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269.抜け出せない螺旋
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目を開けると、傍らで隼斗が心配そうに美羽を見つめていた。間髪入れず、頭皮や腕、背中に感じる強烈な痛みが、美羽を現実へと急速に呼び戻す。
「ここ……」
私の、ベッドだ。
疼痛に顔を歪めた美羽に、先ほどとは打って変わって穏やかに隼斗が話しかける。
「気分はどうだ?」
「う、ん……だい、じょうぶ」
そう答えながら、気を失う前の出来事を思い出していた。
類に、会いに行けなかった。最後の、チャンスだったのに……
どうして私は、もっと早くに決心しなかったのだろう。もっと早くに行動しなかったのだろう。
類が死んでいても、生きていても……もう二度と、類の消息を知ることは出来ないかもしれない。
その後悔は、母から受けた身体的な痛みよりも深い傷となって美羽を苦しめた。
隼斗が、吐き捨てるように声を漏らした。
「吐き気がする」
美羽の心臓が、瞬時に凍りつく。どういう意味なのかと疑問に思いながら、不安がフツフツと振動のように波立ってくる。
もしかしたら、お母さんは隼斗兄さんに類のことを話したのかもしれない。私が双子の弟と駆け落ちしようとしてたから、母親として止めたんだって言えば、暴力に対する正当な理由になると考えて。
だとしたら、責められるのは私の方。嫌悪されても、仕方ない。
だが、これまで実の妹のように大切にしてくれていた隼斗から軽蔑されたのかと思うと、深い悲しみに襲われた。
類の元へも行けず、隼斗兄さんまで失うことになるなんて……
母親に折檻されていた時には出なかった涙が、美羽の目尻からジワリと込み上がってくる。
「母親に、くだらないことで虐待されるお前を、見たくない」
「くだらない……こと?」
類と恋愛関係にあることが、くだらないって言いたいの?
姉弟で恋人だなんて、馬鹿げてるって……隼斗兄さんは思ってるってこと?
隼斗には、自分たちのことを理解してもらえるかもしれない。味方になってもらえるかもしれない。
そう密かに抱いていた希望が、無惨に打ち砕かれた。
隼斗の双眸《そうぼう》が険しくなり、忌々しげな表情を浮かべる。
「あぁ。美羽が卒業パーティーに行きたくないって言ったことが原因で、喧嘩になったんだろ? そんなことで、あんな癇癪を起こすなんて、どうかしてる」
「ちょ、ちょっと待って。そうじゃないの!
慌てて弁解しようとして、思い留まる。
華江は、美羽と類が近親相姦にあることを、なんとしてでも隠し通したいようだ。
焦燥の中、考えを巡らせる。
もし、恋人であり、弟である類を追いかけて駆け落ちするつもりだったことを正直に告白したら、隼斗兄さんは何て言うんだろう。
私は、どうするべきなの……
押し黙る美羽を隼斗の視線が真っ直ぐに捉え、はっきりと告げた。
「警察に行こう。虐待されてることを、話すんだ」
隼斗は、美羽が母親から罵られている現場を目撃したことはあったものの、身体的な暴力を受けていることを知らなかったし、美羽から相談されたこともなかった。これほどに酷いDVを受けていたことに、どうしてもっと早く気づいてやれなかったのかと、隼斗は深く後悔していた。
「それだけはダメ!!」
美羽はビクッと大きく肩を震わせ、叫んだ。
「どうしてだ? こんなこと、許すべきじゃないし、許されるべきじゃない!! あの女は罰せられるべきだ!!」
声を荒げた隼斗に、美羽が弱々しく答えた。
「ダメ、だよ……私が、悪いの。お母さんがあぁなったのは、私のせい……だから。だから、お願い……警察には、話さないで」
美羽は必死に隼斗に縋った。それはまるで、美羽自身が罪人で、命乞いをするかのようだった。
「美羽に非があるわけないだろう! あんなの、一方的な暴力だ! 俺が止めに入らなかったら、どうなってたか分からないんだぞ!!」
「それ、でも……お願い。お願いっっ、隼斗兄さん……お願い、だから……ックやめ、て……」
繰り返し懇願する美羽に、隼斗は大きく息を吐き出した。
どうして、それほど頑なに拒むんだ!?
隼斗は理解に苦しみ、眉間に深い皺を寄せた。
しばらく間をおき、隼斗が問いかけた。
「俺のことを心配して、なのか?」
母親が虐待の罪で捕まれば、義理の息子である自分に迷惑がかかる。噂が広まれば、店の集客に影響を及ぼす可能性だってある。
心優しい美羽は、そう恐れたのではないかと、隼斗は推測した。
「そういうわけ、じゃ……ないよ」
美羽の答えに、隼斗は更に考え込むと、やがてポツリと呟いた。
「あんな、女でも……美羽にとっては、母親だもんな」
美羽が未成年だったら、すぐにでも母親と切り離すところだが、成人した卒業間近の大学生である美羽に、これ以上自分の意見を押し付けることは出来ない。隼斗は自分自身を納得させるように、理由づけた。
美羽の胸が、キリキリと絞られるように痛む。
実の母親を虐待者として訴えたくないという気持ちは、もちろんある。それに、そんな風に母親を変えてしまったのは自分だという罪悪感もあった。
けれど、隼斗に警察に行くと言われて真っ先に恐れたのは、自分と類との関係が世間に露呈してしまうことだった。
そうなれば、隼斗や香織、仕事仲間、大学の友人や近所の人、もしかしたら世間にまで拡散してしまうかもしれない。
何もかも捨てて、類の元へ行く覚悟を決めたはずだったのに……私は結局、世間のモラルに再び自分を繋ぎとめようとしている。
この螺旋から、抜け出すことが出来なかった。
「ここ……」
私の、ベッドだ。
疼痛に顔を歪めた美羽に、先ほどとは打って変わって穏やかに隼斗が話しかける。
「気分はどうだ?」
「う、ん……だい、じょうぶ」
そう答えながら、気を失う前の出来事を思い出していた。
類に、会いに行けなかった。最後の、チャンスだったのに……
どうして私は、もっと早くに決心しなかったのだろう。もっと早くに行動しなかったのだろう。
類が死んでいても、生きていても……もう二度と、類の消息を知ることは出来ないかもしれない。
その後悔は、母から受けた身体的な痛みよりも深い傷となって美羽を苦しめた。
隼斗が、吐き捨てるように声を漏らした。
「吐き気がする」
美羽の心臓が、瞬時に凍りつく。どういう意味なのかと疑問に思いながら、不安がフツフツと振動のように波立ってくる。
もしかしたら、お母さんは隼斗兄さんに類のことを話したのかもしれない。私が双子の弟と駆け落ちしようとしてたから、母親として止めたんだって言えば、暴力に対する正当な理由になると考えて。
だとしたら、責められるのは私の方。嫌悪されても、仕方ない。
だが、これまで実の妹のように大切にしてくれていた隼斗から軽蔑されたのかと思うと、深い悲しみに襲われた。
類の元へも行けず、隼斗兄さんまで失うことになるなんて……
母親に折檻されていた時には出なかった涙が、美羽の目尻からジワリと込み上がってくる。
「母親に、くだらないことで虐待されるお前を、見たくない」
「くだらない……こと?」
類と恋愛関係にあることが、くだらないって言いたいの?
姉弟で恋人だなんて、馬鹿げてるって……隼斗兄さんは思ってるってこと?
隼斗には、自分たちのことを理解してもらえるかもしれない。味方になってもらえるかもしれない。
そう密かに抱いていた希望が、無惨に打ち砕かれた。
隼斗の双眸《そうぼう》が険しくなり、忌々しげな表情を浮かべる。
「あぁ。美羽が卒業パーティーに行きたくないって言ったことが原因で、喧嘩になったんだろ? そんなことで、あんな癇癪を起こすなんて、どうかしてる」
「ちょ、ちょっと待って。そうじゃないの!
慌てて弁解しようとして、思い留まる。
華江は、美羽と類が近親相姦にあることを、なんとしてでも隠し通したいようだ。
焦燥の中、考えを巡らせる。
もし、恋人であり、弟である類を追いかけて駆け落ちするつもりだったことを正直に告白したら、隼斗兄さんは何て言うんだろう。
私は、どうするべきなの……
押し黙る美羽を隼斗の視線が真っ直ぐに捉え、はっきりと告げた。
「警察に行こう。虐待されてることを、話すんだ」
隼斗は、美羽が母親から罵られている現場を目撃したことはあったものの、身体的な暴力を受けていることを知らなかったし、美羽から相談されたこともなかった。これほどに酷いDVを受けていたことに、どうしてもっと早く気づいてやれなかったのかと、隼斗は深く後悔していた。
「それだけはダメ!!」
美羽はビクッと大きく肩を震わせ、叫んだ。
「どうしてだ? こんなこと、許すべきじゃないし、許されるべきじゃない!! あの女は罰せられるべきだ!!」
声を荒げた隼斗に、美羽が弱々しく答えた。
「ダメ、だよ……私が、悪いの。お母さんがあぁなったのは、私のせい……だから。だから、お願い……警察には、話さないで」
美羽は必死に隼斗に縋った。それはまるで、美羽自身が罪人で、命乞いをするかのようだった。
「美羽に非があるわけないだろう! あんなの、一方的な暴力だ! 俺が止めに入らなかったら、どうなってたか分からないんだぞ!!」
「それ、でも……お願い。お願いっっ、隼斗兄さん……お願い、だから……ックやめ、て……」
繰り返し懇願する美羽に、隼斗は大きく息を吐き出した。
どうして、それほど頑なに拒むんだ!?
隼斗は理解に苦しみ、眉間に深い皺を寄せた。
しばらく間をおき、隼斗が問いかけた。
「俺のことを心配して、なのか?」
母親が虐待の罪で捕まれば、義理の息子である自分に迷惑がかかる。噂が広まれば、店の集客に影響を及ぼす可能性だってある。
心優しい美羽は、そう恐れたのではないかと、隼斗は推測した。
「そういうわけ、じゃ……ないよ」
美羽の答えに、隼斗は更に考え込むと、やがてポツリと呟いた。
「あんな、女でも……美羽にとっては、母親だもんな」
美羽が未成年だったら、すぐにでも母親と切り離すところだが、成人した卒業間近の大学生である美羽に、これ以上自分の意見を押し付けることは出来ない。隼斗は自分自身を納得させるように、理由づけた。
美羽の胸が、キリキリと絞られるように痛む。
実の母親を虐待者として訴えたくないという気持ちは、もちろんある。それに、そんな風に母親を変えてしまったのは自分だという罪悪感もあった。
けれど、隼斗に警察に行くと言われて真っ先に恐れたのは、自分と類との関係が世間に露呈してしまうことだった。
そうなれば、隼斗や香織、仕事仲間、大学の友人や近所の人、もしかしたら世間にまで拡散してしまうかもしれない。
何もかも捨てて、類の元へ行く覚悟を決めたはずだったのに……私は結局、世間のモラルに再び自分を繋ぎとめようとしている。
この螺旋から、抜け出すことが出来なかった。
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