<完結>【R18】愛するがゆえの罪 10 ー幸福の基準ー

奏音 美都

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不意打ち

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 このままここにいれば、確実に流されてしまう。

 美姫は、立ち上がった。

「秀一さんを愛しています。これからも、貴方以上に愛せる存在なんていない。
 でも、これが私の選んだ道なんです。もう、後戻りは出来ないんです......

 どうか、これ以上......私を、惑わせないで下さい」

 すると秀一も立ち上がり、背を向けた美姫を後ろから抱き締めた。

 フワッと甘くセクシーな匂いに包まれ、美姫の全身がビクンと震えた。薄いTシャツを通して流れ込んでくる彼の体温が、美姫の躰を熱くさせる。

 耳元に、ズンと腰に響くねっとりとした言葉が染み込んでくる。

「貴女は、どこまでも狡いひとですね。

 どうして、ちゃんと突き放さないのですか。もし、本当に拒否したいのなら私を嫌いだと言うべきなのです。もう、顔も見たくないと。

 それなのに貴女は私を『愛している』と言い、私の心を縛りながら拒絶する。貴女を恨み、罵り、憎しみ、存在を握り潰し、噛み砕き、その細胞のひとつひとつまでも自分の中に取り込むことが出来たらどんなに楽だったか。地獄の業火で焼かれようとも、崩れ落ちていく砂に足を取られて生き埋めになろうとも、深海の闇底で息が出来ずにもがこうとも、貴女は愛することをやめさせてはくれません。

 狡猾で、残酷だ......」

 秀一の言葉は、毒薬のように美姫の全身を麻痺させた。秀一の気配が近づき、髪の毛がハラリと避けられると美姫の首筋にチクリと鋭い痛みが走った。

「ッ......な、何を......」

 噛痕に吐息がかけられ、氷のように冷たい舌で舐められる。ピリピリとした痛みと快感が走り、背筋がゾクゾクした。

「ぁあっ!!」

 耐えきれず、甘い声を漏らしてしまう。拘束されていないのに、僅かな抵抗すらも出来なかった。

「だからこそ、余計に欲しくなるのです。
 美しく残酷な蝶を、この手で捕まえたくなる......」
「ッフ......」

 涙目になりながら、美姫は唇を噛み締めた。クラッチの縫い目から、勢い良く溢れ出した蜜が浸み出てくる。

「あの時の私の言葉、覚えていますか?」

 あの、時?
 どの、時?

 秀一に噛まれた首筋がジンジンする。あまりの動揺に思考が正確に働いてくれない。心臓がドキドキと煩く全身に響き、それが耳まで響いてあまりの恥ずかしさに真っ赤になる。

 秀一は真っ赤になった美姫の耳元に、吐息を吐いた。

「ッヤァ」

 さかりのついた雌猫のような声を上げ、美姫は耳を手で押さえた。

「か、帰りますっっ」

 足を踏み出そうとする美姫の腰に秀一の腕が回り、それは叶わなかった。

「答えは、出ましたか」
「なん、の......答えですか?」

 秀一は、フッと笑みを浮かべて耳元で囁いた。

『もし私が、ピアニストとしての名声も、貴女も、両方手に入れてみせると言ったら......
 どうしますか』

 ぁ......

 創立記念パーティーの時の言葉に、美姫の全身が熱くなった。

 瞳が潤み、躰が震え、美姫は堪らず俯いた。

「そ、んなこと......」

『出来るはずない』と美姫が言葉を発する前に、秀一の確信に満ちた声が低く響いた。

「私には、その覚悟と自信があります。
 けれど、貴女にはまだその覚悟はない。中途半端な覚悟と中途半端な優しさをもった貴女には、どれかを捨てることも出来なければ、誰かを救うことも出来ないのです。

 貴女の今は、本当に貴女が望んでいたものですか?」

 核心をつかれ、美姫の胸が苦しくなった。

 大和と一生添い遂げると覚悟しておきながら、結局秀一への思いを断ち切れず、大和を傷つけ、追い込み、浮気に走らせてしまった。そんな彼に恋愛感情がなくなったというのに『両親のため』、『財閥のため』という名目で離婚をせず夫婦関係を続けている。

 それは全て、自分の中途半端な覚悟と傲慢な優しさのせいだ。
 痛いほど、分かっている。

 けれど、分かっていても美姫には......そこからどうやって抜け出したらいいのか、分からなかった。
 そう、中途半端な自分には、全てを捨てて秀一の胸に飛び込む覚悟もないのだ。

 美姫を抱く秀一の香りが、濃厚に絡みついた。

「美姫が全てを捨てる覚悟をし、私を心から欲した時、私は貴女を迎え入れましょう」

 秀一は美姫を解放すると、自ら扉へ向かい、開けた。

「さぁお嬢様、おやすみの時間ですよ。
 それとも、部屋までお送りしましょうか」
「結構です」

 からかうような秀一の口調に憤慨しながら、美姫は扉へと向かう。

 秀一とすれ違う瞬間、美姫の手首が取られ、手の甲に口づけが落とされる。

「素敵な夢を。
 そうそう、焼肉とにんにくとお酒の香りが充満する貴女も悪くありませんが、今度はもっと素敵な香りを期待していますよ」
「ッッ......!!」

 美姫は秀一を振り返ることなく、急いでVIPルームを出て行った。
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