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父の願い
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会計を済ませ、外に出るとそれぞれの迎えの車が2台並んでいた。
「今度は実家にも寄ってくれよ」
笑顔で手を挙げた誠一郎の表情が、急に歪んだ。眉を寄せて息を飲み、胸を押さえ、ふらついた足取りで膝をつく。
「あなた! 誠一郎さん!
しっかりして下さい!!」
凛子が青褪めて駆け寄り、鞄から小瓶を取り出すと錠剤を誠一郎に飲ませた。
「す、すまん......」
誠一郎は額から汗を流し、苦しそうに呼吸を吐いた。美姫は駆け寄ることも出来ず、それを呆然と眺めていた。
お父、様......
その後、誠一郎の発作は治まり、凛子と共に車に乗って帰った。だが、見送る美姫に、不安が急速に広がっていった。
「美姫、話がある」
家に帰り、部屋に直行しようとしていた美姫は背中越しに大和に声を掛けられた。ビクッと背中を揺らし、瞼をギュッと閉じる。
父のことだと、すぐ分かった。でも、美姫にはそれを受け入れる精神的余裕はなかった。
「今日は疲れてるから......明日の朝じゃ、ダメかな?」
大抵そう言えば、大和は美姫の言うことを受け入れてくれる。
だが、今日の大和は違った。
「今、話したいんだ」
膝の上で両手を組み、項垂れたように座っている大和に、美姫は落ち着かない気持ちになった。重苦しい空気が漂い、それを払拭したいが、声を掛けることは躊躇われた。
やがて、大和が決意したように顔を上げる。美姫は緊張で引き攣った顔で彼を見つめた。
「お父さんが発作起こすの、初めてじゃないんだ......今までにも、何回か起こしてる。
以前危篤状態になった時、手術して一命は取り留めたけど、その後狭心症と不整脈が後遺症で残ってるんだ。薬を飲めば症状は治まるんだけど、医者からは静養が必要だって言われた。
それもあって、お父さんは社長職を引退して仕事を俺に譲ったんだ」
「なんで、そんな大事な事......私に、話さないの?」
実の娘である美姫は知らされず、大和だけが知っている事がショックだった。母も同様に黙っていたのだと思うと、胸が焼け付くように熱く、苦しくなった。
「美姫には黙ってるように、頼まれてたんだ。
お父さんは、美姫のことが可愛いんだ。だから、お前には心配かけたくないんだよ、分かってやれ......」
美姫はぐっと眉を寄せ、唇を震わせた。
いつもそうやって、私だけ蚊帳の外......苦しみを分かち合いたいのに、そうやって気遣われる方がよっぽど辛いのに、どうして分かってくれないんだろう。
大和が少し躊躇ってから、口を開いた。
「実は、お前が韓国出張行ってた時、お父さんの術後の定期健診に付き合ったんだ。
......そこで、心臓バイパス手術をした時とは別の冠動脈が塞がっていることが分かった。
来月、再手術を受ける予定だ」
う、そ......
美姫の心臓がドクドクと音をたてる。
「何、言ってるの......今日だって、発作が出るまでは元気そうにしてたじゃない」
冷や汗が一気に噴き出し、背中を冷たくなぞる。
大和は苦しそうに眉を寄せ、俯いた。
「あれは、美姫が一緒にいたからだ。お前に、弱ってる姿を見せたくなかったんだ」
そんな......
韓国出張に行っている間と聞いて、秀一との事が思い浮かんだ。秀一とバーで会い、彼との再会に浮かれ、激しく心が揺さぶられ、欲情してしまったことを。
私がそんなことをしている間に、お父様の病気の再発が発見されるなんて......
美姫は俯き、睫毛を震わせた。
なんていうタイミングだろう。
---それは、神からの天罰のように思えた。
「これは、俺の単なるワガママじゃなく、お父さんのためにも子供を作ろう。
孫を抱かせて......お父さんの夢を、叶えてやろう」
お父様が、そんな......
美姫はショックで何も考えられなかった。父が危篤だった時の恐怖が蘇り、打ちのめされた。
美姫の震える手を、大和が包み込む。
「俺が、お前も子供も守るから......頼む」
大和に包まれた美姫の震えは、止むことはなかった。
「今度は実家にも寄ってくれよ」
笑顔で手を挙げた誠一郎の表情が、急に歪んだ。眉を寄せて息を飲み、胸を押さえ、ふらついた足取りで膝をつく。
「あなた! 誠一郎さん!
しっかりして下さい!!」
凛子が青褪めて駆け寄り、鞄から小瓶を取り出すと錠剤を誠一郎に飲ませた。
「す、すまん......」
誠一郎は額から汗を流し、苦しそうに呼吸を吐いた。美姫は駆け寄ることも出来ず、それを呆然と眺めていた。
お父、様......
その後、誠一郎の発作は治まり、凛子と共に車に乗って帰った。だが、見送る美姫に、不安が急速に広がっていった。
「美姫、話がある」
家に帰り、部屋に直行しようとしていた美姫は背中越しに大和に声を掛けられた。ビクッと背中を揺らし、瞼をギュッと閉じる。
父のことだと、すぐ分かった。でも、美姫にはそれを受け入れる精神的余裕はなかった。
「今日は疲れてるから......明日の朝じゃ、ダメかな?」
大抵そう言えば、大和は美姫の言うことを受け入れてくれる。
だが、今日の大和は違った。
「今、話したいんだ」
膝の上で両手を組み、項垂れたように座っている大和に、美姫は落ち着かない気持ちになった。重苦しい空気が漂い、それを払拭したいが、声を掛けることは躊躇われた。
やがて、大和が決意したように顔を上げる。美姫は緊張で引き攣った顔で彼を見つめた。
「お父さんが発作起こすの、初めてじゃないんだ......今までにも、何回か起こしてる。
以前危篤状態になった時、手術して一命は取り留めたけど、その後狭心症と不整脈が後遺症で残ってるんだ。薬を飲めば症状は治まるんだけど、医者からは静養が必要だって言われた。
それもあって、お父さんは社長職を引退して仕事を俺に譲ったんだ」
「なんで、そんな大事な事......私に、話さないの?」
実の娘である美姫は知らされず、大和だけが知っている事がショックだった。母も同様に黙っていたのだと思うと、胸が焼け付くように熱く、苦しくなった。
「美姫には黙ってるように、頼まれてたんだ。
お父さんは、美姫のことが可愛いんだ。だから、お前には心配かけたくないんだよ、分かってやれ......」
美姫はぐっと眉を寄せ、唇を震わせた。
いつもそうやって、私だけ蚊帳の外......苦しみを分かち合いたいのに、そうやって気遣われる方がよっぽど辛いのに、どうして分かってくれないんだろう。
大和が少し躊躇ってから、口を開いた。
「実は、お前が韓国出張行ってた時、お父さんの術後の定期健診に付き合ったんだ。
......そこで、心臓バイパス手術をした時とは別の冠動脈が塞がっていることが分かった。
来月、再手術を受ける予定だ」
う、そ......
美姫の心臓がドクドクと音をたてる。
「何、言ってるの......今日だって、発作が出るまでは元気そうにしてたじゃない」
冷や汗が一気に噴き出し、背中を冷たくなぞる。
大和は苦しそうに眉を寄せ、俯いた。
「あれは、美姫が一緒にいたからだ。お前に、弱ってる姿を見せたくなかったんだ」
そんな......
韓国出張に行っている間と聞いて、秀一との事が思い浮かんだ。秀一とバーで会い、彼との再会に浮かれ、激しく心が揺さぶられ、欲情してしまったことを。
私がそんなことをしている間に、お父様の病気の再発が発見されるなんて......
美姫は俯き、睫毛を震わせた。
なんていうタイミングだろう。
---それは、神からの天罰のように思えた。
「これは、俺の単なるワガママじゃなく、お父さんのためにも子供を作ろう。
孫を抱かせて......お父さんの夢を、叶えてやろう」
お父様が、そんな......
美姫はショックで何も考えられなかった。父が危篤だった時の恐怖が蘇り、打ちのめされた。
美姫の震える手を、大和が包み込む。
「俺が、お前も子供も守るから......頼む」
大和に包まれた美姫の震えは、止むことはなかった。
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