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287.教祖の秘密
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信者たちの挨拶が終わったところで、昼の部が終了した。これから夜の部までは各自自由行動となる。
高槻は部屋の扉を些か乱暴に閉めた。元々健康センターだったこの施設は宿泊設備も整っており、高槻の利用している部屋は、最も広い宿泊部屋を2つぶち抜いて改修したものだ。ボロボロの畳は床暖房の真新しいフローリングに張り替えられ、真っ白な壁には一面、高槻のポスターが貼られている。マホガニー製の書棚には自身の著籍や宗教、ビジネス関連の本が並び、その上には高価な数珠やアクセサリー等が置かれていた。
特別にオーダーしたウォーキングクローゼットには豪華なドレスが明から暗の順にグラデーションでハンガーに掛けられ、紫が最も多く幅を占めていた。その中に、白い作務衣は含まれていない。信者には着ることを強要しながら、高槻自身は一度も袖を通したことはなかった。
扉を閉めたその足で冷蔵庫の隣のワインクーラーに向かうと、飲みかけのワインボトルを取り出す。飾り棚から出したバカラのワイングラスに豪快に注ぎ、茶革のソファーに深く沈み込む。目の前には80インチの薄型TV、その横のデスクにはパソコンが置かれており、ここだけ見ていればどこかの高級ホテルの一室のようにも見える。
グラスを大きく傾け、一気に飲み干した高槻の口から、重い溜息が溢れた。
「ハァッ」
信者は着実に増え、支部も拡大し、お布施の金額も去年の3倍となった。それなのに、ちっとも心が高揚しない。
高槻は眉を寄せ、顔を歪めた。
どうして、なの……!!
苛立ちを隠せず、空になったグラスを壁に投げつけた。ガシャーンと甲高い音を立て、グラスが粉々に砕け散る。
幼い頃から見えていた守護霊や幽霊、動物霊、生き霊。無邪気に口にしたことから同年代のクラスメート達から気持ち悪がれ、虐められ、避けられた。こんな忌まわしい能力なんていらないと、何度もこの身を呪った。
けれど、この能力が人の役に立てることがあるのだと知り、感謝されるようになり、人生が変わった。人を幸せへと導き、悪を断ち切ることが自分の使命なのだと信じるようになった。
夢で見たお告げにより、『幸福阿吽教』を立ち上げた。これまで、自分の歩んできた道に疑問を持ったことなどなかった……
高槻は周りを見渡した。今まで靄のように見えていた霊が見えない、声が聞こえない、感じられない。信者たちのオーラが見えない。
霊的回路が遮断されてから、一年が経とうとしている。
「冗談じゃ、ないわよ……ック」
高槻は、テーブルにガンッと拳を突き立てた。
『幸福阿吽教』は、これから飛躍し、拡大していくのだ。教祖である自分が霊感を失ったなど、口が裂けても言えない。知られてはいけない。
私は、教徒たちの前でカリスマでなくてはならないのよ。
何があっても、この地位は誰にも譲らない!!
コンコンと遠慮がちに、ノックの音が響いた。
「高槻先生、ガラスの割れたような音が聞こえたのですが、大丈夫ですか?」
官房長官の小宮だ。彼は高槻の元で20年働いている、『幸福阿吽教』立ち上げからの古参メンバーであり、苦しみや辛さを共有してきた、高槻が最も信頼を置いている男だ。
高槻はたっぷりと贅肉のついたお尻を持ち上げ、ゆっくりと歩き出した。扉を開け、小宮を招き入れる。
「グラスが割れたわ。片付けて頂戴」
「かしこまりました」
小宮は高槻を崇拝している。小宮の自分を崇めるその姿勢に、高槻は『幸福阿吽教』を布教し、広めていける確信を深めた。小宮とは恋人関係になりそうな時もあったが、教祖としての野望が高槻を思いとどまらせた。
それに、小宮の高槻に向けられるそれは、恋心ではなく崇拝なのだ。人としてではなく、小宮は神として高槻を愛している。
時は残酷だ。20年前には魅力的に見えたはずの小宮の風貌は、髪の毛が薄くなり、シワが増え、たるんだお腹の目立つ、つまらない中年男性へと変えていた。
そして自分もまた、人々にとってそう見えているのではないかという恐怖が、喉元に手を掛けられるようにじわじわと迫っているのを感じる。分かっている、どれだけメイクや整形手術で誤魔化そうとしても、誤魔化しきれない。たるんだお腹やお尻、目尻や口元に増える皺を見るたびに、そう強く思い知らされる。
特に華江のような生来の美人を前にすると、臆しそうになる自分に冷や汗が出る。
娘である美羽も目を奪われるほどの器量だが、彼女にはどう抗っても太刀打ちできない『若さ』という武器があり、仕方ないと片付けられる。だが、年齢の近い華江とは、どうしても同じ女性として意識せずにいられない。嫉妬と羨望が入り混じった醜い心が、牙を剥き出しそうになる。
彼女が娘の相談に来た時には、酷い有様だった。顔に生気がなく、化粧っ気もなく、髪も乱れ、この世の終わりのようなオーラが漂っていた。
助けを求められ、感謝されることが高槻の生き甲斐であり、使命だ。高槻は華江の味方となり、正しい教えを説き、導いた。それによって華江は高槻に傾向していった。だが、華江が本来の生気を、そして精気を取り戻すほどに輝きが増していくのを、高槻は歯痒い思いで眺めることとなった。
生まれついての女王様気質である華江は、自然と男を屈服させ、崇めさせる能力を備えていた。ブランド服で身を固めずとも、化粧をしなくとも、髪の毛をセットしなくとも、彼女が持っている美しさは肌から、髪の毛一本一本から、匂いから滲み出る。蝶よ花よと男性信者からちやほやされる華江に、高槻は夫との離婚を勧め、青井との再婚話を持ち掛けた。
信者の勧誘に長けている華江を破門することは出来ない。それに、華江は『幸福阿吽教』の教義より何よりも、高槻を盲信している。ならば、自分の息の掛かった男と結婚させ、手元に置いておいた方が安心だ。出家しないかと持ちかけたのも、高槻からだった。
手早く掃いたグラスを塵取りへと集める小宮の上から、高槻が命令した。
「これが終わったら、リョウジを呼んできて」
高槻は部屋の扉を些か乱暴に閉めた。元々健康センターだったこの施設は宿泊設備も整っており、高槻の利用している部屋は、最も広い宿泊部屋を2つぶち抜いて改修したものだ。ボロボロの畳は床暖房の真新しいフローリングに張り替えられ、真っ白な壁には一面、高槻のポスターが貼られている。マホガニー製の書棚には自身の著籍や宗教、ビジネス関連の本が並び、その上には高価な数珠やアクセサリー等が置かれていた。
特別にオーダーしたウォーキングクローゼットには豪華なドレスが明から暗の順にグラデーションでハンガーに掛けられ、紫が最も多く幅を占めていた。その中に、白い作務衣は含まれていない。信者には着ることを強要しながら、高槻自身は一度も袖を通したことはなかった。
扉を閉めたその足で冷蔵庫の隣のワインクーラーに向かうと、飲みかけのワインボトルを取り出す。飾り棚から出したバカラのワイングラスに豪快に注ぎ、茶革のソファーに深く沈み込む。目の前には80インチの薄型TV、その横のデスクにはパソコンが置かれており、ここだけ見ていればどこかの高級ホテルの一室のようにも見える。
グラスを大きく傾け、一気に飲み干した高槻の口から、重い溜息が溢れた。
「ハァッ」
信者は着実に増え、支部も拡大し、お布施の金額も去年の3倍となった。それなのに、ちっとも心が高揚しない。
高槻は眉を寄せ、顔を歪めた。
どうして、なの……!!
苛立ちを隠せず、空になったグラスを壁に投げつけた。ガシャーンと甲高い音を立て、グラスが粉々に砕け散る。
幼い頃から見えていた守護霊や幽霊、動物霊、生き霊。無邪気に口にしたことから同年代のクラスメート達から気持ち悪がれ、虐められ、避けられた。こんな忌まわしい能力なんていらないと、何度もこの身を呪った。
けれど、この能力が人の役に立てることがあるのだと知り、感謝されるようになり、人生が変わった。人を幸せへと導き、悪を断ち切ることが自分の使命なのだと信じるようになった。
夢で見たお告げにより、『幸福阿吽教』を立ち上げた。これまで、自分の歩んできた道に疑問を持ったことなどなかった……
高槻は周りを見渡した。今まで靄のように見えていた霊が見えない、声が聞こえない、感じられない。信者たちのオーラが見えない。
霊的回路が遮断されてから、一年が経とうとしている。
「冗談じゃ、ないわよ……ック」
高槻は、テーブルにガンッと拳を突き立てた。
『幸福阿吽教』は、これから飛躍し、拡大していくのだ。教祖である自分が霊感を失ったなど、口が裂けても言えない。知られてはいけない。
私は、教徒たちの前でカリスマでなくてはならないのよ。
何があっても、この地位は誰にも譲らない!!
コンコンと遠慮がちに、ノックの音が響いた。
「高槻先生、ガラスの割れたような音が聞こえたのですが、大丈夫ですか?」
官房長官の小宮だ。彼は高槻の元で20年働いている、『幸福阿吽教』立ち上げからの古参メンバーであり、苦しみや辛さを共有してきた、高槻が最も信頼を置いている男だ。
高槻はたっぷりと贅肉のついたお尻を持ち上げ、ゆっくりと歩き出した。扉を開け、小宮を招き入れる。
「グラスが割れたわ。片付けて頂戴」
「かしこまりました」
小宮は高槻を崇拝している。小宮の自分を崇めるその姿勢に、高槻は『幸福阿吽教』を布教し、広めていける確信を深めた。小宮とは恋人関係になりそうな時もあったが、教祖としての野望が高槻を思いとどまらせた。
それに、小宮の高槻に向けられるそれは、恋心ではなく崇拝なのだ。人としてではなく、小宮は神として高槻を愛している。
時は残酷だ。20年前には魅力的に見えたはずの小宮の風貌は、髪の毛が薄くなり、シワが増え、たるんだお腹の目立つ、つまらない中年男性へと変えていた。
そして自分もまた、人々にとってそう見えているのではないかという恐怖が、喉元に手を掛けられるようにじわじわと迫っているのを感じる。分かっている、どれだけメイクや整形手術で誤魔化そうとしても、誤魔化しきれない。たるんだお腹やお尻、目尻や口元に増える皺を見るたびに、そう強く思い知らされる。
特に華江のような生来の美人を前にすると、臆しそうになる自分に冷や汗が出る。
娘である美羽も目を奪われるほどの器量だが、彼女にはどう抗っても太刀打ちできない『若さ』という武器があり、仕方ないと片付けられる。だが、年齢の近い華江とは、どうしても同じ女性として意識せずにいられない。嫉妬と羨望が入り混じった醜い心が、牙を剥き出しそうになる。
彼女が娘の相談に来た時には、酷い有様だった。顔に生気がなく、化粧っ気もなく、髪も乱れ、この世の終わりのようなオーラが漂っていた。
助けを求められ、感謝されることが高槻の生き甲斐であり、使命だ。高槻は華江の味方となり、正しい教えを説き、導いた。それによって華江は高槻に傾向していった。だが、華江が本来の生気を、そして精気を取り戻すほどに輝きが増していくのを、高槻は歯痒い思いで眺めることとなった。
生まれついての女王様気質である華江は、自然と男を屈服させ、崇めさせる能力を備えていた。ブランド服で身を固めずとも、化粧をしなくとも、髪の毛をセットしなくとも、彼女が持っている美しさは肌から、髪の毛一本一本から、匂いから滲み出る。蝶よ花よと男性信者からちやほやされる華江に、高槻は夫との離婚を勧め、青井との再婚話を持ち掛けた。
信者の勧誘に長けている華江を破門することは出来ない。それに、華江は『幸福阿吽教』の教義より何よりも、高槻を盲信している。ならば、自分の息の掛かった男と結婚させ、手元に置いておいた方が安心だ。出家しないかと持ちかけたのも、高槻からだった。
手早く掃いたグラスを塵取りへと集める小宮の上から、高槻が命令した。
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