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16.懐かしい香り
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「ゲストルームは2階だよ」
類が先頭を切り、階段を上っていく。続く美羽は、まるで絞首台に向かうような足取りで、後ろをついていった。
「はい、ここがゲストルームだよ。あ、荷物がトランクに入れっぱなしだったね。今、持ってきてあげるから待ってて」
類がミントグリーンのペンキで塗られた扉を開け、電気をつけて出て行った。警戒して躰を硬くしていた美羽は、類が階段を下りていく足音を聞き、ようやく肩から力を抜いた。
臙脂色に塗られた壁。キングサイズはあるかと思われる大きなベッドには、枕の他にもシルク素材の赤をベースにクリーム色の薔薇が描かれた小さなクッションが幾つも置かれ、白いシーツの真ん中にはクッションカバーと同じ柄のベッドスローが敷かれていて、海外らしい雰囲気が溢れている。その脇にはサイドテーブル、あとはクローゼットが置かれただけのシンプルな部屋だった。
電気をつけてもそれほど明るくないのは、この国が間接照明を重んじるからなのか。ベッドの隣にある扉を開くと浴室になっていて、トイレとシャワールームが備え付けてあった。早く熱いシャワーを浴びたい。
他に座る場所もないので、美羽は所在なくベッドに腰掛けた。適度な弾力がお尻に伝わって来る。このまま横になって眠りたい気持ちが湧いてくるけれど、類がトランクを持って来るから出来ない。
ギシギシと揺れる階段の音を聞き、美羽は立ち上がった。開きっぱなしの扉を大きく開けると、類が美羽のトランクを抱えて階段を上りきり、こちらに向かってきた。
「類、ありがとう。ごめんね、あとは大丈夫だから」
部屋の前で受け取った美羽に、類がニヤッと笑みを浮かべた。
「フフッ……ミュー、警戒してるの?」
「ッッ……なっ」
ズバリと言い当てられ、返す言葉が見つからない美羽を類の美しく残酷な色に染まった瞳が貫く。身動きできずにいると、類の顔が近づいて美羽の頬に軽く口づけた。
「おやすみ、姉さん。ゆっくり休んで」
類の顔が離れ、パタンと扉が閉められる。美羽は呆然としてから、去っていく足音を聞いてハッとし、慌てて鍵を閉めた。
類の、真意が……分からない。
バスルームに入り、衣服を脱ぐと全面ガラス張りになっているシャワールームの扉を開け、シャワーの栓を捻る。高い位置から霧のような細かい飛沫が肌に気持ち良く当たり、美羽はハァと吐息を吐き出した。
髪をしっかり濡らしたところでシャンプーのボトルに手を伸ばした美羽は、特徴的な薔薇の絵柄にハッと目を見開いた。
これ……私が昔、使ってたのと同じものだ……
いくらLAが日本人が多く在住していて日本の物が手に入りやすいからといって、そのシャンプーは日本製であるだけでなく、あまり名の知られてないブランドものなので、日本にいてすらスーパーや薬局等で簡単に購入できるような品物ではなかった。横を見ると、コンディショナーもボディーソープも同じラインのもので揃えてある。しかも全て新品のようだ。
まるで今夜、自分がここに泊まることを予期して用意されていたかのようで、美羽は恐くなった。
けれど一方で、類がまだ自分の使っていたシャンプーを覚えていたことを嬉しくも思い、また一方では、今使っているシャンプーと同じものでなかったことに安堵もする。
義昭はこのブランドがかなり高価であること、夫婦別々のシャンプーを使う事は経済的に勿体無いこと、薔薇の香りは女性の匂いだということを主張し、美羽は結婚して以来、市販のセール品である無香料のシャンプーを使用していた。
こんな風にされると、自分が大切にされているかのように感じて胸が苦しくなる。
類といると、常に相反する気持ちに引っ張られる。
幸せと悲しみ。喜びと憂い。安堵と恐怖。会いたくて会いたくなくて、愛しているのに憎んでもいて、抱かれたいと思う度に罪悪感に苦しめられる……
もう、私の中で終わらせたはずだったのに。
夢の中でなら、妄想でならいい……と、自分を甘やかしてきたことへの罰なの?
「ッ……ヴッ……ウッ、ウッ……」
顔を上げると、溢れ出る涙が押し流されていく。けれど、表面的な涙を洗い流すことは出来ても、澱となって溜まった心の涙まで流すことは出来なかった。
シャワーを浴び終えて洗面所を見ると、そこにはいつも使っているボディーローションが置かれている。
類の好きだった、香り……
それは、今でも使っているもので、これを塗る度に類を思い出していた。これを使ってしまえば、自分が類に抱かれることを望んでいると認めてしまう気がして、美羽は手にしたローションをそのまま戻した。
鏡に映った欲情を灯した顔が湯気に当てられ、白く掻き消されていった。
類が先頭を切り、階段を上っていく。続く美羽は、まるで絞首台に向かうような足取りで、後ろをついていった。
「はい、ここがゲストルームだよ。あ、荷物がトランクに入れっぱなしだったね。今、持ってきてあげるから待ってて」
類がミントグリーンのペンキで塗られた扉を開け、電気をつけて出て行った。警戒して躰を硬くしていた美羽は、類が階段を下りていく足音を聞き、ようやく肩から力を抜いた。
臙脂色に塗られた壁。キングサイズはあるかと思われる大きなベッドには、枕の他にもシルク素材の赤をベースにクリーム色の薔薇が描かれた小さなクッションが幾つも置かれ、白いシーツの真ん中にはクッションカバーと同じ柄のベッドスローが敷かれていて、海外らしい雰囲気が溢れている。その脇にはサイドテーブル、あとはクローゼットが置かれただけのシンプルな部屋だった。
電気をつけてもそれほど明るくないのは、この国が間接照明を重んじるからなのか。ベッドの隣にある扉を開くと浴室になっていて、トイレとシャワールームが備え付けてあった。早く熱いシャワーを浴びたい。
他に座る場所もないので、美羽は所在なくベッドに腰掛けた。適度な弾力がお尻に伝わって来る。このまま横になって眠りたい気持ちが湧いてくるけれど、類がトランクを持って来るから出来ない。
ギシギシと揺れる階段の音を聞き、美羽は立ち上がった。開きっぱなしの扉を大きく開けると、類が美羽のトランクを抱えて階段を上りきり、こちらに向かってきた。
「類、ありがとう。ごめんね、あとは大丈夫だから」
部屋の前で受け取った美羽に、類がニヤッと笑みを浮かべた。
「フフッ……ミュー、警戒してるの?」
「ッッ……なっ」
ズバリと言い当てられ、返す言葉が見つからない美羽を類の美しく残酷な色に染まった瞳が貫く。身動きできずにいると、類の顔が近づいて美羽の頬に軽く口づけた。
「おやすみ、姉さん。ゆっくり休んで」
類の顔が離れ、パタンと扉が閉められる。美羽は呆然としてから、去っていく足音を聞いてハッとし、慌てて鍵を閉めた。
類の、真意が……分からない。
バスルームに入り、衣服を脱ぐと全面ガラス張りになっているシャワールームの扉を開け、シャワーの栓を捻る。高い位置から霧のような細かい飛沫が肌に気持ち良く当たり、美羽はハァと吐息を吐き出した。
髪をしっかり濡らしたところでシャンプーのボトルに手を伸ばした美羽は、特徴的な薔薇の絵柄にハッと目を見開いた。
これ……私が昔、使ってたのと同じものだ……
いくらLAが日本人が多く在住していて日本の物が手に入りやすいからといって、そのシャンプーは日本製であるだけでなく、あまり名の知られてないブランドものなので、日本にいてすらスーパーや薬局等で簡単に購入できるような品物ではなかった。横を見ると、コンディショナーもボディーソープも同じラインのもので揃えてある。しかも全て新品のようだ。
まるで今夜、自分がここに泊まることを予期して用意されていたかのようで、美羽は恐くなった。
けれど一方で、類がまだ自分の使っていたシャンプーを覚えていたことを嬉しくも思い、また一方では、今使っているシャンプーと同じものでなかったことに安堵もする。
義昭はこのブランドがかなり高価であること、夫婦別々のシャンプーを使う事は経済的に勿体無いこと、薔薇の香りは女性の匂いだということを主張し、美羽は結婚して以来、市販のセール品である無香料のシャンプーを使用していた。
こんな風にされると、自分が大切にされているかのように感じて胸が苦しくなる。
類といると、常に相反する気持ちに引っ張られる。
幸せと悲しみ。喜びと憂い。安堵と恐怖。会いたくて会いたくなくて、愛しているのに憎んでもいて、抱かれたいと思う度に罪悪感に苦しめられる……
もう、私の中で終わらせたはずだったのに。
夢の中でなら、妄想でならいい……と、自分を甘やかしてきたことへの罰なの?
「ッ……ヴッ……ウッ、ウッ……」
顔を上げると、溢れ出る涙が押し流されていく。けれど、表面的な涙を洗い流すことは出来ても、澱となって溜まった心の涙まで流すことは出来なかった。
シャワーを浴び終えて洗面所を見ると、そこにはいつも使っているボディーローションが置かれている。
類の好きだった、香り……
それは、今でも使っているもので、これを塗る度に類を思い出していた。これを使ってしまえば、自分が類に抱かれることを望んでいると認めてしまう気がして、美羽は手にしたローションをそのまま戻した。
鏡に映った欲情を灯した顔が湯気に当てられ、白く掻き消されていった。
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