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崩れゆく世界

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 元々食が細い秀一と、すっかり食欲を失ってしまった美姫は食べる量が多いわけではないが、それでも朝・昼・晩とふたりで毎日食事をしていれば、確実に食料は減る。

 なるべく節約して食材を使っていたものの、10日経ち、ついに食料が底をついてしまった。

「毎回私たちが食材を購入するために街へおりては、見つかる危険が高まります。これからスマホの電波の届くところまで運転し、管理人に連絡して毎週食材を届けてもらうように話をつけます」

 秀一の提案に、美姫は頷いた。

 ログハウスに辿り着いて以来、ふたりはここから一歩も出ることがなかった。いや、それどころか殆どの時間を寝室で過ごしていた。

 扉を開けた途端、外の空気に触れ、陽の光を感じ、その眩しさに美姫は目を瞬いた。

 林に囲まれた雪に覆われたログハウス。
 埃を被った小さな電灯。
 ルーフに雪の積もる黒いセダン。

 ここに来た時とさほど変わらない景色のはずなのに、どこか歪んで目に映り、違和感を覚える。

 昨夜の秀一の狂気を経験した後では、尚更そう感じた。

 朝起きた時、秀一は何事もなかったかのように優しく美姫に接してくれた。だからと言って、美姫には昨夜の記憶を消し、何もなかったことにするなど出来なかった。

 ピアノルームは再び施錠され、鍵は捨てられた。
 秀一の狂気が、いつまた呼び覚まされるとも限らない。

 けれど、秀一とここで暮らしていかなくてはならないのだ。美姫は、秀一のするがままに従うことにした。
 
「さ、行きましょう」

 車の助手席を開けて促す秀一に、美姫は小さく頷くと歩き出した。

 雪の深くなった獣道を激しく車体を揺らされながら通り抜け、何度も急カーブの続く山道を走っていく。

 昨夜あまり眠れてないこともあり、美姫は車酔いし、気分が悪くなってきた。無言で顔を青ざめていると、秀一が気遣うように声を掛けた。

「ここを抜けた先にコンビニエンスストアがありますので、それまで耐えられますか」
「......はい」

 美姫は手を口に当て、力なく秀一に答えた。

 田舎道にポツンと建つ一軒のコンビニを見つけ、秀一はそこの駐車場に停車した。関東では見かけたことのないコンビニで、個人で経営しているものらしかった。

 秀一も一緒に降りようとしたが、美姫はそれを制した。

「秀一さんは目立ちますので、ここで待っていてもらえますか。
 ついでに、今日の分のご飯も買ってきます」

 秀一は、心配そうに美姫を見つめた。車酔いして気分が悪くなっている美姫をひとりで行かせたくない気持ちはあったが、これからふたりが見つかるかもしれないリスクを自ら説いたばかりでもある。

 諦めたように息を吐き、美姫の手を握った。

「分かりました。
 私はここで待っていますので、気をつけて行ってきて下さい」
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