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444.昨日のわけ
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アパートの前で、既に香織は待っていた。シャーベットグリーンの薄手のパーカーに鮮やかなブルーのデニムを穿き、春らしい軽やかな装いだ。
香織を前に胸が痛み、罪悪感に胃がキリキリと絞られる。
「おはよう」
助手席を開け、笑顔で乗り込んできた香織に、美羽も精一杯の笑顔を返す。
「おはよう、かおりん」
すると、香織がじっと美羽の顔を凝視した。
サングラス、してて良かった……視線を、合わせなくて済む。
そうホッとするものの、別の考えが浮かんできて、額からジワリと汗が滲んできた。
もしかしたら、かおりんはこのサングラスが類のだって気付いて、私のことを見ているのかもしれない。
胃がムカムカしてくるのを感じていると、香織が口を開いた。
「なん、か……美羽、今日はメイク気合い入ってない?」
「ぇ。あぁ、これ、は……あんまり顔色が良くなかったから、メイクでごまかそうと思って」
「そうなの? まだ体調悪いの?」
香織に言われ、昨日類が彼女に自分が体調が悪くて寝ているのだと言っていたことを思い出した。
「ちょっと疲れてるだけだから、大丈夫だよ」
「もー、無理しないでよ。もし仕事中に気分悪くなったら、すぐに言ってね」
「ありがとう。今は、もう平気だから」
笑って見せながらも、心臓がバクバクと鼓動を刻んでいた。
こうして私は、どんどんかおりんに嘘を重ねていくことになるんだ。
これから過ごさなければいけない香織との時間に、不安が広がっていった。
「わっ、眩しいっ!」
シートベルトを締めた香織が、車が走り出した途端に叫んだ。
「サンバイザー下ろせば?」
類に言われて、香織がフロントガラスの上部のサンバイザーを引き下ろす。
「まぁ、ちょっとはマシだね。まだ眩しいけど。私も、サングラス持ってこれば良かったー。
そうだ。ねぇ昨日、あの後大丈夫だった?」
美羽は躰を硬らせた。
あの後、というのは昨日、香織と別れた後のことを言っているに違いない。やはり、香織は自分たちの仲を疑っているのだろうか。
類は前を向いて運転しながら、気軽に返事をした。
「うん、香織と駅で別れてからすぐに合流できたから大丈夫。急に帰らせて、ごめんね」
「いいよ。だって、美羽は体調悪かったし、義昭さんは仕事だから、対応できるの類くんしかいなかったんでしょ?」
「そうなんだよね。ヨシの妹夫婦もいるんだけどさ、仕事で都合悪くて」
ぇ。ぇ。なんの、話……!?
ふたりの会話が読めずに、美羽は後部座席でひとり戸惑っていた。
「類くん、優しいね。義昭さんのお母さんの買い物に付き合ってあげるなんて。そんなに面識あるの?」
「うん、そうなんだよね。琴子とは何回か会っただけだけど、わりと親しいよ。今、彼女が住んでるシニアマンションも僕が紹介してあげたしね」
「えーっ、そうなんだ!!
って……類くん、琴子って呼んでるの!? すごい……美羽よりも仲良くなってんじゃないの? ねぇ、美羽?」
突然話を振られて、美羽は慌てて答えた。
「ぇ、あ、そう。そうなの……もう、類には驚かされるよ」
「だよねー」
冷たい汗がじっとりと美羽の額を伝った。
それで、かおりんを駅まで送っても怪しまれなかったんだ……
「そっかぁ。義昭さんのご両親、シニアマンションに引っ越したんだね。まぁ、その方がこっちとしても安心だよね。何かあった時に、スタッフの人が常駐してくれてるわけだし。
それで実家はどうしたの? 売ったの?」
香織は完全に、夫婦で引っ越したと勘違いしている。無理もない、義昭の両親のことについて、香織には何も話していないのだから。隼斗だけは事情を知っているが、隼斗が香織にそんなことを軽々しく話すはずがない。
「ぇっと……シニアマンションに引っ越したのは、お義母さんだけなの」
「えっ、そうなの!?」
「うん。実は……今、ふたりは別居中で」
「そうだったんだ。まぁ、熟年離婚って今時珍しくないもんね」
香織は美羽に負担にならないよう、軽く返した。そこへ、類が追随する。
「3組に1組は離婚するって言うぐらいだしね。好きでもないのに我慢して一緒にいるなんてさ、バカみたいじゃん。さっさと別れて、自分の楽しいことやったほうがいいよね」
類の言葉が、まるで自分に向けて言われているようで、チクチクと胸が痛む。
「でも、子供がいると、なかなか離婚に踏み切れなかったりするっていうよね」
「子供のためとか大義名分掲げられて、目の前でケンカされたり、八つ当たりされる方が、よっぽど子供のメンタルに悪いと思うけど?」
「まぁ、それもそうだけど……経済的な問題もあるし、難しいんじゃない」
香織は場の雰囲気が重くなってきたのを察し、話題を切り替えた。
「それで、義昭さんのお母さんの様子はどうだった?」
「毎日が充実してるって話してたよ。友達とお茶したり、映画観たり、社交ダンス始めたり。生き生きしてるよ」
「そうなんだ。良かったね」
それを聞きながら、胸が重苦しいもので包まれていく。
琴子はそれで良かったのかもしれないが、大作は今後どうしていくのだろう。趣味も、友人もなく、寂しく余生を終えることになるのだろうか。
自分とは関係ないと切り離そうとしても、そこまで非情になれなかった。
香織を前に胸が痛み、罪悪感に胃がキリキリと絞られる。
「おはよう」
助手席を開け、笑顔で乗り込んできた香織に、美羽も精一杯の笑顔を返す。
「おはよう、かおりん」
すると、香織がじっと美羽の顔を凝視した。
サングラス、してて良かった……視線を、合わせなくて済む。
そうホッとするものの、別の考えが浮かんできて、額からジワリと汗が滲んできた。
もしかしたら、かおりんはこのサングラスが類のだって気付いて、私のことを見ているのかもしれない。
胃がムカムカしてくるのを感じていると、香織が口を開いた。
「なん、か……美羽、今日はメイク気合い入ってない?」
「ぇ。あぁ、これ、は……あんまり顔色が良くなかったから、メイクでごまかそうと思って」
「そうなの? まだ体調悪いの?」
香織に言われ、昨日類が彼女に自分が体調が悪くて寝ているのだと言っていたことを思い出した。
「ちょっと疲れてるだけだから、大丈夫だよ」
「もー、無理しないでよ。もし仕事中に気分悪くなったら、すぐに言ってね」
「ありがとう。今は、もう平気だから」
笑って見せながらも、心臓がバクバクと鼓動を刻んでいた。
こうして私は、どんどんかおりんに嘘を重ねていくことになるんだ。
これから過ごさなければいけない香織との時間に、不安が広がっていった。
「わっ、眩しいっ!」
シートベルトを締めた香織が、車が走り出した途端に叫んだ。
「サンバイザー下ろせば?」
類に言われて、香織がフロントガラスの上部のサンバイザーを引き下ろす。
「まぁ、ちょっとはマシだね。まだ眩しいけど。私も、サングラス持ってこれば良かったー。
そうだ。ねぇ昨日、あの後大丈夫だった?」
美羽は躰を硬らせた。
あの後、というのは昨日、香織と別れた後のことを言っているに違いない。やはり、香織は自分たちの仲を疑っているのだろうか。
類は前を向いて運転しながら、気軽に返事をした。
「うん、香織と駅で別れてからすぐに合流できたから大丈夫。急に帰らせて、ごめんね」
「いいよ。だって、美羽は体調悪かったし、義昭さんは仕事だから、対応できるの類くんしかいなかったんでしょ?」
「そうなんだよね。ヨシの妹夫婦もいるんだけどさ、仕事で都合悪くて」
ぇ。ぇ。なんの、話……!?
ふたりの会話が読めずに、美羽は後部座席でひとり戸惑っていた。
「類くん、優しいね。義昭さんのお母さんの買い物に付き合ってあげるなんて。そんなに面識あるの?」
「うん、そうなんだよね。琴子とは何回か会っただけだけど、わりと親しいよ。今、彼女が住んでるシニアマンションも僕が紹介してあげたしね」
「えーっ、そうなんだ!!
って……類くん、琴子って呼んでるの!? すごい……美羽よりも仲良くなってんじゃないの? ねぇ、美羽?」
突然話を振られて、美羽は慌てて答えた。
「ぇ、あ、そう。そうなの……もう、類には驚かされるよ」
「だよねー」
冷たい汗がじっとりと美羽の額を伝った。
それで、かおりんを駅まで送っても怪しまれなかったんだ……
「そっかぁ。義昭さんのご両親、シニアマンションに引っ越したんだね。まぁ、その方がこっちとしても安心だよね。何かあった時に、スタッフの人が常駐してくれてるわけだし。
それで実家はどうしたの? 売ったの?」
香織は完全に、夫婦で引っ越したと勘違いしている。無理もない、義昭の両親のことについて、香織には何も話していないのだから。隼斗だけは事情を知っているが、隼斗が香織にそんなことを軽々しく話すはずがない。
「ぇっと……シニアマンションに引っ越したのは、お義母さんだけなの」
「えっ、そうなの!?」
「うん。実は……今、ふたりは別居中で」
「そうだったんだ。まぁ、熟年離婚って今時珍しくないもんね」
香織は美羽に負担にならないよう、軽く返した。そこへ、類が追随する。
「3組に1組は離婚するって言うぐらいだしね。好きでもないのに我慢して一緒にいるなんてさ、バカみたいじゃん。さっさと別れて、自分の楽しいことやったほうがいいよね」
類の言葉が、まるで自分に向けて言われているようで、チクチクと胸が痛む。
「でも、子供がいると、なかなか離婚に踏み切れなかったりするっていうよね」
「子供のためとか大義名分掲げられて、目の前でケンカされたり、八つ当たりされる方が、よっぽど子供のメンタルに悪いと思うけど?」
「まぁ、それもそうだけど……経済的な問題もあるし、難しいんじゃない」
香織は場の雰囲気が重くなってきたのを察し、話題を切り替えた。
「それで、義昭さんのお母さんの様子はどうだった?」
「毎日が充実してるって話してたよ。友達とお茶したり、映画観たり、社交ダンス始めたり。生き生きしてるよ」
「そうなんだ。良かったね」
それを聞きながら、胸が重苦しいもので包まれていく。
琴子はそれで良かったのかもしれないが、大作は今後どうしていくのだろう。趣味も、友人もなく、寂しく余生を終えることになるのだろうか。
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