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転機
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染子が笑みを浮かべる。
「えぇ。
実はね、ここの病院の特別病棟の患者さんに生け花教室を教えているんですけど、お手伝いして下さっていたお弟子さんが来られなくなってしまったんです。他のお弟子さんに頼もうかと考えていたんですが、皆、手が空いてなくてどうしようかと思っていたところなんですよ。
薫子さんなら師範代をお持ちだし、生徒さんは皆特別病棟に入院されているご老人だから知り合いに会うこともないと思うの。それに1時間のクラスが週に2回ですから、薫子さんの社会勉強としてもちょうどいいんじゃないかしら。もちろん、相応のお給料もお支払いしますし。
どうか、引き受けて下さらない?」
1時間のクラスを週に2回。それなら、躰にそう負担もかからずやっていけそうかもしれないと思った。
染子の依頼は、薫子にとって願ってもない話だった。社会に出て働きたいと思いつつも、自分がどんなことがやりたいのかも出来るのかも分からずにいた。華道であれば幼い頃から親しみがあり、薫子の好きなことでもある。好きなことを仕事に活かせることが出来るなんて、幸せなことだ。
けれど、薫子に不安が過る。
もし、特別病棟で教えるのなら......悠のご両親に会ってしまうかもしれない。たとえ悠と会えなくても、彼のいる病棟で働かせてもらえることは嬉しいが、もし両親と偶然に会ってしまった時に、薫子はどうしていいか分からなかった。
このまま避けていてはいけないし、いつかは対峙しなければならないとは分かっているけれど、私にはまだ......心の準備が、出来ていない。
「あ、の......クラスは、どこで行われるんですか。今日、先生とお会いした場所、ですか」
薫子は、おそるおそる尋ねた。
「そこではなく、その1階下ですよ。先ほど私があそこにいたのは、病院側にもうクラスは出来ないとお断りするつもりで話し合っていた為です。病院側から何とか生け花教室を続けて欲しいとお願いされ、どうしようかと困っていたところでした。
お手伝いと言っても、実際の生け花教室の準備ややりとりはお弟子さんに任せ、私は当日に生徒さんの生け方を見て差し上げるだけでした。私は他にもお教室がありますし、もう歳も歳ですから、無理は出来ません。薫子さんがお手伝いして下さると助かるのだけれど」
それ、なら......鉢合わせする心配も、ないのかな。
不安げな表情になる薫子に、染子が心配そうに見つめる。
「何か、心配事があるのかしら?」
悠との事情を話すわけにはいかない。
薫子は、もうひとつの不安を打ち明けた。
「い、いえ......あの、私......師範代は持っていますが、人に教えたことなどないのに、大丈夫でしょうか」
初対面の人間と話すことが苦手な自分が、人に教えることなど出来るのだろうか......と、薫子は心配だった。
染子は、にっこりと微笑んだ。
「薫子さん、お花は好き?」
「えぇ」
「では、花を生けることは?」
「好き、です。毎回の先生のお稽古を、楽しみにしていました」
染子が笑みを深める。
「その気持ちを、生徒さんに伝えてあげればいいのよ。病棟にいる患者さん達はね、プロ並みに花を生けたいとか師範代取りたいって考えて来るわけではないわ。
生け花は、ただ生活をしていくことを考えたら、必要無いものかもしれません。けれど、それがあれば心が豊かになり、彩りを与えてくれるもの。クラスを受けに来る生徒さん達は、毎日の生活に『花』という彩りを持ちたいと思っているの。
それを、薫子さんがお手伝いして差し上げて」
もし私が、花を生ける楽しさを、日常に彩りを添えるお手伝いを出来たなら.....こんなに嬉しいことはない。
私にも、やれることがあるんだ。やって、みたい。
まだ不安は拭いきれないけれど......これは、私にとってきっと必要なことなんだ。
だからこうして華岡先生と再会し、仕事の依頼をされたんだ。
逃げずに、受け止めてみよう。
「えぇ。
実はね、ここの病院の特別病棟の患者さんに生け花教室を教えているんですけど、お手伝いして下さっていたお弟子さんが来られなくなってしまったんです。他のお弟子さんに頼もうかと考えていたんですが、皆、手が空いてなくてどうしようかと思っていたところなんですよ。
薫子さんなら師範代をお持ちだし、生徒さんは皆特別病棟に入院されているご老人だから知り合いに会うこともないと思うの。それに1時間のクラスが週に2回ですから、薫子さんの社会勉強としてもちょうどいいんじゃないかしら。もちろん、相応のお給料もお支払いしますし。
どうか、引き受けて下さらない?」
1時間のクラスを週に2回。それなら、躰にそう負担もかからずやっていけそうかもしれないと思った。
染子の依頼は、薫子にとって願ってもない話だった。社会に出て働きたいと思いつつも、自分がどんなことがやりたいのかも出来るのかも分からずにいた。華道であれば幼い頃から親しみがあり、薫子の好きなことでもある。好きなことを仕事に活かせることが出来るなんて、幸せなことだ。
けれど、薫子に不安が過る。
もし、特別病棟で教えるのなら......悠のご両親に会ってしまうかもしれない。たとえ悠と会えなくても、彼のいる病棟で働かせてもらえることは嬉しいが、もし両親と偶然に会ってしまった時に、薫子はどうしていいか分からなかった。
このまま避けていてはいけないし、いつかは対峙しなければならないとは分かっているけれど、私にはまだ......心の準備が、出来ていない。
「あ、の......クラスは、どこで行われるんですか。今日、先生とお会いした場所、ですか」
薫子は、おそるおそる尋ねた。
「そこではなく、その1階下ですよ。先ほど私があそこにいたのは、病院側にもうクラスは出来ないとお断りするつもりで話し合っていた為です。病院側から何とか生け花教室を続けて欲しいとお願いされ、どうしようかと困っていたところでした。
お手伝いと言っても、実際の生け花教室の準備ややりとりはお弟子さんに任せ、私は当日に生徒さんの生け方を見て差し上げるだけでした。私は他にもお教室がありますし、もう歳も歳ですから、無理は出来ません。薫子さんがお手伝いして下さると助かるのだけれど」
それ、なら......鉢合わせする心配も、ないのかな。
不安げな表情になる薫子に、染子が心配そうに見つめる。
「何か、心配事があるのかしら?」
悠との事情を話すわけにはいかない。
薫子は、もうひとつの不安を打ち明けた。
「い、いえ......あの、私......師範代は持っていますが、人に教えたことなどないのに、大丈夫でしょうか」
初対面の人間と話すことが苦手な自分が、人に教えることなど出来るのだろうか......と、薫子は心配だった。
染子は、にっこりと微笑んだ。
「薫子さん、お花は好き?」
「えぇ」
「では、花を生けることは?」
「好き、です。毎回の先生のお稽古を、楽しみにしていました」
染子が笑みを深める。
「その気持ちを、生徒さんに伝えてあげればいいのよ。病棟にいる患者さん達はね、プロ並みに花を生けたいとか師範代取りたいって考えて来るわけではないわ。
生け花は、ただ生活をしていくことを考えたら、必要無いものかもしれません。けれど、それがあれば心が豊かになり、彩りを与えてくれるもの。クラスを受けに来る生徒さん達は、毎日の生活に『花』という彩りを持ちたいと思っているの。
それを、薫子さんがお手伝いして差し上げて」
もし私が、花を生ける楽しさを、日常に彩りを添えるお手伝いを出来たなら.....こんなに嬉しいことはない。
私にも、やれることがあるんだ。やって、みたい。
まだ不安は拭いきれないけれど......これは、私にとってきっと必要なことなんだ。
だからこうして華岡先生と再会し、仕事の依頼をされたんだ。
逃げずに、受け止めてみよう。
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