213 / 498
207.大作の怒り
しおりを挟む
大作もいきなり突きつけられた離縁宣告に、さすがに動揺を見せた。
「なっ、何を言ってるんだ!」
「私は本気です。こんなこと、冗談なんかで言いませんし、突然の思いつきで離婚しようと考えているわけでもありません。
子供達が高校を卒業したら、大学を卒業したら、就職したら……人生の区切りを前にして考え、それを迎えるとまた次の区切りまで過ごして……私はずっとそうやって長い間、我慢してきました」
琴子の言葉には、結婚生活40年という重みがずっしりと感じられた。
「我慢だと? ふざけるなっ!!」
いきなり火がついたかのように顔を真っ赤にし、燃え上がる怒りに駆られた大作が徳利を琴子に向かって投げつけた。
「ッッ」
徳利が琴子の頬すれすれをシュンッと抜けて後ろの障子に打ち付けられ、落ちてコロコロと転がっていく。障子紙が破れ、落ちた徳利から僅かに残っていた酒が絨毯に溢れ、染みが広がっていく。
「お義母さんっっ!! 大丈夫ですか!?」
美羽が慌てて駆け寄り、琴子の頬を確認する。
「えぇ……」
どうやら怪我はないようだが、琴子の顔が蒼褪めていた。
美羽は怯えながらも、琴子を庇うようにして前に出た。
「いくら納得できないからって、暴力をふるうなんてあんまりです……」
「うるさいっ! お前の口出しすることじゃないっ!!」
琴子と美羽の前に立ち上がった大作は、まるで不動明王のように大きく目を見開き、上唇で下唇を噛み、今にも牙が生えてきそうな迫力を醸し出していた。
「おい、義昭!」
いきなり名前を呼ばれた義昭が肩をビクッとさせ、オドオドと答える。
「なんですか、父さん……」
「お前は嫁の教育もなってないのか!! 長男の嫁たるもの、義父に口答えするなどありえんことだ!
だからお前は、いつまで経ってもうだつが上がらんのだ!!」
「はい。すみません、父さん……」
そ、そんな理不尽な……
この家に来るたび、大作の琴子に対する傍若無人ぶりを見てきたが、義昭は極端に大作を避けていたため、父と息子の会話を聞くことは滅多になかった。だが、目の前にしたやりとりで、今まで義昭が父親からどんな扱いを受けてきたのか容易に想像がついた。
自分が義母を庇おうと勝手にしゃしゃりでてしまった為に義昭が受けなくてもいい詰りを受け、美羽は申し訳ない気持ちになった。
琴子が美羽の手をスッと引き、目配せをして下がるように告げた。
「あなたはそうやって気に入らないことがあると、上から押さえつけるばかり。だから今、こんなことになっているのだと理解することすら出来ないのですね」
「なんだと!?」
目を充血させるぐらい真っ赤にし、頭から湯気が立ち上りそうな大作を目の前にしても、琴子は平然とした表情を見せる。だが、すぐ側にいる美羽には、彼女が僅かに震えているのが分かった。
「私としては、あなたがこうして暴れて暴言を吐けば吐くほど、証拠がたくさん集まるわけですから、助かりますよ。裁判となった時に確実に勝訴となる見込みが高くなるんですから」
「ッッ……このっ!!」
殴りかかろうとした大作に、琴子がフッと笑みを浮かべる。
「えぇ、どうぞ殴ってください。怪我して入院でもすれば、配偶者虐待としてお医者様が警察に届けることでしょうし、治療のカルテも証拠として提出できますから。
今までの苦労に比べたら、歯や腕の1、2本ぐらい、軽いものです」
毅然とした琴子の態度に、今まで怒りでコントロールを失っていた大作の感情に歯止めがかかる。これ以上、自分に不利になっては不味いと思ったのか、振り上げていた拳が力なくだらりと下がった。
啖呵を切ったものの心の中では怯えていた琴子はホッと安堵の息を吐くと、背筋を伸ばして大作を見据えた。
「本当は、あなたが60歳で定年を迎えた時に離婚しようと思ってました。区役所の離婚相談サービスに行くぐらい、真剣に考えていたんですよ。
そしたら、あなたが再雇用制度を利用して相談役として今まで通り会社に行くことになって、義くんが美羽さんと結婚することが決まって、片親にさせるわけにはいかないって離婚を踏みとどまったんです。まだ圭子も結婚していなかったし。それから圭子が妊娠と共に結婚してほのかが産まれて、私の中での区切りは全て終わったんです。
これでもう何も思い残すことはない、この人が退職したら離婚しよう……そう、私は決意していました。けれど、まだ迷いは心の隅にありました。40年の結婚生活の間に、こんな人でも私の中に情が芽生えていたからです。
それが変わったのが、1年前……あなたがリストラ解雇されて、家にいるようになってからです」
美羽は耳を疑った。
え。お義父さん、1年前に辞めたのってリストラだったの!?
「なっ、何を言ってるんだ!」
「私は本気です。こんなこと、冗談なんかで言いませんし、突然の思いつきで離婚しようと考えているわけでもありません。
子供達が高校を卒業したら、大学を卒業したら、就職したら……人生の区切りを前にして考え、それを迎えるとまた次の区切りまで過ごして……私はずっとそうやって長い間、我慢してきました」
琴子の言葉には、結婚生活40年という重みがずっしりと感じられた。
「我慢だと? ふざけるなっ!!」
いきなり火がついたかのように顔を真っ赤にし、燃え上がる怒りに駆られた大作が徳利を琴子に向かって投げつけた。
「ッッ」
徳利が琴子の頬すれすれをシュンッと抜けて後ろの障子に打ち付けられ、落ちてコロコロと転がっていく。障子紙が破れ、落ちた徳利から僅かに残っていた酒が絨毯に溢れ、染みが広がっていく。
「お義母さんっっ!! 大丈夫ですか!?」
美羽が慌てて駆け寄り、琴子の頬を確認する。
「えぇ……」
どうやら怪我はないようだが、琴子の顔が蒼褪めていた。
美羽は怯えながらも、琴子を庇うようにして前に出た。
「いくら納得できないからって、暴力をふるうなんてあんまりです……」
「うるさいっ! お前の口出しすることじゃないっ!!」
琴子と美羽の前に立ち上がった大作は、まるで不動明王のように大きく目を見開き、上唇で下唇を噛み、今にも牙が生えてきそうな迫力を醸し出していた。
「おい、義昭!」
いきなり名前を呼ばれた義昭が肩をビクッとさせ、オドオドと答える。
「なんですか、父さん……」
「お前は嫁の教育もなってないのか!! 長男の嫁たるもの、義父に口答えするなどありえんことだ!
だからお前は、いつまで経ってもうだつが上がらんのだ!!」
「はい。すみません、父さん……」
そ、そんな理不尽な……
この家に来るたび、大作の琴子に対する傍若無人ぶりを見てきたが、義昭は極端に大作を避けていたため、父と息子の会話を聞くことは滅多になかった。だが、目の前にしたやりとりで、今まで義昭が父親からどんな扱いを受けてきたのか容易に想像がついた。
自分が義母を庇おうと勝手にしゃしゃりでてしまった為に義昭が受けなくてもいい詰りを受け、美羽は申し訳ない気持ちになった。
琴子が美羽の手をスッと引き、目配せをして下がるように告げた。
「あなたはそうやって気に入らないことがあると、上から押さえつけるばかり。だから今、こんなことになっているのだと理解することすら出来ないのですね」
「なんだと!?」
目を充血させるぐらい真っ赤にし、頭から湯気が立ち上りそうな大作を目の前にしても、琴子は平然とした表情を見せる。だが、すぐ側にいる美羽には、彼女が僅かに震えているのが分かった。
「私としては、あなたがこうして暴れて暴言を吐けば吐くほど、証拠がたくさん集まるわけですから、助かりますよ。裁判となった時に確実に勝訴となる見込みが高くなるんですから」
「ッッ……このっ!!」
殴りかかろうとした大作に、琴子がフッと笑みを浮かべる。
「えぇ、どうぞ殴ってください。怪我して入院でもすれば、配偶者虐待としてお医者様が警察に届けることでしょうし、治療のカルテも証拠として提出できますから。
今までの苦労に比べたら、歯や腕の1、2本ぐらい、軽いものです」
毅然とした琴子の態度に、今まで怒りでコントロールを失っていた大作の感情に歯止めがかかる。これ以上、自分に不利になっては不味いと思ったのか、振り上げていた拳が力なくだらりと下がった。
啖呵を切ったものの心の中では怯えていた琴子はホッと安堵の息を吐くと、背筋を伸ばして大作を見据えた。
「本当は、あなたが60歳で定年を迎えた時に離婚しようと思ってました。区役所の離婚相談サービスに行くぐらい、真剣に考えていたんですよ。
そしたら、あなたが再雇用制度を利用して相談役として今まで通り会社に行くことになって、義くんが美羽さんと結婚することが決まって、片親にさせるわけにはいかないって離婚を踏みとどまったんです。まだ圭子も結婚していなかったし。それから圭子が妊娠と共に結婚してほのかが産まれて、私の中での区切りは全て終わったんです。
これでもう何も思い残すことはない、この人が退職したら離婚しよう……そう、私は決意していました。けれど、まだ迷いは心の隅にありました。40年の結婚生活の間に、こんな人でも私の中に情が芽生えていたからです。
それが変わったのが、1年前……あなたがリストラ解雇されて、家にいるようになってからです」
美羽は耳を疑った。
え。お義父さん、1年前に辞めたのってリストラだったの!?
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる