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184.疎外感

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「ねぇ萌たん、年賀状こんな感じでどうかな?」

 類がパソコンから顔を上げ、萌に見えやすいようにスクリーンを向ける。

「はわわー、完璧たーん! 類たん、てんさーい!!」
「いや、別に簡単に直し入れただけだし、大したことないよ」

 美羽は拳にギュッと力を込め、ふたりの会話が聞こえていないかのように食事を続けた。チリッとした焼け付く胸の痛みを感じていると、ロッカーからバイブ音が鳴り響いた。音の長さからして、電話だろう。

「誰かの鳴ってるね……」
「あっ、それ多分かおたんのだよ」
「えっ、かおりんの?」

 類も顔を上げ、頷いた。

「さっき香織さんが休憩中にも掛かってきて、電話取ったんだけど、間違い電話だったみたいだよ。でも、その後も何回か掛かってきて、その度に切られてたみたいだけど」
「そうなんだ」

 バイブ音が切れた。だが類の言ったように、またしばらくするとバイブ音が聞こえ始めた。それを何回か繰り返した後、ようやく静かになった。

 藤岡先生から、かな? だとしたら、かおりんが電話に出た途端に切るなんて、普通しないよね。
 でも間違い電話で、そんなに何回も同じ番号にかけるかな……

 美羽が考えていると、控え室の扉がバターンと勢いよく開いた。

「おつかれーっす。あーっ、腹減ったー!!」

 浩平がいかにもへとへとといった様子で倒れこむようにトレイをテーブルに置き、美羽の横に座った。ムードメーカーである浩平の登場に、これでギスギスした雰囲気から逃れられると、美羽は顔を綻ばせた。

 今日は接客と厨房がそれぞれ3人体制のため、接客は香織、萌、美羽の順に、厨房は30分遅れて類、浩平、隼斗の順にランチタイムを30分ずつずらして1時間取ることになっている。

 とはいえ、隼斗はいつも30分も経たないうちに休憩を終えて厨房に戻ってしまうので、香織に注意されている。

「こーたん、おつかれたーん」
「萌たぁん、俺の代わりに午後から厨房入る気ないっすかぁ?」

 浩平はまかないのトマトソースリゾットを凄い勢いで掻き込みながら、萌を上目遣いで見上げた。

「むんっ、ことわるたん! こーたんが意地悪するから、隼斗さんから厳しくされてるんだよーだ」

 萌が唯一、隼斗を『たん』呼びしていないのは、『それだけは勘弁してくれ』とはっきり本人に言われたからだ。香織には何を言われても怯まず『かおたん』と呼んでいる萌も、さすがにオーナーの隼斗の意見を押し切ることは出来なかったようだ。

「厨房入ると、類くんいますよぉ」

 浩平の返しに美羽はビクッと肩を震わせた。

「うっ……そ、それはそぉだけど、萌たん厨房なんて向いてないもんっ。みんな、萌たんのカフェ服姿が見たくて来るたん!」

 それは確かにそうで、『萌たんファンクラブ』と名乗る萌目当てのグループが、『萌たんLOVE』 などと書かれた団扇をそれぞれの手に持って萌のシフト時に現れる。かなり怪しいが、萌自身はそこでステージを作ってアイドル気分で歌い出すこともなく、一カフェ店員として真面目に働いているし、特に他の客に迷惑をかけるような行為をするわけでもないので、現在までのところは咎められていないし、売上に貢献してくれている。

 そっか、いくら萌たんだって類の傍にいたいからって理由だけで、厨房に行くわけないよね。

 浩平は先に休憩に入った萌や美羽よりも早く食べ終えると、類の目の前のパソコンに視界を移した。

「あれっ、もしかしてもう年賀状出来たんっすか?」
「うん。あとはこれを隼斗兄さんに見てもらってオッケーもらえたら、データに落として業者に発注するだけ」
「うわっ、見せてくださいよー!」

 浩平はガタガタ椅子を鳴らして立ち上がると、類の後ろまで回り込んでスクリーンを覗き込んだ。

「これって、萌たんの絵じゃないっすか!! すげーっ、今までのどの年賀状よりクオリティハンパねぇし!! 類くん、こんなこと出来るとか、マジ尊敬するっす」
「凄いよねー、類たん。さすが王子さまぁ♪」
「いや、萌たん……王子様はきっとパソコンで年賀状は作らないと思うよ。フフッ、ほんと面白いね」
「いつでも萌たんワールド全開っすからね」
「こーたん、それどぉいう意味たん?」
「あっと……褒め言葉っすよ、褒め言葉! へへっ」

 美羽は3人の輪の中に入っていけず、ただ黙って会話を聞きながら冷たくなったスープに口をつけた。
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