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 新しい生活に慣れてきたところで、ばあやの勧めにより、薫子は妊婦健診を受けに行くことにした。

 今までは主治医に全て診てもらっていたが、これからは自分の足で産婦人科に通わなくてはならない。

「」ここからバスに乗って5分ぐらいのところに、総合病院がありますよ」

 そうばあやに言われ、病院の電話番号を調べ、緊張しながらも予約を入れた。

 もちろん、送迎車が来るはずもなく、病院へ行くにはバスに乗らなければならない。それも、薫子にとっては初めての経験だった。

 バス停に立っているだけで躰が芯から凍っていくように冷たくなり、吐く息は真っ白だった。今年、東京では気温が0度を下回ったのは成人式以来だと、今朝のラジオのニュースで言っていた。

 気がつけば、もう2月。駆け落ちに失敗し、悠が事故に遭った日から、ちょうど1ヶ月が経っていた。

「薫子様......これをお使い下さい」

 ばあやが白い不織布に包まれた四角いものを渡してきた。受け取ると、温かい。

「ありがとう」

 ばあやの気遣いに感謝しつつ、もの珍しそうに掌の中のカイロを薫子が眺めているうちに、市バスが近づいてくる音が聞こえてきた。バス停に並んでいた人々の空気が、その瞬間、ホッとしたように温かくなった。

 バスはプシューと空気の抜けるような音と共にバス停に停車し、並んでいた人々が規則正しく扉に飲み込まれていく。

 ばあやが薫子の前に立ち、二人分の料金を料金箱に入れるのを眺めていると、「さぁ、こちらへ」と促された。平日の昼間ということもあり、車内には殆どお年寄りしか乗っていなかった。

 車内に流れる放送を聞いたり、広告を眺めたりしていると、停車ボタンを押したばあやが薫子に声を掛ける。

「着きましたよ。さ、降りましょう」

 あっという間に目的地についてしまったことに驚きつつ、薫子は頷いた。

 バスに乗っていた殆どのお年寄りが立ち上がり、扉へと向かう中、それに続くようにしてふたりも降りた。バス停から降りて、そこから見える建物を見上げた途端、薫子の視界はそこで止まった。

 ここ......悠の入院している病院だ。

 以前ここに来た時は車だったし、大和に連れられるがままだった為、病院の名前すら覚えていなかった。

「お嬢様、行きましょうか」
「えぇ......」

 薫子は、緊張した面持ちで病院へと向かった。

 悠の入院しているのは特別病棟であり、薫子が向かうのは別の棟にあるマタニティーセンター。しかも悠は寝たきりの為、彼に会うことは決してない 。

 そう分かっていても、この近くに悠がいる......と思うと、薫子の鼓動は速まらずにはいられなかった。
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