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過去の呪縛
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穏やかに寝息をたてるルチアを、クロードはそっとベッドへと横たえた。ルチアの前髪を掻き上げ、額に接吻を落とすとゆっくりとバルコニーへと向かう。
先程浴場の天窓から見えた星空が、今はもっとくっきりと浮かび上がって見えた。
一人になったクロードに、過去の記憶が蘇ってくる。
母が亡くなり、葬儀を終えた後、幼いクロードは母の寝室で押し花を手に膝を抱えて、時が経つのも忘れて座っていた。
突然、バーンッと勢いよく扉が開いた。
「こんな所で何をしている」
「父、上……」
そこには、怒りで肩を唸らせた国王である父が立っていた。カツ、カツ、カツ……と足を踏み鳴らしながら、クロードに近づく。
バシッ。
クロードの頬に、痛みが走る。
「こんな所で、無駄な時間を潰している暇はない。お前には、この国を統べる次期国王として学ぶべきことがたくさんある筈だ。あの女のことなんか、忘れろ」
あの女……
クロードの脳裏に、切なく、苦しそうな表情を浮かべる母の姿が映った。悔しさで涙が滲みそうになるが、そんな弱みを見せたくなくて必死に堪え、睨みつける。
「なんだ、その目は……」
国王がクロードから手の中にあった押し花を奪い取り、床へ放り投げる。それを、忌々しそうに靴で踏み躙った。
「父上! やめてくださいっ!!」
必死になって足元に蹲り、クロードは押し花を取り返そうとしたが、靴が床から離されたときにはもう押し花は跡形もなく、ボロボロになっていた。
「人の感情など、捨てろ。国王になる為にはいらぬものだ」
そう冷たく吐き捨て、国王は出て行った。
私はそれでも、ずっとあの人に逆らう事ができなかった。まるで足枷を嵌められ、巨大な影に囚われたかのように……
だがあの日。
「もう、こうするしか道はない」
月日が経ち、立派な青年となったクロードの元にはユリアーノと、ヒューバート、そして信頼をおいている臣下達の姿があった。
「本当に、いいんですか、クロード様?」
心配そうなユリアーノとヒューバートに、クロードは安心させるように力強く答える。
「あぁ。この国と国民を救う為には、こうするしかないのだ」
「俺達は何があろうと、どこまでもクロード様についていきます。クロード様の為なら命を差し出す覚悟でいますから!」
「おいユリアーノ、『俺たち』とか、一緒にするな!
クロード様……いえ、我が国王陛下、私は貴方のため力の限り闘うと誓います。この身が血で染まり、たとえ全身が切り刻まれようと……」
『我が国の栄光の未来の為に!!』
私はあの人とは違う。この国の未来を、必ず変えてみせる。
……けれど私は、あの人を完全に断絶することは出来なかった。
あの人を幽閉し、監視下におき、二度と国政に携われないようにすることで我が国の未来を救うという名目を掲げ、あの人を完全に葬り去ることを躊躇ってしまった弱い自分を隠そうとしたのだ。
私は、怖かった。再び、肉親を亡くすことが……たとえ、親とは呼べないような関係であったとしても。
その私の弱さが、前王復権を支持する者達をのさばらせ、再びあの人と対峙する運命へと導いてしまった。
今度こそ、決着をつけなければ……
強い決意で臨み、激しい闘いの末に……あの人が、倒れた。
だが、私は……倒れたあの人を前に、確かめることができなかった。本当に自分が殺してしまったのか。葬り去ることが出来たのか。
確かめることにより、自分の犯した罪の大きさに押し潰されそうで……出来なかった。
心の中に、未だに強大なあの人の影に恐れて何も言えない幼い自分が、住み着いているのを感じる。
クロードは、フッ……と自嘲気味に笑った。
「過去から逃れることは、出来ぬか……」
「クロード、さま?」
ルチアがベッドの上で呟く声が聞こえた。
クロードは、ゆっくりとバルコニーから、ルチアのベッドへと向かった。
「ここにいる」
ルチアの眠る傍らに腰掛け、温かい頬に手を添える。すると、安心したように頬に添えられた手にルチアが擦り寄せ、そっと手を重ねる。
ルチアが、再び瞼を閉じながら呟く。
「どうか、クロード様も……」
その言葉に促されるようにクロードが横たわり、肩肘をついてルチアの髪を優しく撫でる。
規則正しい穏やかな寝息と美姫の幸せそうな寝顔にクロードの瞼も次第に重くなり、浅い眠りに墜ちていった。
先程浴場の天窓から見えた星空が、今はもっとくっきりと浮かび上がって見えた。
一人になったクロードに、過去の記憶が蘇ってくる。
母が亡くなり、葬儀を終えた後、幼いクロードは母の寝室で押し花を手に膝を抱えて、時が経つのも忘れて座っていた。
突然、バーンッと勢いよく扉が開いた。
「こんな所で何をしている」
「父、上……」
そこには、怒りで肩を唸らせた国王である父が立っていた。カツ、カツ、カツ……と足を踏み鳴らしながら、クロードに近づく。
バシッ。
クロードの頬に、痛みが走る。
「こんな所で、無駄な時間を潰している暇はない。お前には、この国を統べる次期国王として学ぶべきことがたくさんある筈だ。あの女のことなんか、忘れろ」
あの女……
クロードの脳裏に、切なく、苦しそうな表情を浮かべる母の姿が映った。悔しさで涙が滲みそうになるが、そんな弱みを見せたくなくて必死に堪え、睨みつける。
「なんだ、その目は……」
国王がクロードから手の中にあった押し花を奪い取り、床へ放り投げる。それを、忌々しそうに靴で踏み躙った。
「父上! やめてくださいっ!!」
必死になって足元に蹲り、クロードは押し花を取り返そうとしたが、靴が床から離されたときにはもう押し花は跡形もなく、ボロボロになっていた。
「人の感情など、捨てろ。国王になる為にはいらぬものだ」
そう冷たく吐き捨て、国王は出て行った。
私はそれでも、ずっとあの人に逆らう事ができなかった。まるで足枷を嵌められ、巨大な影に囚われたかのように……
だがあの日。
「もう、こうするしか道はない」
月日が経ち、立派な青年となったクロードの元にはユリアーノと、ヒューバート、そして信頼をおいている臣下達の姿があった。
「本当に、いいんですか、クロード様?」
心配そうなユリアーノとヒューバートに、クロードは安心させるように力強く答える。
「あぁ。この国と国民を救う為には、こうするしかないのだ」
「俺達は何があろうと、どこまでもクロード様についていきます。クロード様の為なら命を差し出す覚悟でいますから!」
「おいユリアーノ、『俺たち』とか、一緒にするな!
クロード様……いえ、我が国王陛下、私は貴方のため力の限り闘うと誓います。この身が血で染まり、たとえ全身が切り刻まれようと……」
『我が国の栄光の未来の為に!!』
私はあの人とは違う。この国の未来を、必ず変えてみせる。
……けれど私は、あの人を完全に断絶することは出来なかった。
あの人を幽閉し、監視下におき、二度と国政に携われないようにすることで我が国の未来を救うという名目を掲げ、あの人を完全に葬り去ることを躊躇ってしまった弱い自分を隠そうとしたのだ。
私は、怖かった。再び、肉親を亡くすことが……たとえ、親とは呼べないような関係であったとしても。
その私の弱さが、前王復権を支持する者達をのさばらせ、再びあの人と対峙する運命へと導いてしまった。
今度こそ、決着をつけなければ……
強い決意で臨み、激しい闘いの末に……あの人が、倒れた。
だが、私は……倒れたあの人を前に、確かめることができなかった。本当に自分が殺してしまったのか。葬り去ることが出来たのか。
確かめることにより、自分の犯した罪の大きさに押し潰されそうで……出来なかった。
心の中に、未だに強大なあの人の影に恐れて何も言えない幼い自分が、住み着いているのを感じる。
クロードは、フッ……と自嘲気味に笑った。
「過去から逃れることは、出来ぬか……」
「クロード、さま?」
ルチアがベッドの上で呟く声が聞こえた。
クロードは、ゆっくりとバルコニーから、ルチアのベッドへと向かった。
「ここにいる」
ルチアの眠る傍らに腰掛け、温かい頬に手を添える。すると、安心したように頬に添えられた手にルチアが擦り寄せ、そっと手を重ねる。
ルチアが、再び瞼を閉じながら呟く。
「どうか、クロード様も……」
その言葉に促されるようにクロードが横たわり、肩肘をついてルチアの髪を優しく撫でる。
規則正しい穏やかな寝息と美姫の幸せそうな寝顔にクロードの瞼も次第に重くなり、浅い眠りに墜ちていった。
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