<完結>【R18】深窓の令嬢は美麗なピアニストの叔父と禁忌の恋に堕ち、淫らに溺れる

奏音 美都

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130.奪還宣言

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 立ち止まったサラは、ステファンの高く上げた左手に右手を合わせ、軽く握った。左手をステファンの右上腕に軽く添え、ダンスの姿勢に入る。

 それに合わせて「美しく青きドナウ」の演奏が最初から始まり、ステップを踏む。

 躰が揺れる度にステファンの懐かしい甘く官能的な匂いがサラの鼻腔をつき、どうしようもなく躰が火照り、熱く疼き出す。繋いだ指先が震え、掌がじっとりと濡れているのを、間違いなくステファンは感じ取っているだろう。

「ステップは忘れていないようですね」

 微笑んだステファンの目尻に皺が寄り、息苦しくなってサラは「はい……」と小さく答えながら、耐えきれず視線を逸らした。

 忘れられるはず、ありません……こんなにも心が、躰が覚えてる。

 舞踏会と同じ曲を聴きながら、ステップを踏み、ステファンに支えられてターンを回る。

 サラの想いは、過去へ飛躍する。

 ピンクがかった紫にライトアップされた舞踏会のダンスホール。
 真紅の絨毯が敷かれ、オーケストラが優雅に演奏する。
 純白のドレスに白いカサブランカの髪飾りをつけ、愛する人に身も心も何もかも委ね、幸せに浸りながら踊ったあの時。

『Alles Walzer!(みんなワルツを!)』

 胸が高鳴り、高揚し、ときめく。

 まさに今、サラの胸に同じ想いが去来する。

 毎晩のように思いを馳せ、恋い焦がれたステファンが目の前にいて、自分と今踊っていることがまるで夢のようだと感じた。周囲には大勢の好奇の視線が寄せられているのに、アイザックや両親のことさえ忘れ、自分がステファンとふたりきりの世界にいる錯覚に陥った。

 これが、夢ならいいのに。
 永遠に醒めることのない夢なら、どんなにいいでしょう……

 サラは、ステファンの麗しい横顔を見つめた。

 だが、これが夢ではないと分かっている。
 この手が離れれば、魔法は解けてしまうのだ。

 ステファンは、どうして突然現れたのですか。
 何が、目的なのですか。 

 私に復讐するためですか?
 私を陥れるためですか?

 そのために、私の元に現れたのですか。

 それでも、いい。

 あなたが、生きていた。
 もう一度、名前を呼んでくれた。
 こうして、踊ってくれている。

 ーーたとえステファンの心の中に自分への深い憎悪があったとしても、サラは幸せだと思えた。

 ステファンは目を細めてサラを見つめると、彼女の耳元でそっと囁いた。

「サラ……貴女は、どうして私が現れたのか分かりますか?」

 サラの胸がきつく絞られる。

「……復讐、するためですか?」

 すると、ステファンが愉しそうに笑った。

「復讐、ですか。確かに、私は……復讐しようとしているのかもしれませんね」
「ッッ!!」

 サラの全身が一気に冷たくなり、震えが走る。

「怖いですか?」
「怖い……ですが、私は……ステファンに恨まれても仕方のないことをしました。貴方を裏切り、見捨てたのです」

 ステファンがくるりとターンし、サラの腕を伸ばして腰を曲げる。ふたりの距離がぐっと近づく。

「貴女は何も、分かっていませんね」

 再び姿勢が戻される。

 いったい、どういう意味ですか……

 混乱に陥るサラに、ステファンが囁く。



「私は、愛しい貴女を再びこの手に取り戻すために、現れたのですよ」



 ステファンの言葉に、サラが大きく瞳を見開いた。

 ステファン……本気、なのですか?

 胸の中に一気に歓びが押し寄せる。今すぐにでもステファンの胸の中に飛び込みたい衝動が突き上がる。

 けれど……ぎりぎりのところで、サラは留まった。

「けれど……私たちは……」

 最後まで言い切ることはできなかった。

 姪と叔父の関係。
 何度もステファンの元へ行こうとしても出来なかったのは、この壁を乗り越えることができなかったからだ。



「もし私が、ピアニストとしての名声も、貴女も、両方手に入れてみせると言ったら……どうしますか」



 え……
 それって、どういうことですか!?

 サラがステファンを見上げると、ちょうど演奏が終わったところだった。ステファンが恭しくお辞儀をし、サラも慌ててお辞儀を返す。
 
 サラをエスコートしてアイザックと両親の元へと戻ってきたステファンが、それぞれに封筒を渡した。

「これは、私のピアニスト復帰コンサートのチケットです。VIP席をご用意いたしましたので、ぜひいらしてください」

 ステファンの声を聞き、取材陣が騒めいた。

「それはいつ、どこで行われるのですか!?」
「今までどこにいたのですか?」
「どうして長い間、行方をくらましていたのですか!?」

「詳しくは明日、会見の場を設けますので、その時にでも」

 尋ねてきた取材陣に一言述べた後、ステファンは優麗な笑みをサラに浮かべた。

「では、またお会いしましょう」

 ステファンは、サラの心を奪ったまま去っていった。

 サラの心は、未だ夢の中にいるようにふわふわしていた。けれどサラの皮膚にはステファンの熱が残り、彼の残り香が甘く酔わせ、切ない疼きを齎す。それは、久しぶりに感じる甘い痛みだった。

 先程のステファンの言葉が、鐘のようにこだまする。

 ピアニストしての名声も、私も、手に入れる……だなんて。
 そ、んなこと……出来るはず、ないのに……

 意味深なステファンの言葉が、サラの胸を騒つかせた。
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