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90.貴方を救いたい
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ゆっくりと扉に近づくと、そっと部屋の扉を開ける。向かいの義昭の部屋に耳を澄ませていると、イビキが聞こえてきた。普段は静かだが、今夜は酒をたくさん飲んだせいで、寝息が響いている。
フットライトを頼りに階段へと向かい、足音をたてないように慎重に下りていく。バクバクと音を立てる心臓が、部屋中に響き渡っているのではないかと不安に駆られる。
ようやく1階に着き、美羽は小さく息を吐いた。
キッチンに行き、グラスを手に取り、最小限の水量でコップに水を溜めると、薬を取りに行く為リビングへと向かう。
すると、荒い息遣いが類の部屋から聞こえてきて、ビクンと小さく震えた。
何、してるの……類……
動揺しながらも、ここから早く立ち去らねばと、意識を向けないようにしてTV台の引き出しを開ける。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……ッグ父さん、やめて!!」
類の叫び声にハッとする。
これ、は……自慰じゃ、ない……
類は、悪夢を見てるんだ。
「ハァッ、ハァッ……ゃ、ゃ、やだ……お、願……ウゥッ……」
あまりにも悲痛な声に、美羽の胸がズキンと痛む。睡眠薬とグラスをテーブルに置くとそっと立ち上がり、類の部屋へと向かう。
「ハァッ、ハァッ……ちがっ……僕は、類だよ……父、さ……ハァッ、ハァッ……」
美羽は類の部屋の前で立ち止まった。類の苦しみが美羽の胸の中に急激に入り込み、心臓を掴まれるような痛みに襲われ、寒気が走った。
これは、罠かもしれない……
扉の取っ手に手をかけたまま、立ち尽くす。その間にも、ジリジリと焦げ付くような痛みが全身を襲う。膝がガクガクし、冷たい汗が背中を伝う。手の先がジンジンと氷に触れているかのように冷たいのに熱く感じる。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」
呼吸が乱れ、目眩でクラクラし、耳鳴りがガンガン響く。足元がふらふらと覚束なく、果てしなく広い海に一人で漂っているような薄ら寒さを感じる。
どうする? 部屋に入る?
それとも、このまま無視して2階に上がる?
掴まれた心臓が締め上げられ、ギリギリと痛みで縛り付けられる。
ーーたとえ罠だとしても、苦しそうな類を放っておけない。
意を決して部屋の扉をそっと開け、中の様子を覗き見る。
類はベッドに横たわり、苦しそうに悶えていた。
本当に、寝てるの……?
恐る恐る近づいていくと、類は大量に汗を掻き、唇を戦慄かせていた。美しい顔を歪め、閉じた瞼を震わせ、目尻からプックリと盛り上がった涙が零れて、耳へと流れ落ちる。
「ハァッ、ハァッ……ウゥッ、ウグッ……やだっっ……!!」
る、い……
美羽は先程までの疑念や恐れも忘れ、流れ込んでくる痛みを類と共有し、膝を立てて彼の手を握った。
貴方は、私と会えない間……どれほどの痛みを一人で背負ってきたの?
お願い。私がその痛みを共有するから、もう一人で苦しまないで。
恋人として類を救うことは出来ないけれど、姉として貴方を救いたいと思ってるから……
神に祈りを捧げるように、両手で握った類の手に額をそっとつける。
類にギュッと手を握り返されて、一瞬美羽の躰が強張ったが、それもまた悪夢に魘されてのことだった。
青い瞼に口づけを落とし、頭をこの胸に引き寄せて抱き締めたい……そんな熱い衝動が美羽の胸からフツフツと湧き上がる。
たとえ過去の類の傷を失くすことはできなくても、今この瞬間だけは忘れて欲しい。
美羽は額に触れていた手を下ろすとそっと唇に寄せ、再び額へ押し付けた。
それは、恋人に向ける熱情の籠ったものではなく、母親が最愛の息子を想ってするような見返りを求めない慈愛に満ちた愛情、清らかな祈りだった。
大丈夫。傍にいるよ。
私が、ここにいるから……
そう心の中で訴えると、類の手から力がフッと抜けた。
それまで苦しげだった類が少しずつ穏やかな表情になり、安定した呼吸へと変化していく。汗が少しずつ引いていき、美羽はもう一方の手で額から頬を撫でた。
もう大丈夫かと思って手を離そうかと思ったが、まだ不安で離れられない。美羽は座ったまま手を繋ぎ、頭をベッドに凭れかけながら、類の呼吸を聞いていた。
その呼吸と鼓動を感じ、香水やシャンプーからではない類本来の匂いを嗅ぎ取り、美羽の心もまた穏やかな気持ちに満たされていく。
あぁ、懐かしいこの感じ……
いつもこの温もりに包まれて幸せな気持ちで眠りにつき、朝を迎えた記憶が蘇る。類の腕の中でだけ、美羽は深く穏やかな眠りにつくことが出来た。
温かく柔らかな感情に身を任せていると、どうして類のことをあんなに恐がっていたのだろうと不思議に思えてきた。
こんなに大切で、愛しい存在なのに。
類の手の温もりに、そっと寄り添った。
フットライトを頼りに階段へと向かい、足音をたてないように慎重に下りていく。バクバクと音を立てる心臓が、部屋中に響き渡っているのではないかと不安に駆られる。
ようやく1階に着き、美羽は小さく息を吐いた。
キッチンに行き、グラスを手に取り、最小限の水量でコップに水を溜めると、薬を取りに行く為リビングへと向かう。
すると、荒い息遣いが類の部屋から聞こえてきて、ビクンと小さく震えた。
何、してるの……類……
動揺しながらも、ここから早く立ち去らねばと、意識を向けないようにしてTV台の引き出しを開ける。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……ッグ父さん、やめて!!」
類の叫び声にハッとする。
これ、は……自慰じゃ、ない……
類は、悪夢を見てるんだ。
「ハァッ、ハァッ……ゃ、ゃ、やだ……お、願……ウゥッ……」
あまりにも悲痛な声に、美羽の胸がズキンと痛む。睡眠薬とグラスをテーブルに置くとそっと立ち上がり、類の部屋へと向かう。
「ハァッ、ハァッ……ちがっ……僕は、類だよ……父、さ……ハァッ、ハァッ……」
美羽は類の部屋の前で立ち止まった。類の苦しみが美羽の胸の中に急激に入り込み、心臓を掴まれるような痛みに襲われ、寒気が走った。
これは、罠かもしれない……
扉の取っ手に手をかけたまま、立ち尽くす。その間にも、ジリジリと焦げ付くような痛みが全身を襲う。膝がガクガクし、冷たい汗が背中を伝う。手の先がジンジンと氷に触れているかのように冷たいのに熱く感じる。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」
呼吸が乱れ、目眩でクラクラし、耳鳴りがガンガン響く。足元がふらふらと覚束なく、果てしなく広い海に一人で漂っているような薄ら寒さを感じる。
どうする? 部屋に入る?
それとも、このまま無視して2階に上がる?
掴まれた心臓が締め上げられ、ギリギリと痛みで縛り付けられる。
ーーたとえ罠だとしても、苦しそうな類を放っておけない。
意を決して部屋の扉をそっと開け、中の様子を覗き見る。
類はベッドに横たわり、苦しそうに悶えていた。
本当に、寝てるの……?
恐る恐る近づいていくと、類は大量に汗を掻き、唇を戦慄かせていた。美しい顔を歪め、閉じた瞼を震わせ、目尻からプックリと盛り上がった涙が零れて、耳へと流れ落ちる。
「ハァッ、ハァッ……ウゥッ、ウグッ……やだっっ……!!」
る、い……
美羽は先程までの疑念や恐れも忘れ、流れ込んでくる痛みを類と共有し、膝を立てて彼の手を握った。
貴方は、私と会えない間……どれほどの痛みを一人で背負ってきたの?
お願い。私がその痛みを共有するから、もう一人で苦しまないで。
恋人として類を救うことは出来ないけれど、姉として貴方を救いたいと思ってるから……
神に祈りを捧げるように、両手で握った類の手に額をそっとつける。
類にギュッと手を握り返されて、一瞬美羽の躰が強張ったが、それもまた悪夢に魘されてのことだった。
青い瞼に口づけを落とし、頭をこの胸に引き寄せて抱き締めたい……そんな熱い衝動が美羽の胸からフツフツと湧き上がる。
たとえ過去の類の傷を失くすことはできなくても、今この瞬間だけは忘れて欲しい。
美羽は額に触れていた手を下ろすとそっと唇に寄せ、再び額へ押し付けた。
それは、恋人に向ける熱情の籠ったものではなく、母親が最愛の息子を想ってするような見返りを求めない慈愛に満ちた愛情、清らかな祈りだった。
大丈夫。傍にいるよ。
私が、ここにいるから……
そう心の中で訴えると、類の手から力がフッと抜けた。
それまで苦しげだった類が少しずつ穏やかな表情になり、安定した呼吸へと変化していく。汗が少しずつ引いていき、美羽はもう一方の手で額から頬を撫でた。
もう大丈夫かと思って手を離そうかと思ったが、まだ不安で離れられない。美羽は座ったまま手を繋ぎ、頭をベッドに凭れかけながら、類の呼吸を聞いていた。
その呼吸と鼓動を感じ、香水やシャンプーからではない類本来の匂いを嗅ぎ取り、美羽の心もまた穏やかな気持ちに満たされていく。
あぁ、懐かしいこの感じ……
いつもこの温もりに包まれて幸せな気持ちで眠りにつき、朝を迎えた記憶が蘇る。類の腕の中でだけ、美羽は深く穏やかな眠りにつくことが出来た。
温かく柔らかな感情に身を任せていると、どうして類のことをあんなに恐がっていたのだろうと不思議に思えてきた。
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