【R18】初恋が実る時 ー対立する財閥令嬢と子息の密かな恋愛ストーリーー

奏音 美都

文字の大きさ
288 / 355
転機

しおりを挟む
 染子が笑みを浮かべる。

「えぇ。
実はね、ここの病院の特別病棟の患者さんに生け花教室を教えているんですけど、お手伝いして下さっていたお弟子さんが来られなくなってしまったんです。他のお弟子さんに頼もうかと考えていたんですが、皆、手が空いてなくてどうしようかと思っていたところなんですよ。
 薫子さんなら師範代をお持ちだし、生徒さんは皆特別病棟に入院されているご老人だから知り合いに会うこともないと思うの。それに1時間のクラスが週に2回ですから、薫子さんの社会勉強としてもちょうどいいんじゃないかしら。もちろん、相応のお給料もお支払いしますし。

 どうか、引き受けて下さらない?」

 1時間のクラスを週に2回。それなら、躰にそう負担もかからずやっていけそうかもしれないと思った。

 染子の依頼は、薫子にとって願ってもない話だった。社会に出て働きたいと思いつつも、自分がどんなことがやりたいのかも出来るのかも分からずにいた。華道であれば幼い頃から親しみがあり、薫子の好きなことでもある。好きなことを仕事に活かせることが出来るなんて、幸せなことだ。

 けれど、薫子に不安が過る。

 もし、特別病棟で教えるのなら......悠のご両親に会ってしまうかもしれない。たとえ悠と会えなくても、彼のいる病棟で働かせてもらえることは嬉しいが、もし両親と偶然に会ってしまった時に、薫子はどうしていいか分からなかった。

 このまま避けていてはいけないし、いつかは対峙しなければならないとは分かっているけれど、私にはまだ......心の準備が、出来ていない。

「あ、の......クラスは、どこで行われるんですか。今日、先生とお会いした場所、ですか」

 薫子は、おそるおそる尋ねた。

「そこではなく、その1階下ですよ。先ほど私があそこにいたのは、病院側にもうクラスは出来ないとお断りするつもりで話し合っていた為です。病院側から何とか生け花教室を続けて欲しいとお願いされ、どうしようかと困っていたところでした。
 お手伝いと言っても、実際の生け花教室の準備ややりとりはお弟子さんに任せ、私は当日に生徒さんの生け方を見て差し上げるだけでした。私は他にもお教室がありますし、もう歳も歳ですから、無理は出来ません。薫子さんがお手伝いして下さると助かるのだけれど」

 それ、なら......鉢合わせする心配も、ないのかな。

 不安げな表情になる薫子に、染子が心配そうに見つめる。

「何か、心配事があるのかしら?」

 悠との事情を話すわけにはいかない。

 薫子は、もうひとつの不安を打ち明けた。

「い、いえ......あの、私......師範代は持っていますが、人に教えたことなどないのに、大丈夫でしょうか」

 初対面の人間と話すことが苦手な自分が、人に教えることなど出来るのだろうか......と、薫子は心配だった。

 染子は、にっこりと微笑んだ。

「薫子さん、お花は好き?」
「えぇ」
「では、花を生けることは?」
「好き、です。毎回の先生のお稽古を、楽しみにしていました」

 染子が笑みを深める。

「その気持ちを、生徒さんに伝えてあげればいいのよ。病棟にいる患者さん達はね、プロ並みに花を生けたいとか師範代取りたいって考えて来るわけではないわ。

 生け花は、ただ生活をしていくことを考えたら、必要無いものかもしれません。けれど、それがあれば心が豊かになり、彩りを与えてくれるもの。クラスを受けに来る生徒さん達は、毎日の生活に『花』という彩りを持ちたいと思っているの。
 それを、薫子さんがお手伝いして差し上げて」

 もし私が、花を生ける楽しさを、日常に彩りを添えるお手伝いを出来たなら.....こんなに嬉しいことはない。
 私にも、やれることがあるんだ。やって、みたい。

 まだ不安は拭いきれないけれど......これは、私にとってきっと必要なことなんだ。
 だからこうして華岡先生と再会し、仕事の依頼をされたんだ。
 
 逃げずに、受け止めてみよう。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「契約続行はお嬢さんと私の結婚が、条件です」 突然、降って湧いた結婚の話。 しかも、父親の工場と引き替えに。 「この条件がのめない場合は当初の予定通り、契約は打ち切りということで」 突きつけられる契約書という名の婚姻届。 父親の工場を救えるのは自分ひとり。 「わかりました。 あなたと結婚します」 はじまった契約結婚生活があまー……いはずがない!? 若園朋香、26歳 ごくごく普通の、町工場の社長の娘 × 押部尚一郎、36歳 日本屈指の医療グループ、オシベの御曹司 さらに 自分もグループ会社のひとつの社長 さらに ドイツ人ハーフの金髪碧眼銀縁眼鏡 そして 極度の溺愛体質?? ****** 表紙は瀬木尚史@相沢蒼依さん(Twitter@tonaoto4)から。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
【19時、駅前。片桐】 その日、机の上に貼られていた付箋に戸惑った。 片桐っていうのは隣の課の俺様課長、片桐課長のことでいいんだと思う。 でも私と片桐課長には、同じ営業部にいるってこと以外、なにも接点がない。 なのに、この呼び出しは一体、なんですか……? 笹岡花重 24歳、食品卸会社営業部勤務。 真面目で頑張り屋さん。 嫌と言えない性格。 あとは平凡な女子。 × 片桐樹馬 29歳、食品卸会社勤務。 3課課長兼部長代理 高身長・高学歴・高収入と昔の三高を満たす男。 もちろん、仕事できる。 ただし、俺様。 俺様片桐課長に振り回され、私はどうなっちゃうの……!?

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛

ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。 そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う これが桂木廉也との出会いである。 廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。 みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。 以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。 二人の恋の行方は……

処理中です...