<完結>【R18】愛するがゆえの罪 10 ー幸福の基準ー

奏音 美都

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癒えぬ悲しみ

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 車が停車すると、凛子は自らドアを開けた。

「ごめんなさい。先に、休ませてもらいますね」

 美姫に声を掛け、足早に家の中へと入って行った。夫との思い出が詰まった寝室へ。

 美姫はそんな凛子をぼんやりと眺めた。

 私には、居場所がない。どこにも、居場所が……

 畑中が、美姫の為にドアを開けた。

「さ、来栖社長も家の中に入りましょう。今日はゆっくり休んで下さい」

 その時、1台のタクシーが畑中の車の後ろで停車した。

 中から秀一が降り、歩み寄った。

「美姫は、私が家の中に連れて行きます」

 有無を言わせぬ雰囲気に、畑中は頭を下げた。

「さ、行きましょうか」

 秀一の大きな手が、美姫の手を優しく取った。愛する人が現れたにも関わらず、美姫の瞳は悲しみで濁り、無反応だった。

 秀一に促され、ゆっくりと車を降りる。畑中は気遣うような視線を投げた後、ゆっくりと車を発進させた。

 門扉を開けて玄関に向かう途中、美姫は目に映った光景に足を止めた。中庭には、満開の薄紫のコスモスが揺れていた。

 お父様、コスモスが咲きましたよ。
 綺麗に、咲きました……

 もうこのコスモスを父と一緒に見られないのかと思うと、美姫の胸から熱い塊がせり上がってきた。

 玄関に入ると、秀一が美姫を正面から抱き締めた。

「しゅ……いち、さ……?」

 それまでぼんやりしていた美姫は、戸惑うように秀一の腕の中で小さな声を上げた。

「美姫。美姫……」

 秀一の腕が、ギュッと美姫の躰を強く抱き締める。甘く柔らかな匂いと声が、美姫を包み込んだ。

「ずっと、我慢していたのでしょう?
 もう、いいんですよ。思い切り泣いても」

 その途端、限界にまで膨らんでいた硝子が勢い良く「パチン」と頭の中で破裂した。





「……ゥ、ゥ、ゥ、ゥゥゥワァァァァァァァァァァァァァァアアアアアア!!!
 ウゥッ、ウゥ……ウッグ……ッェ、ッッウッ、ウッ、ウッ」





 子供のように泣きじゃくる美姫を、秀一が横抱きにしてリビングに連れていく。それを呆然と見つめる瀬戸に、秀一が顔を向ける。

「美姫の為に、ブランケットとホットミルクを持ってきてください」
「は、はい!!」

 瀬戸が走り去るのを目で追い、秀一は美姫を丁寧にソファに下ろした。美姫はウォンウォンと吠えるように泣きつき、秀一のセーターの裾を掴んで離さない。

「大丈夫……大丈夫ですよ、美姫。
 ずっと……傍にいますから」
「ッグッグ……ウゥッおど……お父、さ……ウゥゥゥッッグワァァァァァァァァァ!!」

 瀬戸が遠慮がちに声を掛けた。

「毛布とホットミルク、持ってきました」

 秀一は美姫を抱いたまま、目線でテーブルに置くよう瀬戸に指示した。

 瀬戸は毛布とホットミルクを置くと、少し離れた位置からふたりを見つめた。

 泣き縋る美姫に秀一はずっと優しく声を掛け、抱き締めている。それはどう見ても、普通の叔父と姪の関係には思えなかった。

 瀬戸は、3年前の美姫と秀一が禁忌の恋愛関係にあると取り沙汰されたスキャンダルをもちろん覚えていた。

 もしかして、この二人……

 そんな考えが過るが、そんな筈はないと慌てて否定した。

 泣き疲れて眠ってしまった美姫は、秀一の膝の上で躰を小さくして猫のようにくるまり、その上にはブランケットが掛けられていた。頬には幾つもの涙の筋があり、睫毛はまだ濡れている。

 温度を失ったミルクは冷えたまま、テーブルに放置されていた。

 美姫は眠りながらも時折しゃくり上げ、肩を揺らす。

 秀一は、小さく息を吐いた。 

 美姫……どうか、夢の中にいる時だけでも悲しみから解放されて下さい。

 元々美姫の誕生日に合わせて日本に帰国する予定だったが、それが兄の葬儀の為になろうとは思いもしなかった。

 初めて兄と出会った時のことを、秀一は今でも鮮やかに覚えている。
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