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初恋が実る時

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 その反応に、薫子は急に不安になった。

 もし、悠が妊娠を知ったことで私を拒否してしまったら?
 中絶するように、言われてしまったら......

 それ以前に、たった一度の契りしか交わしていないのだから、悠は自分の子供だと、認めてくれないかもしれない。

 様々な不安が頭を掠める中、薫子は祈るような気持ちで悠の次の言葉を待った。

 悠の手から力が抜け、薫子のお腹から離れる。

「ック薫子......ごめん」

 その言葉で、薫子の心が打ち砕かれた。

 赤ちゃんを、受け入れてもらえなかった。
 私の願いは......届かなかった。

 事故に遭い、自分のことだけで精一杯の悠が、子供のことを考える余裕などあるはずない。子供の責任を負えるはずなど、ない。そう頭で理解しようとしても、心はそれを拒否する。

「ッ......」

 それでも、私は......この子を見捨てたりしない。
 私は、母親なんだから。

 悠は暫く沈黙し、肩を震わせていた。やがて彼の手が、再び薫子のお腹に触れる。

「薫子、ごめん。こんな大きなことを、君ひとりに背負わせて......君はずっと、苦しんでいたんだろう?」
「!!!」

 薫子は口を手で抑え、ブンブンと強く首を横に振った。

 悠が、優しくお腹をさすり、笑みを浮かべた。

「俺たちの、子供が......ここに、いるんだね」
「ゆ、ぅ......!」

 薫子は、悠に軽く覆い被さるようにして抱き締めた。大きく肩を震わせて嗚咽を漏らす薫子の頭に、悠の左手が触れる。

「ありがとう。俺のところに、戻ってきてくれて。
 子供という新たな希望を与えてくれて、ありがとう」
「ック...ウッウッ......」

 良かっ、た。悠が、受け入れてくれた。
 お腹の子供の存在を、喜んでくれた。

 悠の左手が薫子の顔に触れ、すっとなぞるようにして頬を包み込み、薫子は顔を上げた。

「俺も、逃げない。ちゃんと、リハビリする。リハビリして、普通の生活が出来るように努力する。
 角膜手術も......目が見えるようになるかは分からないけど、諦めずにその可能性にかけてみる。俺たちの、子供のためにも。

 まだ、これから先......長いけど。薫子、俺の傍にいて支えてくれる? 俺には君が、必要なんだ」 
「ッ......」

 胸が詰まって、言葉にならない。

 悠の指先が、頬から唇へとなぞる。薫子は、言葉にならない唇を「は、い」と動かした。

 悠の瞳が細められる。

 悠、大好き......

 溢れ出した声にならない言葉は行き場を探し、悠の唇へと重ねられる。

「ンッ.....」

 唇に触れていた悠の指先が薫子の後頭部に回され、柔らかく髪が絡め取られる。

 薫子、愛してる......

 重なり合う唇から、熱量が増す。今まで離れていた距離を埋めるかのように、ふたりは長い口づけを交わした。

 もう、離れたくない。ずっと、傍にいて......悠。
 何があっても、どんなことになろうとも私は、あなたを愛し続けるから。

 悠の熱い舌が、薫子の唇の隙間を縫うようにして差し入れられる。最初はその懐かしい感触を手探りするようにやんわりと優しく、それが少しずつ昂ぶる感情と共に強く絡まり合うような口づけへと変化する。

「ンンッ......ハ、ァ」

  薫子は、思わず吐息をついた。

「ッ......かおる、こ......ハァッ」

 零される悠の切ない吐息が、薫子の全身をゾクゾクと震わせる。

 あぁ......どうしたって、私はこの人が好き。
 好きで、堪らない。
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