<完結>【R18】愛するがゆえの罪 10 ー幸福の基準ー

奏音 美都

文字の大きさ
40 / 124
差し伸べられるふたつの手

しおりを挟む
 美姫は予め男性の裸体が描かれたデザイン画に、イメージに合った服装をラフに描いていく。

 秀一さんはメフィストフェレスのイメージだから、やっぱり狩人よりも悪魔そのものを衣装を着せてみたい。

 漆黒のシルクハットにジレ、ジャケット、マントを描きこんでいく。

 秀一さんは『紫』のイメージも強いから......

 胸元のスカーフ、金縁のジレとカフスボタンを紫にし、それから髪をひとつにまとめて横に流し、それに紫のラインを入れた。

 ど、どうしよう、これ......すごく、着て欲しいかも。

 美姫が入り込んでいると、横から覗いていた大和がボソッと呟いた。 

「へぇ......上手いもんだな」

 いきなり大和に声をかけられ、美姫がビクッと肩を揺らす。自分の考えを読まれてしまったのではと、心臓がドキドキと速まる。

 感心する大和に、秀一が意地悪く目を細める。

「当然です。これぐらい出来なければ、『KURUSU』のデザイナーなど務まらないでしょう。
 あなたは妻の仕事ぶりすら、把握していないのですね」

 また、女性スタッフ達の忍び笑いが響く。

 美姫はデザインの手を止め、顔を上げた。

「つ、次の曲をお願いします!!」

 これじゃ、心臓いくつあっても足りないよ......

 オーケストラのコンサートでは序曲・協奏曲・交響曲の3本立てで2時間から2時間半程に収めることが多い。

 だが、今回のツアーはピアノリサイタルのため、前半に5曲、後半に4曲、そしてアンコールに2曲を予定している。その中にはスペシャルゲストである青柳えいみとの演奏も2曲あり、彼女の衣装も考えなければならない。

 もちろん全ての衣装を総入れ替えとなると時間がかかるため、ジャケットを脱いだり小物を替えたり、または早着替えを取り入れた衣装チェンジもあるが、それを考えるのも舞台衣装を扱った経験のない美姫には一苦労だった。

 どうしよう......結構時間かかりそうだな。

 そう思っていると、一番奥の席に控えていた大和に4月からついている秘書の山本が声を掛けた。

「社長、そろそろ本社で会議の時間になりますので、戻りませんと」
「え!?もうそんな時間なのか?」

 腕時計に目を落とした大和に、秀一の呆れた声が飛ぶ。

「自分のスケジュール管理もままならないとは......まるで子供ですね」

 また大和に対して突っかかる秀一に、さすがの美姫も今までに溜めていたストレスが爆発する。

「秀一さん、もうやめてください!」

 大和は秀一を無視し、美姫に向き直った。

「まだ、時間掛かるのか?」
「11曲分の衣装だもん、時間かかるよ......」
「だったら今日は終わりにして、また明日俺も仕事で都合つけるからその時にでもやればいい」

 そう言った大和に、美姫は大きく息を吐き出した。

「大和、ちょっと……」

 大和の手を取り、会議室の外へと連れ出す。
 
 皆の声の聞こえないところまで大和を連れ出すと、美姫は大和を見上げた。

「......これじゃ、仕事が進まないよ。大和の仕事の都合に合わせてたらいつまで経っても終わらないし、秀一さんは今日入れて3日しか日本にいないんだよ。
 その間にどうしても衣装デザインの打ち合わせを終わらせなきゃいけないの。分かって......」

 美姫の懇願に、大和は眉を下げた。

「ごめ......分かってるんだ、バカなことしてるって。
 でも、お前と来栖秀一が一緒にいるのかと思うと......気になって仕方ないんだ。嫉妬で狂いそうになって、居ても立ってもいられなくなるんだ。
 ほんと、無様だよな、俺......」

 美姫の胸がギュウッと締め付けられた。

 美姫は大和を真剣に見つめた。

「私が信用出来ないから、大和を不安にさせてしまってることは申し訳なく思ってる……
 でもね、ふたりきりじゃないんだよ? 他にもスタッフの子達がいるし、これは仕事なの。たくさんの人がこのツアーに関わっているし、楽しみにしているの。私には、これを成功させなくちゃいけない義務がある。
 だから、大和も自分の仕事に集中して?仕事が終わったら、必ず報告するから。どうか、お願い」

 確かに、秀一からの仕事を引き受けた時には彼に会えると浮ついた気持ちがあったのは事実だ。けれど、ツアースタッフと顔合わせをし、それぞれの想いやツアーにかける意気込みを聞き、感じるうちに、美姫は私情よりもツアーを成功させたいという気持ちが強くなっていた。

 その為に、自分のもっている全ての力をこの衣装デザインに注ぎ込もうと思っていた。

 大和は、力なく項垂れた。それはまるで、叱られた犬が尻尾を垂れているように見えた。

「わ、かったよ......」

 それを聞いてホッと息をつきかけた美姫の腕を大和が掴んで壁に押し付けた。抵抗する間もなく、不意打ちで唇が押し付けられ、離れた。

 瞳孔を大きくして見上げた美姫に、大和は一旦引いた顔をまた近づけた。

「たとえお前の心があいつにあろうと......今、お前は俺の嫁だ。
 お前から、結婚して欲しいと頼んだんだ。離婚はしない。

 お前は俺を裏切れない。両親も、世間も裏切れない」
「ック......分かってる」

 大和は俯いた美姫を悲しげに見つめると、そっと頬を撫で、去って行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...