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破門宣告
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今朝、美姫が起きるとリビングルームには桐箱が置いてあった。
蓋を開け、中のたとう紙を開くと、そこには紅赤を基色として、緋色や淡黄色、辛子色、濃藍で彩られた桜や椿が散りばめられ、砥粉色の笹の葉が舞い、裾は墨色の川に月白色の星が輝く、目にも鮮やかな振袖が収められていた。
「秀一さん、これ......用意したんですか?」
「えぇ、今日の為に。本当は美姫の成人式に出席する際の着物として差し上げたかったのですが、それは兄様たちが用意するでしょうから、新年の着物として美姫に着て頂こうと思いまして」
確かに、成人式の着物はお父様とお母様が張り切って準備してくれそう。
秀一さんが見立ててくれた着物を成人式に着ていくことは出来ないけれど、こうして今着られるなんて、嬉しい。
そう考えた後で、美姫は心が重くなるのを感じた。
成人式では......大和にも会うことになるんだよね。
本来は地元の小学校または公民館で行われる成人式に出席するが、美姫が通っていた青海学園では毎年学園の卒業生を招いて盛大に成人式が行われる。
幼稚舎から学園に通い、地元との繋がりを全く持たない者だけでなく、中学や高校からの編入組もこちらの成人式に出席する者が殆どだった。なぜなら、この成人式は櫻井財閥所有のホテルの豪華なパーティールームで行われ、学園出身の著名人が呼ばれて講演を行ったり、成人式の後には豪勢な料理が振舞われるからだ。
幼稚舎から高等部までを学園で過ごした美姫が、誰も知り合いのいない地元主催の成人式に出席したいなどと言えば、両親に不審がられることは間違いない。
それに、薫子や悠もいるし、他の友達だっている......出席しないわけには、いかないよね。
「どうしました、美姫?」
振袖を手に、俯いたままの美姫に秀一が声をかけた。
「い、いえ。あまりに綺麗な振袖なんで見惚れてしまいました...
では、着替えてきますね......」
秀一の不審な視線を感じつつも、美姫は桐箱と衣装一式の入った箱をベッドルームへと運び込み、扉を閉めた。
ベッドルームに入り、衣装箱から足袋、肌襦袢、長襦袢、腰紐、帯...と次々に出して並べていった。
化粧台の前に立つ。
成人式のことは、今は考えても仕方ない。
足袋を履き、肌襦袢をつけ、腰紐を結ぶ。
明日にはここを発って日本に帰るんだから、最後の日を楽しもう......
長襦袢を後ろから肩に掛けて袖を通し、衿先を合わせる。
日本に帰るのは、怖いけど......
両衿を持って中心で合わせ、胸の下で腰紐をきつく締めた。
秀一さんが傍にいれば、大丈夫。
伊達締めを指先で引っ掛けて取り、前から後ろに回して交差させる。
何があっても、怖くない。
伊達締めを結ぶと、桐箱から着物を取り出した。
着物を着ると、背筋が真っ直ぐに伸び、気持ちまで引き締まるような思いがした。昨夜の激しい戯れで十分な睡眠が取れていなかった躰に、清涼飲料水が流れ込んできたかのような清々しさを感じた。
「秀一さん、どうですか?」
遠慮がちに掛けられた美姫の声に、秀一はピアノを弾いていた指先を止めて、顔を上げる。
美姫が頬を薄紅色に染め、着物の袖を指で軽く折り曲げて握りしめ、開いて見せた。
「美しい。貴女の花のような明るさと華やかさが表れているかのようです」
久しぶりに見る着物姿の美姫を目の前にし、秀一は目を細めた。
以前はどこか『着られている』ような印象を与えた美姫の着物姿が今はしっくりと合い、内側から大人の色香さえも漂わせている。
秀一の口からは思わず溜息が溢れた。
蓋を開け、中のたとう紙を開くと、そこには紅赤を基色として、緋色や淡黄色、辛子色、濃藍で彩られた桜や椿が散りばめられ、砥粉色の笹の葉が舞い、裾は墨色の川に月白色の星が輝く、目にも鮮やかな振袖が収められていた。
「秀一さん、これ......用意したんですか?」
「えぇ、今日の為に。本当は美姫の成人式に出席する際の着物として差し上げたかったのですが、それは兄様たちが用意するでしょうから、新年の着物として美姫に着て頂こうと思いまして」
確かに、成人式の着物はお父様とお母様が張り切って準備してくれそう。
秀一さんが見立ててくれた着物を成人式に着ていくことは出来ないけれど、こうして今着られるなんて、嬉しい。
そう考えた後で、美姫は心が重くなるのを感じた。
成人式では......大和にも会うことになるんだよね。
本来は地元の小学校または公民館で行われる成人式に出席するが、美姫が通っていた青海学園では毎年学園の卒業生を招いて盛大に成人式が行われる。
幼稚舎から学園に通い、地元との繋がりを全く持たない者だけでなく、中学や高校からの編入組もこちらの成人式に出席する者が殆どだった。なぜなら、この成人式は櫻井財閥所有のホテルの豪華なパーティールームで行われ、学園出身の著名人が呼ばれて講演を行ったり、成人式の後には豪勢な料理が振舞われるからだ。
幼稚舎から高等部までを学園で過ごした美姫が、誰も知り合いのいない地元主催の成人式に出席したいなどと言えば、両親に不審がられることは間違いない。
それに、薫子や悠もいるし、他の友達だっている......出席しないわけには、いかないよね。
「どうしました、美姫?」
振袖を手に、俯いたままの美姫に秀一が声をかけた。
「い、いえ。あまりに綺麗な振袖なんで見惚れてしまいました...
では、着替えてきますね......」
秀一の不審な視線を感じつつも、美姫は桐箱と衣装一式の入った箱をベッドルームへと運び込み、扉を閉めた。
ベッドルームに入り、衣装箱から足袋、肌襦袢、長襦袢、腰紐、帯...と次々に出して並べていった。
化粧台の前に立つ。
成人式のことは、今は考えても仕方ない。
足袋を履き、肌襦袢をつけ、腰紐を結ぶ。
明日にはここを発って日本に帰るんだから、最後の日を楽しもう......
長襦袢を後ろから肩に掛けて袖を通し、衿先を合わせる。
日本に帰るのは、怖いけど......
両衿を持って中心で合わせ、胸の下で腰紐をきつく締めた。
秀一さんが傍にいれば、大丈夫。
伊達締めを指先で引っ掛けて取り、前から後ろに回して交差させる。
何があっても、怖くない。
伊達締めを結ぶと、桐箱から着物を取り出した。
着物を着ると、背筋が真っ直ぐに伸び、気持ちまで引き締まるような思いがした。昨夜の激しい戯れで十分な睡眠が取れていなかった躰に、清涼飲料水が流れ込んできたかのような清々しさを感じた。
「秀一さん、どうですか?」
遠慮がちに掛けられた美姫の声に、秀一はピアノを弾いていた指先を止めて、顔を上げる。
美姫が頬を薄紅色に染め、着物の袖を指で軽く折り曲げて握りしめ、開いて見せた。
「美しい。貴女の花のような明るさと華やかさが表れているかのようです」
久しぶりに見る着物姿の美姫を目の前にし、秀一は目を細めた。
以前はどこか『着られている』ような印象を与えた美姫の着物姿が今はしっくりと合い、内側から大人の色香さえも漂わせている。
秀一の口からは思わず溜息が溢れた。
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