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癒えぬ悲しみ
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大和が医師から受け取った死亡診断書を手に誠一郎の遺体を乗せた寝台車にて彼らの家に着いた時、出迎えてくれたのは瀬戸だった。
葬儀社のスタッフは、慣れた手付きで手早く遺体を仏間に運んだ。事前に瀬戸が準備してくれていた敷布団の上に遺体を横たわらせ、敷布を掛け、顔の上に白布を被せる。
手際よく枕飾り等の準備を進め、焼香した。
凛子は部屋から出てこなかったが、リビングにいた美姫は仏間へと頼りない足取りで向かい、父の遺体の前にへたりこんだ。抜け殻になってしまった美姫をリビングから苦しげに見つめていた大和は、同じくリビングで忙しく動き回っていた瀬戸に声を掛けた。
「あれから二人、どうでした?」
瀬戸は、力なく首を振った。
「奥様は部屋に閉じ籠ったきり。美姫さんは……こんな風に、ずっとぼんやりとしていました。
食事も食べていません」
「そうですか……」
大和は溜息を吐いた。
美姫がこうなることは予想できたが、いつも気丈でしっかりした凛子がこんな風になるとは思いもしなかった。それだけ夫の誠一郎を深く愛していたのだと思うと、胸が痛む一方、羨ましくもあった。
妻である凛子がこのような状態なので、喪主は大和が務めることにした。それを聞いた瀬戸は誠一郎の部屋へ赴き、戻ってきた時には分厚いファイルを手にしていた。
「これ、会長から亡くなった時に喪主に渡すように頼まれていた、終活ファイルです」
受け取った大和は、その重さにも驚いたが、葬儀に関することが全て網羅されているファイルを捲り、また驚いた。
そこには葬儀に関する希望や個人葬と社葬についての段取り、仕事関係や親戚、友人の連絡先等が詳細に記載されていた。また、事前に撮影された遺影写真も挟まれていた。
来栖家には先祖代々の立派な墓が都内にあるのだが、誠一郎はその墓に入ることは希望せず、自分の為に新たな墓を購入していた。
「大和さんが喪主になって下さってよかったです。会長は、自分が死んだ時にこれらのことを生前から着々と準備していたことを奥様が知ったら、心を痛められるかもしれないと心配していましたから」
瀬戸の言葉に、大和も頷いた。
その時、インターホンが鳴った。
「俺が出ます」
大和は瀬戸に声を掛け、玄関へ向かった。扉を開けると、そこに立っていたのは秘書の村田だった。
「この、度は……誠に、ご愁傷様でございます。しゃ……会長のご逝去、残念でなりません……」
「村田さん、わざわざ来て下さったんですか」
村田は唇を噛み締めてから、大和を見上げた。
「実は、生前から会長が亡くなった際には葬儀の世話役をして欲しいと頼まれておりまして。それで、伺わせて頂きました」
リビングに現れた村田を見て、瀬戸の表情が崩れた。
「おじ……おじい、ちゃん……ッグ」
「洋平、よく頑張ったな」
村田に優しく声を掛けられ、瀬戸は右腕を両目に当て、肩を震わせた。そんな孫を苦しげに見つめ、そっと村田が瀬戸の頭を撫でる。
先程まで誰よりも落ち着いてしっかりしていたように見えた瀬戸の姿を見て、彼もまた誠一郎を失った悲しみを抱えていたのだと感じ、大和の胸が絞られた。
瀬戸の頭を撫でる村田の手は、小さく震えていた。この家全体を、悲しみが覆い尽くしていた。
誠一郎が準備してくれていた終活ファイルのお陰で、葬儀社との打ち合わせは滞りなく進んだ。
村田が世話役として葬儀に呼ぶ弔問客への案内状を送ってくれることになり、受付や会計、接待、僧侶案内役なども既に会社の人間から決めてくれていたので、大和の喪主としての負担はだいぶ軽減された。そんな誠一郎の心遣いに、大和はまた感謝の念が深まった。
菩提寺からの僧侶に来てもらうのは明日になり、その時に納棺して葬儀場へ運ぶことになった。今夜一晩、誠一郎はこの家で最期の夜を家族と共に過ごす。
美姫だけでなく、大和も、そして瀬戸もここに泊まることになった。
美姫は誠一郎の仏間から離れようとせず、物言わぬ遺体となった父の顔の上に被せられた白布をずっと眺めていた。
長い、一夜だった。
葬儀社のスタッフは、慣れた手付きで手早く遺体を仏間に運んだ。事前に瀬戸が準備してくれていた敷布団の上に遺体を横たわらせ、敷布を掛け、顔の上に白布を被せる。
手際よく枕飾り等の準備を進め、焼香した。
凛子は部屋から出てこなかったが、リビングにいた美姫は仏間へと頼りない足取りで向かい、父の遺体の前にへたりこんだ。抜け殻になってしまった美姫をリビングから苦しげに見つめていた大和は、同じくリビングで忙しく動き回っていた瀬戸に声を掛けた。
「あれから二人、どうでした?」
瀬戸は、力なく首を振った。
「奥様は部屋に閉じ籠ったきり。美姫さんは……こんな風に、ずっとぼんやりとしていました。
食事も食べていません」
「そうですか……」
大和は溜息を吐いた。
美姫がこうなることは予想できたが、いつも気丈でしっかりした凛子がこんな風になるとは思いもしなかった。それだけ夫の誠一郎を深く愛していたのだと思うと、胸が痛む一方、羨ましくもあった。
妻である凛子がこのような状態なので、喪主は大和が務めることにした。それを聞いた瀬戸は誠一郎の部屋へ赴き、戻ってきた時には分厚いファイルを手にしていた。
「これ、会長から亡くなった時に喪主に渡すように頼まれていた、終活ファイルです」
受け取った大和は、その重さにも驚いたが、葬儀に関することが全て網羅されているファイルを捲り、また驚いた。
そこには葬儀に関する希望や個人葬と社葬についての段取り、仕事関係や親戚、友人の連絡先等が詳細に記載されていた。また、事前に撮影された遺影写真も挟まれていた。
来栖家には先祖代々の立派な墓が都内にあるのだが、誠一郎はその墓に入ることは希望せず、自分の為に新たな墓を購入していた。
「大和さんが喪主になって下さってよかったです。会長は、自分が死んだ時にこれらのことを生前から着々と準備していたことを奥様が知ったら、心を痛められるかもしれないと心配していましたから」
瀬戸の言葉に、大和も頷いた。
その時、インターホンが鳴った。
「俺が出ます」
大和は瀬戸に声を掛け、玄関へ向かった。扉を開けると、そこに立っていたのは秘書の村田だった。
「この、度は……誠に、ご愁傷様でございます。しゃ……会長のご逝去、残念でなりません……」
「村田さん、わざわざ来て下さったんですか」
村田は唇を噛み締めてから、大和を見上げた。
「実は、生前から会長が亡くなった際には葬儀の世話役をして欲しいと頼まれておりまして。それで、伺わせて頂きました」
リビングに現れた村田を見て、瀬戸の表情が崩れた。
「おじ……おじい、ちゃん……ッグ」
「洋平、よく頑張ったな」
村田に優しく声を掛けられ、瀬戸は右腕を両目に当て、肩を震わせた。そんな孫を苦しげに見つめ、そっと村田が瀬戸の頭を撫でる。
先程まで誰よりも落ち着いてしっかりしていたように見えた瀬戸の姿を見て、彼もまた誠一郎を失った悲しみを抱えていたのだと感じ、大和の胸が絞られた。
瀬戸の頭を撫でる村田の手は、小さく震えていた。この家全体を、悲しみが覆い尽くしていた。
誠一郎が準備してくれていた終活ファイルのお陰で、葬儀社との打ち合わせは滞りなく進んだ。
村田が世話役として葬儀に呼ぶ弔問客への案内状を送ってくれることになり、受付や会計、接待、僧侶案内役なども既に会社の人間から決めてくれていたので、大和の喪主としての負担はだいぶ軽減された。そんな誠一郎の心遣いに、大和はまた感謝の念が深まった。
菩提寺からの僧侶に来てもらうのは明日になり、その時に納棺して葬儀場へ運ぶことになった。今夜一晩、誠一郎はこの家で最期の夜を家族と共に過ごす。
美姫だけでなく、大和も、そして瀬戸もここに泊まることになった。
美姫は誠一郎の仏間から離れようとせず、物言わぬ遺体となった父の顔の上に被せられた白布をずっと眺めていた。
長い、一夜だった。
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