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172.新たな悩み

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 義昭は肩を少し強張らせ、眼鏡の奥の瞳を泳がせた。

「美羽がそんなこと聞くなんて、珍しいな」
「だって義昭さん、普段なら前もって予定がある日は教えてくれるのに、突然だったから驚いて」

 義昭の喉仏がゴクリと上下する。

「……大学の時の、友達だよ」
「私も会ったことある人?」

 義昭の大学の時の友人とは結婚式の時に会っているし、新居に住んでから1、2年は家に呼んだり、呼ばれたりといった行き来もあった。何家族か揃ってBBQをしたことだってある。

 義昭は広く交流関係を持つことを好まない。大学の時の友人であれば、美羽も知っている可能性が高い。

「いや。美羽の、知らない人だよ」

 義昭は早口でそう言い切ると、ケーキをフォークで切り分けて口に運んだ。

「ん、旨いなこれ」
「ピスタチオのケーキって初めて食べた。このチェリーとサクサクのクリスピーが入ってるのも、すっごく合ってるね!
 日本のケーキって上品な甘さだよねー。アメリカでも日本っぽいケーキって増えてるけど、主流は着色料たっぷりのドギツイ色した砂糖じゃりじゃりのケーキだもん」

 義昭の言葉に同調するように、類は蕩けんばかりの笑顔で答えた。

「ははっ、そういえばそうだったな。懐かしい。
 あのケーキは一口食べただけで、僕はダメだったよ」

 いつもなら、義昭が誰と会ったのか、どこに行ったのか詳しく聞きたがる類が話に割り込もうとせず、話題を変えようとしているのが気にかかる。

 美羽の中に、ある思いが過った。

 もしかして、昨日会ったのは……類も知っている人なの?
 ふたりで、何か共謀しているの?

 話題がケーキへと移った今、もう義昭の友人について聞くことは出来ない。美羽は話の矛先を変えることにした。

「そ、そうだ……お義母さんたちは元気だった?」

 美羽は少し気まづさを感じながら尋ねた。

 義昭は月に1、2回実家に帰るものの、美羽はここ暫く行っていない。昔はよく義母の方が訪ねてきて、泊まることも度々あったのだが、2年前に孫ができてからというもの、滅多に訪れなくなった。マザコンの気があり、妹とそりが合わない義昭にとっては、それがどうやらおもしろくないようだ。

 母親の話を振ると、義昭が顔を上げた。

「あぁ。母さんは最近高血圧ぎみでコントロールする薬を飲んでるけど、それ以外は元気だ。
 父さんは……まぁ、相変わらずだよ」

 義昭の両親は厳格で頑固な父親に、静かな母親が3歩後ろからついていくというような、昔気質な夫婦だ。それでも夫婦仲が悪いわけではなく、穏やかで我慢強い母親のお陰でうまく成り立っていた。だが義昭には父親に対して苦手意識があるらしく、会っている時でもふたりの間に会話は殆どなかった。

 美羽も正直、義理の父親に対して近づき難さを感じている。人を見下すような物言いや、自己中心的な性格が見え隠れしていて、いつも会話をする時には気負いを感じる。優しく温かった自身の父親とは対照的で、戸惑いを覚える。

 けれど、優しいと思っていた父親も、類の話では虐待をしていたのだという。人間の本質は、簡単に判断がつかないものなのかもしれない。

「そうだ。母さんが、正月に美羽に会えるのを楽しみにしてるって話してたよ」
「そう……」

 正月の話をされ、美羽の気持ちが沈む。

 大抵義昭が実家に寄るのは金曜の仕事帰りが多く、そのためもあって美羽が同行することはあまりない。

 だが、正月となれば別だ。そこには義昭の妹の圭子や夫のあきら、娘のほのかを始め、義父の弟夫婦やその子供たちなどの親戚連中もいる。顔を出さないわけにはいかない。

 そして顔を出せば、毎年必ず孫はまだかと皆からせつかれる。結婚して3年過ぎてから、その言葉はどんどん重みを増していき、ほのかが生まれてからは更に大きなプレッシャーとして伸し掛かるようになった。

 特に義父は『長男が家を継ぐ』という考えを持っているため、『早く跡継ぎを産んでくれ』と言われるのが苦痛で仕方なかった。たとえ子供を産んだとしても娘なら歓迎されないのだと思うと、気が滅入った。

 だが、美羽の気持ちが重くなる理由はそれだけではなかった。

 もし、類が一緒についていくなんて言い出したらどうしよう……
 これ以上、問題を大きくしたくないのに。
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