139 / 156
130.奪還宣言
しおりを挟む
立ち止まったサラは、ステファンの高く上げた左手に右手を合わせ、軽く握った。左手をステファンの右上腕に軽く添え、ダンスの姿勢に入る。
それに合わせて「美しく青きドナウ」の演奏が最初から始まり、ステップを踏む。
躰が揺れる度にステファンの懐かしい甘く官能的な匂いがサラの鼻腔をつき、どうしようもなく躰が火照り、熱く疼き出す。繋いだ指先が震え、掌がじっとりと濡れているのを、間違いなくステファンは感じ取っているだろう。
「ステップは忘れていないようですね」
微笑んだステファンの目尻に皺が寄り、息苦しくなってサラは「はい……」と小さく答えながら、耐えきれず視線を逸らした。
忘れられるはず、ありません……こんなにも心が、躰が覚えてる。
舞踏会と同じ曲を聴きながら、ステップを踏み、ステファンに支えられてターンを回る。
サラの想いは、過去へ飛躍する。
ピンクがかった紫にライトアップされた舞踏会のダンスホール。
真紅の絨毯が敷かれ、オーケストラが優雅に演奏する。
純白のドレスに白いカサブランカの髪飾りをつけ、愛する人に身も心も何もかも委ね、幸せに浸りながら踊ったあの時。
『Alles Walzer!(みんなワルツを!)』
胸が高鳴り、高揚し、ときめく。
まさに今、サラの胸に同じ想いが去来する。
毎晩のように思いを馳せ、恋い焦がれたステファンが目の前にいて、自分と今踊っていることがまるで夢のようだと感じた。周囲には大勢の好奇の視線が寄せられているのに、アイザックや両親のことさえ忘れ、自分がステファンとふたりきりの世界にいる錯覚に陥った。
これが、夢ならいいのに。
永遠に醒めることのない夢なら、どんなにいいでしょう……
サラは、ステファンの麗しい横顔を見つめた。
だが、これが夢ではないと分かっている。
この手が離れれば、魔法は解けてしまうのだ。
ステファンは、どうして突然現れたのですか。
何が、目的なのですか。
私に復讐するためですか?
私を陥れるためですか?
そのために、私の元に現れたのですか。
それでも、いい。
あなたが、生きていた。
もう一度、名前を呼んでくれた。
こうして、踊ってくれている。
ーーたとえステファンの心の中に自分への深い憎悪があったとしても、サラは幸せだと思えた。
ステファンは目を細めてサラを見つめると、彼女の耳元でそっと囁いた。
「サラ……貴女は、どうして私が現れたのか分かりますか?」
サラの胸がきつく絞られる。
「……復讐、するためですか?」
すると、ステファンが愉しそうに笑った。
「復讐、ですか。確かに、私は……復讐しようとしているのかもしれませんね」
「ッッ!!」
サラの全身が一気に冷たくなり、震えが走る。
「怖いですか?」
「怖い……ですが、私は……ステファンに恨まれても仕方のないことをしました。貴方を裏切り、見捨てたのです」
ステファンがくるりとターンし、サラの腕を伸ばして腰を曲げる。ふたりの距離がぐっと近づく。
「貴女は何も、分かっていませんね」
再び姿勢が戻される。
いったい、どういう意味ですか……
混乱に陥るサラに、ステファンが囁く。
「私は、愛しい貴女を再びこの手に取り戻すために、現れたのですよ」
ステファンの言葉に、サラが大きく瞳を見開いた。
ステファン……本気、なのですか?
胸の中に一気に歓びが押し寄せる。今すぐにでもステファンの胸の中に飛び込みたい衝動が突き上がる。
けれど……ぎりぎりのところで、サラは留まった。
「けれど……私たちは……」
最後まで言い切ることはできなかった。
姪と叔父の関係。
何度もステファンの元へ行こうとしても出来なかったのは、この壁を乗り越えることができなかったからだ。
「もし私が、ピアニストとしての名声も、貴女も、両方手に入れてみせると言ったら……どうしますか」
え……
それって、どういうことですか!?
サラがステファンを見上げると、ちょうど演奏が終わったところだった。ステファンが恭しくお辞儀をし、サラも慌ててお辞儀を返す。
サラをエスコートしてアイザックと両親の元へと戻ってきたステファンが、それぞれに封筒を渡した。
「これは、私のピアニスト復帰コンサートのチケットです。VIP席をご用意いたしましたので、ぜひいらしてください」
ステファンの声を聞き、取材陣が騒めいた。
「それはいつ、どこで行われるのですか!?」
「今までどこにいたのですか?」
「どうして長い間、行方をくらましていたのですか!?」
「詳しくは明日、会見の場を設けますので、その時にでも」
尋ねてきた取材陣に一言述べた後、ステファンは優麗な笑みをサラに浮かべた。
「では、またお会いしましょう」
ステファンは、サラの心を奪ったまま去っていった。
サラの心は、未だ夢の中にいるようにふわふわしていた。けれどサラの皮膚にはステファンの熱が残り、彼の残り香が甘く酔わせ、切ない疼きを齎す。それは、久しぶりに感じる甘い痛みだった。
先程のステファンの言葉が、鐘のようにこだまする。
ピアニストしての名声も、私も、手に入れる……だなんて。
そ、んなこと……出来るはず、ないのに……
意味深なステファンの言葉が、サラの胸を騒つかせた。
それに合わせて「美しく青きドナウ」の演奏が最初から始まり、ステップを踏む。
躰が揺れる度にステファンの懐かしい甘く官能的な匂いがサラの鼻腔をつき、どうしようもなく躰が火照り、熱く疼き出す。繋いだ指先が震え、掌がじっとりと濡れているのを、間違いなくステファンは感じ取っているだろう。
「ステップは忘れていないようですね」
微笑んだステファンの目尻に皺が寄り、息苦しくなってサラは「はい……」と小さく答えながら、耐えきれず視線を逸らした。
忘れられるはず、ありません……こんなにも心が、躰が覚えてる。
舞踏会と同じ曲を聴きながら、ステップを踏み、ステファンに支えられてターンを回る。
サラの想いは、過去へ飛躍する。
ピンクがかった紫にライトアップされた舞踏会のダンスホール。
真紅の絨毯が敷かれ、オーケストラが優雅に演奏する。
純白のドレスに白いカサブランカの髪飾りをつけ、愛する人に身も心も何もかも委ね、幸せに浸りながら踊ったあの時。
『Alles Walzer!(みんなワルツを!)』
胸が高鳴り、高揚し、ときめく。
まさに今、サラの胸に同じ想いが去来する。
毎晩のように思いを馳せ、恋い焦がれたステファンが目の前にいて、自分と今踊っていることがまるで夢のようだと感じた。周囲には大勢の好奇の視線が寄せられているのに、アイザックや両親のことさえ忘れ、自分がステファンとふたりきりの世界にいる錯覚に陥った。
これが、夢ならいいのに。
永遠に醒めることのない夢なら、どんなにいいでしょう……
サラは、ステファンの麗しい横顔を見つめた。
だが、これが夢ではないと分かっている。
この手が離れれば、魔法は解けてしまうのだ。
ステファンは、どうして突然現れたのですか。
何が、目的なのですか。
私に復讐するためですか?
私を陥れるためですか?
そのために、私の元に現れたのですか。
それでも、いい。
あなたが、生きていた。
もう一度、名前を呼んでくれた。
こうして、踊ってくれている。
ーーたとえステファンの心の中に自分への深い憎悪があったとしても、サラは幸せだと思えた。
ステファンは目を細めてサラを見つめると、彼女の耳元でそっと囁いた。
「サラ……貴女は、どうして私が現れたのか分かりますか?」
サラの胸がきつく絞られる。
「……復讐、するためですか?」
すると、ステファンが愉しそうに笑った。
「復讐、ですか。確かに、私は……復讐しようとしているのかもしれませんね」
「ッッ!!」
サラの全身が一気に冷たくなり、震えが走る。
「怖いですか?」
「怖い……ですが、私は……ステファンに恨まれても仕方のないことをしました。貴方を裏切り、見捨てたのです」
ステファンがくるりとターンし、サラの腕を伸ばして腰を曲げる。ふたりの距離がぐっと近づく。
「貴女は何も、分かっていませんね」
再び姿勢が戻される。
いったい、どういう意味ですか……
混乱に陥るサラに、ステファンが囁く。
「私は、愛しい貴女を再びこの手に取り戻すために、現れたのですよ」
ステファンの言葉に、サラが大きく瞳を見開いた。
ステファン……本気、なのですか?
胸の中に一気に歓びが押し寄せる。今すぐにでもステファンの胸の中に飛び込みたい衝動が突き上がる。
けれど……ぎりぎりのところで、サラは留まった。
「けれど……私たちは……」
最後まで言い切ることはできなかった。
姪と叔父の関係。
何度もステファンの元へ行こうとしても出来なかったのは、この壁を乗り越えることができなかったからだ。
「もし私が、ピアニストとしての名声も、貴女も、両方手に入れてみせると言ったら……どうしますか」
え……
それって、どういうことですか!?
サラがステファンを見上げると、ちょうど演奏が終わったところだった。ステファンが恭しくお辞儀をし、サラも慌ててお辞儀を返す。
サラをエスコートしてアイザックと両親の元へと戻ってきたステファンが、それぞれに封筒を渡した。
「これは、私のピアニスト復帰コンサートのチケットです。VIP席をご用意いたしましたので、ぜひいらしてください」
ステファンの声を聞き、取材陣が騒めいた。
「それはいつ、どこで行われるのですか!?」
「今までどこにいたのですか?」
「どうして長い間、行方をくらましていたのですか!?」
「詳しくは明日、会見の場を設けますので、その時にでも」
尋ねてきた取材陣に一言述べた後、ステファンは優麗な笑みをサラに浮かべた。
「では、またお会いしましょう」
ステファンは、サラの心を奪ったまま去っていった。
サラの心は、未だ夢の中にいるようにふわふわしていた。けれどサラの皮膚にはステファンの熱が残り、彼の残り香が甘く酔わせ、切ない疼きを齎す。それは、久しぶりに感じる甘い痛みだった。
先程のステファンの言葉が、鐘のようにこだまする。
ピアニストしての名声も、私も、手に入れる……だなんて。
そ、んなこと……出来るはず、ないのに……
意味深なステファンの言葉が、サラの胸を騒つかせた。
0
あなたにおすすめの小説
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
モヒート・モスキート・モヒート
片喰 一歌
恋愛
主人公・翠には気になるヒトがいた。行きつけのバーでたまに見かけるふくよかで妖艶な美女だ。
毎回別の男性と同伴している彼女だったが、その日はなぜか女性である翠に話しかけてきた。
紅と名乗った彼女は男性より女性が好きらしく、独り寝が嫌いだと言い、翠にワンナイトの誘いをかける。
根負けした翠は紅の誘いに応じたが、暑い盛りと自宅のエアコンの故障が重なってしまっていた事もあり、翠はそれ以降も紅の家に頻繁に涼みに行くようになる。
しかし、妙な事に翠は紅の家にいるときにだけ耐え難い睡魔に襲われる。
おまけに、ほとんど気絶と言って言い眠りから目覚めると、首筋には身に覚えのないキスマークのような傷が付いている。
犯人候補は一人しかいない。
問い詰められた紅はあっさり容疑を認めるが、その行動の背景には翠も予想だにしなかった事情があって……!?
途中まで恋と同時に謎が展開しますが、メインはあくまで恋愛です。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる