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転機
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薫子は覚悟を決めた。
「私、は......婚約破棄後、家を出ました。現在は、ばあやと一緒に暮らしています」
「ばあや、さんとですか?」
染子は、ばあやのこともよく知っている。安堵したように、笑みを見せた。
「そうですか。ばあやさんと一緒だと聞き、安堵いたしました」
それは、純粋に薫子を心配していたのだと分かる笑みだった。薫子は、自分の知らないところでも人に心配を掛けていたのだと知り、申し訳なく思った。
染子は、婚約破棄した理由や、なぜ家を出ることにしたのか、聞くことはなかった。そんな彼女に対して、薫子は自分の心の内を打ち明けたくなった。
「先生。私、家を出てみて、自分が今までいかに世間知らずだったのか思い知らされました。
掃除の仕方や洗い物、洗濯、料理......生活するのに必要な知識を、何ひとつ知らずに過ごしてきていました。私がこれまで『花嫁修業』と称して習っていたものは、どれひとつ現実の生活に役立つものはありませんでした。今まで、私はいったい何をやってきたんだろう、って考えてしまいました。
それに、今でも私はばあやに頼ってばかりで。住むところも、生活に必要な知識も教えてもらって、生活費を全て負担してもらって。こんなの、本当の自立とは言えないですよね......」
染子が包み込むような優しい目線で語りかける。
「薫子さん。あなたは少しずつ自立への道を歩んでいますよ。今まで世間知らずだったって知ったことだって、大きな一歩だと思いませんか?
人に頼らずに生きてこられた人なんて、誰もいませんよ。焦ることは、ありません」
染子の言葉に救いを感じつつも、やはり焦る気持ちもあった。
「でも......それじゃ、やっぱり駄目なんです。私は、精神的にも経済的にも早く自立しないと......」
そうしないと、悠に会いに行けない......
薫子は、苦しそうに美しい眉を寄せた。
「その為に、働く決心をして仕事を探したんですが、現実は上手くいかなくて。
当然、ですよね。仕事がいったいどんなものなのかも、時給の相場も知らず、人と接することが苦手な私が簡単に仕事なんて見つかるはず、ありませんでした。今までにいくつかの場所に電話をしたり、面接を受けたりしたんですけど、どれも駄目でした。
それで......無理して、体調を崩してしまって、仕事を探すのを諦めました。そうしたら、何もかもやる気をなくして、投げ出したくなってしまって......
このままじゃいけないってことは分かってるんです。お医者さんにはストレスを溜めず、人と話したり、外に出て体を動かしたほうがいいって言われたんですけど、どうしていいのか分からなくて」
あれほど内気で自分の意見など口にすることのなかった薫子が今、自ら道を切り拓こうとしていることに、染子は内心驚いていた。
だが、薫子は世間という厳しい壁に突き当たり、それを超えられずにいる。
長年見守ってきた師として、彼女の背中の後押しをして差し上げたい......
残りのコーヒーを口にし、優雅な所作でカップを置いた。
「先ほど薫子さんは、今まで自分がしてきたことは現実の生活ではなんの役にも立たなかった......と仰っていたけど。
あなただからこそ、出来ることがありますよ」
薫子は、目を丸くした。
「私だからこそ、ですか?」
「私、は......婚約破棄後、家を出ました。現在は、ばあやと一緒に暮らしています」
「ばあや、さんとですか?」
染子は、ばあやのこともよく知っている。安堵したように、笑みを見せた。
「そうですか。ばあやさんと一緒だと聞き、安堵いたしました」
それは、純粋に薫子を心配していたのだと分かる笑みだった。薫子は、自分の知らないところでも人に心配を掛けていたのだと知り、申し訳なく思った。
染子は、婚約破棄した理由や、なぜ家を出ることにしたのか、聞くことはなかった。そんな彼女に対して、薫子は自分の心の内を打ち明けたくなった。
「先生。私、家を出てみて、自分が今までいかに世間知らずだったのか思い知らされました。
掃除の仕方や洗い物、洗濯、料理......生活するのに必要な知識を、何ひとつ知らずに過ごしてきていました。私がこれまで『花嫁修業』と称して習っていたものは、どれひとつ現実の生活に役立つものはありませんでした。今まで、私はいったい何をやってきたんだろう、って考えてしまいました。
それに、今でも私はばあやに頼ってばかりで。住むところも、生活に必要な知識も教えてもらって、生活費を全て負担してもらって。こんなの、本当の自立とは言えないですよね......」
染子が包み込むような優しい目線で語りかける。
「薫子さん。あなたは少しずつ自立への道を歩んでいますよ。今まで世間知らずだったって知ったことだって、大きな一歩だと思いませんか?
人に頼らずに生きてこられた人なんて、誰もいませんよ。焦ることは、ありません」
染子の言葉に救いを感じつつも、やはり焦る気持ちもあった。
「でも......それじゃ、やっぱり駄目なんです。私は、精神的にも経済的にも早く自立しないと......」
そうしないと、悠に会いに行けない......
薫子は、苦しそうに美しい眉を寄せた。
「その為に、働く決心をして仕事を探したんですが、現実は上手くいかなくて。
当然、ですよね。仕事がいったいどんなものなのかも、時給の相場も知らず、人と接することが苦手な私が簡単に仕事なんて見つかるはず、ありませんでした。今までにいくつかの場所に電話をしたり、面接を受けたりしたんですけど、どれも駄目でした。
それで......無理して、体調を崩してしまって、仕事を探すのを諦めました。そうしたら、何もかもやる気をなくして、投げ出したくなってしまって......
このままじゃいけないってことは分かってるんです。お医者さんにはストレスを溜めず、人と話したり、外に出て体を動かしたほうがいいって言われたんですけど、どうしていいのか分からなくて」
あれほど内気で自分の意見など口にすることのなかった薫子が今、自ら道を切り拓こうとしていることに、染子は内心驚いていた。
だが、薫子は世間という厳しい壁に突き当たり、それを超えられずにいる。
長年見守ってきた師として、彼女の背中の後押しをして差し上げたい......
残りのコーヒーを口にし、優雅な所作でカップを置いた。
「先ほど薫子さんは、今まで自分がしてきたことは現実の生活ではなんの役にも立たなかった......と仰っていたけど。
あなただからこそ、出来ることがありますよ」
薫子は、目を丸くした。
「私だからこそ、ですか?」
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