386 / 498
380.罰
しおりを挟む
「ミュー」
類に呼びかけられ、現実に引き戻される。
「まさか、かおりんのこと気にしてないよね?」
「気に……」
気にしてない、なんてあるはずない。
美羽に初めてできた親友、それが香織だ。類がいなくなってからもなんとか今まで心を壊さずに保っていられたのは、香織がずっと傍にいて支えてくれたからだ。
たとえ、過去に何があったのか話せなくても、全てを打ち明けることはできなくても……香織はいつだって、明るい笑顔で美羽を力強く太陽の下へと引っ張ってくれてきた。
そんな親友を……裏切っている。
その思いは、美羽の心に大きな影を落とした。沈黙する美羽に、類がわざとらしく大きく溜息を吐いた。
「別に、バレたわけじゃないじゃん。あいつだって、八つ当たりでそんなこと言っただけだって、そう言ってたじゃん!」
「あいつ、だなんて……かおりんのこと、そんな風に言わないで!!
かおりんは、私の親友なんだよ?」
類の横顔が醜く歪んだ。
「フッ。なんにも話せないくせに、腹割ってないくせに親友だなんて言えるわけ?
じゃあ、僕はどうなの? 僕はミューの全てを知ってる! 親友なんて、いらないでしょ!
ミューには、僕がいる。僕だけいれば、いいんだ!!」
美羽の瞳から、ポロポロと涙が零れ落ちる。
「そういう、問題じゃ……ない。
私たちのせいで、誰かを傷つけていいはず……ないよ。私、は……かおりんを、傷つけてしまった。大切な……大切にしたい、たった一人の親友、だったのに……」
あの時……大学の講義室で香織に声を掛けてもらえなかったら、美羽はずっと心の闇に囚われたまま、生きていたかもしれない。香織がいなければ、母親の言うことに逆えず教団に連れて行かれ、そこで惨めな生活を過ごしていたかもしれない。
たとえ、好きな人が同じであろうと……親友であることに変わりない。
『これから……なにがあろうと、私たちの関係は変わらないんだよね?』
不安げに尋ねた香織に、自分たちの関係は変わらないと言ったのは、美羽だったはずなのに。
今、その関係が、脆く崩れようとしている。
「だった、でしょ?」
類の言葉が、胸の奥深くに突き刺さる。
「ねぇ、ミュー。未来を見てよ。
僕たちの、未来を。
もう過去に囚われる必要なんてない!
一緒に、歩き、出してよ……」
信号で車が停止し、類はハンドルに首を擡げ、苛立たしげにクラクションを大きく鳴らした。
「どうして!!
……どうしていつも、そうやって、ミューの心は引き戻されるの?
何度も何度も近付いたと思ったら、離れて。せっかく、こっちに向いたと思ったのに。よう、やく……心が、通じ合えると思ったのに!!」
「ッッ……」
私、だって……素直に、類の胸に飛び込みたい。『愛してる』と胸の内を明かすことができたら、どんなにいいだろう。
今日は、それが出来ると思ってた。
浮かれてた。
思い、上がってた……
後ろからクラクションを鳴らされ、類がアクセルを強く踏む。感情的な類の横顔に、不安が走る。
もしかして、類……このままどこかへ連れていく気じゃ。
けれど、車窓を流れる景色は家路へと向かっていた。
カーオーディオから懐かしいふたりの大好きだった曲が流れる。けれど、朝の高揚感とは違い、寂しさが深まっていくばかりだった。
あの頃が懐かしく、愛おしく思えば思うほど……時間は戻らないのだと、帰れないのだと、思い知らされる。
重苦しいどろどろした空気に絡みつかれ、気持ちが底へ沈みかけた頃、家の駐車場に着いた。
「ミュー」
類に呼びかけられ、美羽の肩が小さく震える。
「どうか……ふたりのバレンタインを、苦いものにしないで」
呼びかける類の声が掠れていて、チクッと胸に突き刺さる。
答えを出すことは、できなかった。車から降りながら、美羽は迷いの中にいた。
類との一歩を踏み出すべきか。
それとも、思いとどまるべきか……
どうするの? どうしたいの、私は?
あのチョコケーキを類に渡してしまったら、私たちの未来はどう変わってしまうんだろう。
『どうか……ふたりのバレンタインを、苦いものにしないで』
ーー類の切ない響きが、鼓膜に余韻を残していた。
玄関を上がり、溜息を吐く。当然ながら、義昭は家に帰っていた。
けれど、もしかしたら既に自室に戻っているかもしれない。
そんな期待は、リビングの扉を開けた途端に裏切られたと知った。
「おかえり」
ダイニングテーブルに座る義昭を見て、美羽も、背後にいた類さえも、短く呻き声を漏らした。
「よ……義昭、さんっ……そ、それっっ」
義昭は、美羽が冷蔵庫の奥に隠しておいたはずのチョコケーキを食べていた。
どう、して……!? 義昭さん、甘いもの苦手なはず、なのに。しかもチョコレートは特に好きじゃないのに。
「これ、美羽が作ってくれたんだな。ありがとう」
チョコクリームを口の端につけ、ずれた眼鏡の奥から義昭がにへらと笑う。
「ぁ、うん……」
類のために作っただなんて、言えなかった。
「今までバレンタインなんて何もなかったのに、こんなことしてくれるなんて……嬉しいよ」
「そ、う……よかっ、た。
わた、し……シャワー、浴びてくる」
「ミュー!!」
類が引き留める声が聞こえたが、これ以上あの場にいるのが耐えられず、美羽はリビングルームを飛び出し、階段を駆け上がった。込み上がってくる涙を、肘でぐいと拭う。
バカ。バカだ、私……
義昭さんが、夫がいるのに……類に、バレンタインをあげようだなんて。
あげていいはずがない。赦されるはず、ない。
ーーこれは、罰だ。
類に呼びかけられ、現実に引き戻される。
「まさか、かおりんのこと気にしてないよね?」
「気に……」
気にしてない、なんてあるはずない。
美羽に初めてできた親友、それが香織だ。類がいなくなってからもなんとか今まで心を壊さずに保っていられたのは、香織がずっと傍にいて支えてくれたからだ。
たとえ、過去に何があったのか話せなくても、全てを打ち明けることはできなくても……香織はいつだって、明るい笑顔で美羽を力強く太陽の下へと引っ張ってくれてきた。
そんな親友を……裏切っている。
その思いは、美羽の心に大きな影を落とした。沈黙する美羽に、類がわざとらしく大きく溜息を吐いた。
「別に、バレたわけじゃないじゃん。あいつだって、八つ当たりでそんなこと言っただけだって、そう言ってたじゃん!」
「あいつ、だなんて……かおりんのこと、そんな風に言わないで!!
かおりんは、私の親友なんだよ?」
類の横顔が醜く歪んだ。
「フッ。なんにも話せないくせに、腹割ってないくせに親友だなんて言えるわけ?
じゃあ、僕はどうなの? 僕はミューの全てを知ってる! 親友なんて、いらないでしょ!
ミューには、僕がいる。僕だけいれば、いいんだ!!」
美羽の瞳から、ポロポロと涙が零れ落ちる。
「そういう、問題じゃ……ない。
私たちのせいで、誰かを傷つけていいはず……ないよ。私、は……かおりんを、傷つけてしまった。大切な……大切にしたい、たった一人の親友、だったのに……」
あの時……大学の講義室で香織に声を掛けてもらえなかったら、美羽はずっと心の闇に囚われたまま、生きていたかもしれない。香織がいなければ、母親の言うことに逆えず教団に連れて行かれ、そこで惨めな生活を過ごしていたかもしれない。
たとえ、好きな人が同じであろうと……親友であることに変わりない。
『これから……なにがあろうと、私たちの関係は変わらないんだよね?』
不安げに尋ねた香織に、自分たちの関係は変わらないと言ったのは、美羽だったはずなのに。
今、その関係が、脆く崩れようとしている。
「だった、でしょ?」
類の言葉が、胸の奥深くに突き刺さる。
「ねぇ、ミュー。未来を見てよ。
僕たちの、未来を。
もう過去に囚われる必要なんてない!
一緒に、歩き、出してよ……」
信号で車が停止し、類はハンドルに首を擡げ、苛立たしげにクラクションを大きく鳴らした。
「どうして!!
……どうしていつも、そうやって、ミューの心は引き戻されるの?
何度も何度も近付いたと思ったら、離れて。せっかく、こっちに向いたと思ったのに。よう、やく……心が、通じ合えると思ったのに!!」
「ッッ……」
私、だって……素直に、類の胸に飛び込みたい。『愛してる』と胸の内を明かすことができたら、どんなにいいだろう。
今日は、それが出来ると思ってた。
浮かれてた。
思い、上がってた……
後ろからクラクションを鳴らされ、類がアクセルを強く踏む。感情的な類の横顔に、不安が走る。
もしかして、類……このままどこかへ連れていく気じゃ。
けれど、車窓を流れる景色は家路へと向かっていた。
カーオーディオから懐かしいふたりの大好きだった曲が流れる。けれど、朝の高揚感とは違い、寂しさが深まっていくばかりだった。
あの頃が懐かしく、愛おしく思えば思うほど……時間は戻らないのだと、帰れないのだと、思い知らされる。
重苦しいどろどろした空気に絡みつかれ、気持ちが底へ沈みかけた頃、家の駐車場に着いた。
「ミュー」
類に呼びかけられ、美羽の肩が小さく震える。
「どうか……ふたりのバレンタインを、苦いものにしないで」
呼びかける類の声が掠れていて、チクッと胸に突き刺さる。
答えを出すことは、できなかった。車から降りながら、美羽は迷いの中にいた。
類との一歩を踏み出すべきか。
それとも、思いとどまるべきか……
どうするの? どうしたいの、私は?
あのチョコケーキを類に渡してしまったら、私たちの未来はどう変わってしまうんだろう。
『どうか……ふたりのバレンタインを、苦いものにしないで』
ーー類の切ない響きが、鼓膜に余韻を残していた。
玄関を上がり、溜息を吐く。当然ながら、義昭は家に帰っていた。
けれど、もしかしたら既に自室に戻っているかもしれない。
そんな期待は、リビングの扉を開けた途端に裏切られたと知った。
「おかえり」
ダイニングテーブルに座る義昭を見て、美羽も、背後にいた類さえも、短く呻き声を漏らした。
「よ……義昭、さんっ……そ、それっっ」
義昭は、美羽が冷蔵庫の奥に隠しておいたはずのチョコケーキを食べていた。
どう、して……!? 義昭さん、甘いもの苦手なはず、なのに。しかもチョコレートは特に好きじゃないのに。
「これ、美羽が作ってくれたんだな。ありがとう」
チョコクリームを口の端につけ、ずれた眼鏡の奥から義昭がにへらと笑う。
「ぁ、うん……」
類のために作っただなんて、言えなかった。
「今までバレンタインなんて何もなかったのに、こんなことしてくれるなんて……嬉しいよ」
「そ、う……よかっ、た。
わた、し……シャワー、浴びてくる」
「ミュー!!」
類が引き留める声が聞こえたが、これ以上あの場にいるのが耐えられず、美羽はリビングルームを飛び出し、階段を駆け上がった。込み上がってくる涙を、肘でぐいと拭う。
バカ。バカだ、私……
義昭さんが、夫がいるのに……類に、バレンタインをあげようだなんて。
あげていいはずがない。赦されるはず、ない。
ーーこれは、罰だ。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる