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SS7 「うれしいひな祭り」
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「じゃあねぇ、やまとくん!」
「おぉ、またな」
美姫は最後に残った大和に笑顔で手を振り、見送った。扉がパタンと閉まると、佐和が美姫の小さな肩に手を置く。
「さ、お疲れでしょ?もう、お着物は脱ぎましょうか」
慣れない十二単を長時間着ていた美姫を気遣ってそう声をかけた佐和だったが、美姫は首を縦に振らなかった。
「いや!だって、まだしゅーちゃんにみせてないもん!」
その言葉を聞き、凛子と誠一郎は困惑したように顔を見合わせる。
「美姫、今日は秀一はここに来る予定はないんだ」
「また今度、秀一さんがいらした時に着ればいいんじゃないかしら?」
けれど、美姫は意固地になっていた。
「きょうじゃなきゃ、いや!だって、きょうはおひなさまなんだもん!しゅーちゃんに、みきのおひなさまみせたいんだもんっ!」
いつもならこんな我侭を言わない美姫に、凛子も誠一郎も何と声をかけていいか分からず困っていると、佐和がふたりに目配せをした。
「分かりました。では、秀一様が何時にいらっしゃるか分からないので、今夜はこのままで寝ましょう。もし、秀一様がいらしたらお声を掛けますから」
佐和の言葉に美姫が瞳をキラキラと輝かせる。
「ほんとに!?ぜーったいにおこしてね!さわさん、だーいすきっ!!」
美姫は佐和に飛びついた。
「では佐和さん、よろしくお願いしますね」
誠一郎と凛子は急な仕事が入ったため、玄関へと向かっていた。美姫は洗面所で歯磨きをしているところだ。
小声で佐和が、誠一郎に話しかける。
「あの……秀一様には、連絡がついたのでしょうか……」
誠一郎は短く息を吐き、弱々しく首を振った。
「どうやら、コンサートの真っ最中のようで携帯が繋がらなくてな。留守電にメッセージを残そうかとも思ったが、仕事で忙しくしているのに娘のワガママでこちらにも呼ぶのも申し訳ないと思って、そのまま切ってしまったよ」
「そう、ですか……」
どんなに美姫が残念がるだろうと考えると胸が痛んだが、それは家政婦ごときの佐和が口を出せることではない。それに秀一は高校生とはいえ、プロとしてデビューしているピアニストなのだ。仕事を優先させるのが大事だということは、重々分かっている。
「おとーさま、おかーさま、いってらっしゃいませ!」
パタパタと可愛い足音を響かせ、歯磨きを終えた美姫が廊下を走ってきた。と、足袋で滑って転びそうになる。
「おぉっと!」
間一髪のところで誠一郎が美姫を抱きとめ、床にダイブすることはなかった。
「美姫ぃ、気をつけなきゃダメだぞ」
「うふっ……おとーさま、ありがとう」
注意しているにも関わらず愛らしい笑みを見せる美姫に、思わず頬を緩めた誠一郎に、凛子が軽く嗜めるように視線を送る。
「ッコホン、じゃあ仕事に行ってくるから、いい子で待ってるんだぞ」
「はい、わかりました」
「美姫、おやすみなさい。よく寝てね」
「えぇ、おかーさま。でも、しゅーちゃんがきたらすぐにおきるけど、ふふっ」
美姫の嬉しそうな表情に、誰も今日は秀一が美姫に会いに来られないのだという事実を告げられなかった。
佐和は去っていく誠一郎と凛子にお辞儀をしてから、ハァーッと大きな溜息を吐いた。
「お嬢様。ご本を読みましょうか。今日はどんなお話がいいでしょうねぇ」
「じゃあ、ねむりひめのおはなし!みきがねむってるところに、しゅーちゃんがおこしにきてくれるのー」
「はいはい、分かりましたよ」
美姫が眠り、起きてから声をかけられなかったことに気づいたら、何と言い訳しようか……そんなことを考えながら、佐和は美姫の背中に軽く手をあて、彼女の部屋へと向かった。
「おぉ、またな」
美姫は最後に残った大和に笑顔で手を振り、見送った。扉がパタンと閉まると、佐和が美姫の小さな肩に手を置く。
「さ、お疲れでしょ?もう、お着物は脱ぎましょうか」
慣れない十二単を長時間着ていた美姫を気遣ってそう声をかけた佐和だったが、美姫は首を縦に振らなかった。
「いや!だって、まだしゅーちゃんにみせてないもん!」
その言葉を聞き、凛子と誠一郎は困惑したように顔を見合わせる。
「美姫、今日は秀一はここに来る予定はないんだ」
「また今度、秀一さんがいらした時に着ればいいんじゃないかしら?」
けれど、美姫は意固地になっていた。
「きょうじゃなきゃ、いや!だって、きょうはおひなさまなんだもん!しゅーちゃんに、みきのおひなさまみせたいんだもんっ!」
いつもならこんな我侭を言わない美姫に、凛子も誠一郎も何と声をかけていいか分からず困っていると、佐和がふたりに目配せをした。
「分かりました。では、秀一様が何時にいらっしゃるか分からないので、今夜はこのままで寝ましょう。もし、秀一様がいらしたらお声を掛けますから」
佐和の言葉に美姫が瞳をキラキラと輝かせる。
「ほんとに!?ぜーったいにおこしてね!さわさん、だーいすきっ!!」
美姫は佐和に飛びついた。
「では佐和さん、よろしくお願いしますね」
誠一郎と凛子は急な仕事が入ったため、玄関へと向かっていた。美姫は洗面所で歯磨きをしているところだ。
小声で佐和が、誠一郎に話しかける。
「あの……秀一様には、連絡がついたのでしょうか……」
誠一郎は短く息を吐き、弱々しく首を振った。
「どうやら、コンサートの真っ最中のようで携帯が繋がらなくてな。留守電にメッセージを残そうかとも思ったが、仕事で忙しくしているのに娘のワガママでこちらにも呼ぶのも申し訳ないと思って、そのまま切ってしまったよ」
「そう、ですか……」
どんなに美姫が残念がるだろうと考えると胸が痛んだが、それは家政婦ごときの佐和が口を出せることではない。それに秀一は高校生とはいえ、プロとしてデビューしているピアニストなのだ。仕事を優先させるのが大事だということは、重々分かっている。
「おとーさま、おかーさま、いってらっしゃいませ!」
パタパタと可愛い足音を響かせ、歯磨きを終えた美姫が廊下を走ってきた。と、足袋で滑って転びそうになる。
「おぉっと!」
間一髪のところで誠一郎が美姫を抱きとめ、床にダイブすることはなかった。
「美姫ぃ、気をつけなきゃダメだぞ」
「うふっ……おとーさま、ありがとう」
注意しているにも関わらず愛らしい笑みを見せる美姫に、思わず頬を緩めた誠一郎に、凛子が軽く嗜めるように視線を送る。
「ッコホン、じゃあ仕事に行ってくるから、いい子で待ってるんだぞ」
「はい、わかりました」
「美姫、おやすみなさい。よく寝てね」
「えぇ、おかーさま。でも、しゅーちゃんがきたらすぐにおきるけど、ふふっ」
美姫の嬉しそうな表情に、誰も今日は秀一が美姫に会いに来られないのだという事実を告げられなかった。
佐和は去っていく誠一郎と凛子にお辞儀をしてから、ハァーッと大きな溜息を吐いた。
「お嬢様。ご本を読みましょうか。今日はどんなお話がいいでしょうねぇ」
「じゃあ、ねむりひめのおはなし!みきがねむってるところに、しゅーちゃんがおこしにきてくれるのー」
「はいはい、分かりましたよ」
美姫が眠り、起きてから声をかけられなかったことに気づいたら、何と言い訳しようか……そんなことを考えながら、佐和は美姫の背中に軽く手をあて、彼女の部屋へと向かった。
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