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転機
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薫子はその日、健診を終え、マタニティーセンターを出るところだった。元々の検診は先週だったのだが、出血の為に急遽診てもらうことになった為、今日はその後の経過を診るために訪れたのだった。
今日はイレギュラーの検診だった為、前回と前々回に診てくれた女医ではなく、別の男性医師が担当した。総合病院のため仕方ないとは言え、やはり担当が変わるのは落ち着かない。
「子宮からの出血もないようですし、経過は順調のようですね」
「ありがとうございます」
先日の出血以降ずっと不安を抱えていたが、医師からの言葉を聞き、薫子はようやく安心することができた。
薫子との問診を終えた後、医師が話した。
「確かに出血して心配になるのは分かりますが、家の中でじっとしているのは精神的にもよくありませんね。
櫻井さんの話を聞いていると、『マタニティーブルー』の特徴である症状がいくつか見られます。ストレスを溜めないようにし、人と話してみたり、外に出て体を動かす事も大切ですよ」
マタニティー、ブルー......
医師の言葉がズンと重く響いた。 またひとつ、光から遠ざかっていくような気持ちになった。出産日は確実に近づいているというのに、近づけば近づくほど不安は大きくなるばかりだった。
ばあやは今朝からこの病院で人間ドックを1泊2日で受けるために、検診の前に別れていた。
薫子は、ひとりロビーへと向かう。彼女の目には、また「特別病棟」の案内の字が映っていた。
悠......あなたは今、どうしているの?
ほんの少しでいい。ひとめでいいから。
......会いたい。
会いたいよ、悠。
気がつくと、薫子は特別病棟行きのエレベーターに乗り、最上階のボタンを押していた。
ただただ悠に会いたい......その思いだけが、薫子の心を埋め尽くしていた。
エレベーターの案内音と共に扉が開く。目の前には、威嚇するように大きな扉が待ち構えていた。
前回は大和が鍵を持っていたため難なく中に入ることが出来たが、もちろん薫子は鍵など持っていない。訪問者は病室の番号を押してから呼び出しボタンを押せば、病室に繋がるシステムになっていた。
薫子の指がボタンへ近づき、指先がそこへ触れる。
1301
それが、悠の病室の番号だった。大和が悠と話し合いをする為に薫子が待つ間、じっと見つめていた番号だ。
「1」を押すとビッと音が鳴り、薫子はビクン、と身を竦ませた。ドキドキしながらゆっくりと「3」を押し、続けて「0」を押す。
悠......
「1」を押すと、「呼び出し」ボタンが光った。薫子の緊張が、これ以上ない程に高まっていく。
だが......薫子は、震える指で「キャンセル」ボタンを押した。画面に表示されていた「1301」の数字が瞬く間に消える。
私には、押せない......
悠に会いに行くことは、出来ない。
やはり薫子には、ボタンを押すことは出来なかった。
この扉の奥には、悠がいるんだ。
そう思うだけで、薫子の胸は苦しくなった。
悠、どうか。私のことを......忘れないで。
誰にも頼ることのないよう、自立できるようにするから。
あなたに頼ってもらえるような存在になるから。
あなたへの思いを胸に、頑張るから......
お願い。それまで、待ってて......
薫子は重い足取りで踵を返し、再びエレベーターに乗り込む為、ボタンを押した。
すると、後ろの扉が開く音が聞こえてきた。それから、2人分の足音が近づいてくる。
どうしよう、人が来ちゃった......悠のご両親だったら、どうしよう。
いつか対峙しなければならないとは思っていたが、薫子には彼らに会う覚悟はまだ出来ていなかった。
どうか、違う人であって。
祈るような気持ちで緊張で身を固くしていると、背中に向かって呼び掛けられる。
「薫子......さん?」
今日はイレギュラーの検診だった為、前回と前々回に診てくれた女医ではなく、別の男性医師が担当した。総合病院のため仕方ないとは言え、やはり担当が変わるのは落ち着かない。
「子宮からの出血もないようですし、経過は順調のようですね」
「ありがとうございます」
先日の出血以降ずっと不安を抱えていたが、医師からの言葉を聞き、薫子はようやく安心することができた。
薫子との問診を終えた後、医師が話した。
「確かに出血して心配になるのは分かりますが、家の中でじっとしているのは精神的にもよくありませんね。
櫻井さんの話を聞いていると、『マタニティーブルー』の特徴である症状がいくつか見られます。ストレスを溜めないようにし、人と話してみたり、外に出て体を動かす事も大切ですよ」
マタニティー、ブルー......
医師の言葉がズンと重く響いた。 またひとつ、光から遠ざかっていくような気持ちになった。出産日は確実に近づいているというのに、近づけば近づくほど不安は大きくなるばかりだった。
ばあやは今朝からこの病院で人間ドックを1泊2日で受けるために、検診の前に別れていた。
薫子は、ひとりロビーへと向かう。彼女の目には、また「特別病棟」の案内の字が映っていた。
悠......あなたは今、どうしているの?
ほんの少しでいい。ひとめでいいから。
......会いたい。
会いたいよ、悠。
気がつくと、薫子は特別病棟行きのエレベーターに乗り、最上階のボタンを押していた。
ただただ悠に会いたい......その思いだけが、薫子の心を埋め尽くしていた。
エレベーターの案内音と共に扉が開く。目の前には、威嚇するように大きな扉が待ち構えていた。
前回は大和が鍵を持っていたため難なく中に入ることが出来たが、もちろん薫子は鍵など持っていない。訪問者は病室の番号を押してから呼び出しボタンを押せば、病室に繋がるシステムになっていた。
薫子の指がボタンへ近づき、指先がそこへ触れる。
1301
それが、悠の病室の番号だった。大和が悠と話し合いをする為に薫子が待つ間、じっと見つめていた番号だ。
「1」を押すとビッと音が鳴り、薫子はビクン、と身を竦ませた。ドキドキしながらゆっくりと「3」を押し、続けて「0」を押す。
悠......
「1」を押すと、「呼び出し」ボタンが光った。薫子の緊張が、これ以上ない程に高まっていく。
だが......薫子は、震える指で「キャンセル」ボタンを押した。画面に表示されていた「1301」の数字が瞬く間に消える。
私には、押せない......
悠に会いに行くことは、出来ない。
やはり薫子には、ボタンを押すことは出来なかった。
この扉の奥には、悠がいるんだ。
そう思うだけで、薫子の胸は苦しくなった。
悠、どうか。私のことを......忘れないで。
誰にも頼ることのないよう、自立できるようにするから。
あなたに頼ってもらえるような存在になるから。
あなたへの思いを胸に、頑張るから......
お願い。それまで、待ってて......
薫子は重い足取りで踵を返し、再びエレベーターに乗り込む為、ボタンを押した。
すると、後ろの扉が開く音が聞こえてきた。それから、2人分の足音が近づいてくる。
どうしよう、人が来ちゃった......悠のご両親だったら、どうしよう。
いつか対峙しなければならないとは思っていたが、薫子には彼らに会う覚悟はまだ出来ていなかった。
どうか、違う人であって。
祈るような気持ちで緊張で身を固くしていると、背中に向かって呼び掛けられる。
「薫子......さん?」
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