<完結>【R18】愛するがゆえの罪 10 ー幸福の基準ー

奏音 美都

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呑み込まれる理性

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 一時はどうなることかと思ったが、予定していた衣装デザインのラフ案と採寸をなんとか今日中に終えることができ、美姫をはじめスタッフ全員が安堵の息を吐いた。

 秀一は、これから別の仕事に向かわなければならない。明日には再びウィーンへ帰ってしまうので、来日中に会えるのは今日が最後だった。

「では、デザイン案が固まったら連絡します」
「楽しみにしていますよ。よろしくお願いしますね」

 秀一は美姫に手を差し出した。

 また暫く秀一に会えないのかと思うと寂しさが込み上げてきたが、そんな心情を露わにするわけにはいかない。美姫はにっこりと笑みを浮かべ、握手を交わした。

「今日はお忙しい中、ありがとうございました。お気をつけてお帰り下さい」

 会えば会うほど、想いが募ってしまう。

 もう、関わってはいけないのに。
 愛してはいけない人なのに......

 そしてこの人は、また私の心を奪ったまま去ってしまうんだ。

 私はきっと、待ってしまう。
 この人との再会を指折り数えて、待ち侘びてしまう。

 秀一がビジネスライクな口調で美姫に話しかけた。

「デザイン案でひとつ要望したいことがありましたので、話しながら下まで送ってくださいませんか、来栖チーフ?」

 俯いていた美姫は、ビクンと躰を震わせ、秀一を見上げた。

 眼鏡の奥のライトグレーの瞳を見つめ、頷く。

「では、下まで......お見送りします」

 仕事に関する話なら、断ることはできない。黒澤さんも一緒なんだから、二人きりになることはない。

 そう言い訳しながらも、秀一がウィーンに帰ってしまう前にせめてあと少しだけでも一緒にいたいと願ってしまう自分がいた。

 廊下を歩いている途中、秀一が黒澤に声を掛けた。

「あなたは、そちらの階段を使って下さい」

 ぇ、ちょっと待って......

 美姫が驚き、声を掛ける前に、黒澤はもう階段の方へ行ってしまった。

 せめて誰か他の人が乗ってくれれば......と思っていたが、エレベーターホールには誰も来る気配がない。

「あの......やっぱり仕事が忙しいので、ここで見送ります。
 デザイン案の要望については、後日メールで詳細を送ってくださいますか」

 美姫は引き攣った笑みを浮かべ、後ろに退こうとした。

 秀一の眼鏡の奥の眼光が、鋭く光る。

「下まで送ると言ったのは貴女ですよね? 約束を反故にするつもりですか?」
「い、いえ......あの......」

 そう言っている間に、エレベーターが着いてしまった。

「どうぞ?」

 にこりと微笑まれ、エレベーターの扉を押さえる秀一を前に、美姫はもう拒否することなど出来なかった。

 エレベーターの奥へ行けば何かされるのではと警戒し、エレベーターのボタンのすぐ目の前に立ち、躰を硬くしながら正面を見つめる。斜め後ろに立つ秀一からの視線を背中に感じ、それだけで美姫は鼓動が速まるのを感じていた。ここからでも彼のセクシーなオーラと色香に当てられ、躰が熱くなる。

「あ、あの......デザイン案の要望って、どんなことでしょうか」

 私情を抑えるため、美姫はなんとか仕事に集中しようとした。

 すると突然、秀一の影が美姫の背中から迫ってきた。秀一の腕が、美姫の頭上へと伸ばされる。

 抱き締められるのではと思わず身を竦め、俯く。だがその腕は、美姫の躰に回ることなく通り過ぎた。

 ホッとする間もなく、『ブーーーッ!!!』と警報が鳴る。ガクンと大きく躰が揺れ、バランスを失った。

 エレベーターが、停まったのだ。

「キャッ......」

 バランスを失った美姫の躰を、秀一が後ろから逞しい胸で受け止める。

 何が、起こったの?
 どうして急にエレベーターが停まったの?
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