親に愛情をもらえない自分をずっと孤独に感じていた。けれど、もしかしたら薫子以上に孤独な思いをしていたのは、ばあやだったのかもしれない。
ばあやにとって華子は、薫子は、唯一の家族なのだ。その家族を奪われることは、何よりも恐ろしいことだったのだ。
確かに、ばあやがした行為は許されることではない。もし、悠人の手紙が華子の元へ無事に届いていたのなら、ふたりは今頃幸せにイギリスで暮らしていたかもしれない。櫻井家と風間家が対立するようなことがなければ、薫子と悠は普通の恋人として、幸せな日々を過ごせていたかもしれない。
けれど、ばあやの孤独な心に初めて触れた薫子にはもう、彼女の裏切りを責めることなど出来なかった。彼女の孤独に気づけなかったことに後悔し、もっとばあやの心を深く知っていればと申し訳なく思った。
薫子様が悠様の事故を機に鬱ぎ込む姿は、華子様が悠人様が自分を捨ててイギリスへと去ってしまったのだと信じた時のそれと重なりました。
私は......自分のして来たことは、正しかったのだろうか、と......自身に問うようになりました。
それから薫子様がバルコニーから落ち、妊娠が発覚し......子供などいらないと叫ぶ薫子様の姿に、胸が潰れる思いでおりました。
私は......ッとんでもない、間違いを......犯してしまった、と」
ばあやは両手を顔で覆い、肩を震わせた。
「それ、でも......私は、薫子様を縛りつけようとしておりました。遼様が薫子様を救い、結婚して子供を育て、幸せな家庭を築いて下さることを祈っておりました」
『どうか、お嬢様を......よろしくお願い致します』
そう言って、ばあやが遼に深く頭を下げていたことが思い出され、薫子の胸が絞られるように痛んだ。
ばあやが深く息を吐いた。
「けれど、結婚式が近づいているというのに、日毎に感情を失っていく薫子様を目にするうちに、私の罪の意識はどんどん大きくなっていました。
ですが、全てがもう遅い」
ばあやが、言葉を切った。ばあやの視線が、真っ直ぐ薫子に向けられる。
「そう、思っておりました。今日の、薫子様を見るまでは。
今までにない薫子様のしっかりとした態度から旦那様と向き合う覚悟をされたことを知り、私は薫子様自身の決意を尊重したいと、強く感じました。
ようやく私は......薫子様の幸せは、この家にはないのだと分かったのです」
「ばあ、や......」
薫子の瞳の奥が熱く潤み出す。
ばあやは頭を項垂れた。
「私は......華子様の時と同様、薫子様がこの家にいることが、薫子様にとって、櫻井家にとっていいことだと信じていたのです。世間知らずのお嬢様に苦労させたくないと、勝手にそう思っていたのです。
いえ、それは体のいい言い訳。
私の本音は......華子様が、薫子様が、私の元を離れてしまうことが......何よりも辛かったのです。だから、私は......自分の欲のために、華子様と薫子様をこの家に縛りつけようとしておりました。
身寄りのない私を15の時に拾い上げて下さった先々代の旦那様も、私をまるで家族のように大事にし、優しくして下さった先代の旦那様も奥様も、もういらっしゃらない。私にとっての家族は、華子様と薫子様だけなのです。
私の、大切な宝なのでございます......!!!」
薫子は、初めてばあやの孤独を知った。身寄りがないということは聞いたことはあったが、ばあやは今まで寂しいとも辛いとも言ったことはなかった。
幼かった頃、一度だけ薫子はばあやに尋ねたことがあった。
『ねぇ、ばあや。家族がいないってどんな気持ち? 寂しいの?』
そんな薫子をばあやは胸に抱き寄せ、頭を撫でながら言った。
『私には、華子様と薫子様がおりますからちっとも寂しくありませんよ。ばあやは、幸せでございます』
薫子は、両親に愛情をもらえない自分をずっと孤独に感じていた。けれど、もしかしたら薫子以上に孤独な思いをしていたのは、ばあやだったのかもしれない。
ばあやにとって華子は、薫子は、唯一の家族なのだ。その家族を奪われることは、何よりも恐ろしいことだったのだ。
確かに、ばあやがした行為は許されることではない。もし、悠人の手紙が華子の元へ無事に届いていたのなら、ふたりは今頃幸せにイギリスで暮らしていたかもしれない。櫻井家と風間家が対立するようなことがなければ、薫子と悠は普通の恋人として、幸せな日々を過ごせていたかもしれない。
けれど、ばあやの孤独な心に初めて触れた薫子にはもう、彼女の裏切りを責めることなど出来なかった。彼女の孤独に気づけなかったことに後悔し、もっとばあやの心を深く知っていればと申し訳なく思った。
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
契約書は婚姻届
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「契約続行はお嬢さんと私の結婚が、条件です」
突然、降って湧いた結婚の話。
しかも、父親の工場と引き替えに。
「この条件がのめない場合は当初の予定通り、契約は打ち切りということで」
突きつけられる契約書という名の婚姻届。
父親の工場を救えるのは自分ひとり。
「わかりました。
あなたと結婚します」
はじまった契約結婚生活があまー……いはずがない!?
若園朋香、26歳
ごくごく普通の、町工場の社長の娘
×
押部尚一郎、36歳
日本屈指の医療グループ、オシベの御曹司
さらに
自分もグループ会社のひとつの社長
さらに
ドイツ人ハーフの金髪碧眼銀縁眼鏡
そして
極度の溺愛体質??
******
表紙は瀬木尚史@相沢蒼依さん(Twitter@tonaoto4)から。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
【19時、駅前。片桐】
その日、机の上に貼られていた付箋に戸惑った。
片桐っていうのは隣の課の俺様課長、片桐課長のことでいいんだと思う。
でも私と片桐課長には、同じ営業部にいるってこと以外、なにも接点がない。
なのに、この呼び出しは一体、なんですか……?
笹岡花重
24歳、食品卸会社営業部勤務。
真面目で頑張り屋さん。
嫌と言えない性格。
あとは平凡な女子。
×
片桐樹馬
29歳、食品卸会社勤務。
3課課長兼部長代理
高身長・高学歴・高収入と昔の三高を満たす男。
もちろん、仕事できる。
ただし、俺様。
俺様片桐課長に振り回され、私はどうなっちゃうの……!?
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛
ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり
もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。
そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う
これが桂木廉也との出会いである。
廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。
みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。
以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。
二人の恋の行方は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる