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崩壊
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視界から消えていく直貴を、呆然と見つめる。夢でも見ているかのように、頭がこれは現実だと認識してくれなかった。
ドスッと鈍い音が響き、ようやく我に返った僕は、おそるおそるベランダから下を覗き込んだ。
「直貴っっ!!」
幸い直貴は自転車置き場の布製の屋根の上に落ち、そこから芝生の上に落ちたようだった。屋根は大きく形を変えてしなり、その横の芝生に小さく直貴の姿が見える。
裸足のまま部屋を飛び出し、階段を転げるようにして下り、直貴の倒れている元へ向かった。
直貴……なんてバカなことを!!
「直貴!!直貴!!」
必死で呼びかけると、直貴は小さく呻いた。あちこちにぶつかった時の擦り傷が出来て血が出ているものの、3階から落ちたと思えないほど、軽傷のように見えた。
良かった……意識がある。
胸が熱くなりながらも、僕はなんとか気持ちを落ち着かせ、スマホを手にすると救急車を呼んだ。
「大丈夫。すぐに救急車来るから……絶対に、助かるから……」
祈りながら声を掛けた僕に、直貴の声が掠れながら囁いた。
「僕、は……生き、てちゃ……ダメ、なんだ……」
救急車が到着すると、すぐさま直貴はストレッチャーに乗せられた。
病院に到着すると、手術室へと運ばれていく。
奇跡的に脚は擦り傷で済んだが、自転車の屋根に落ちた際に腕を打撲していた。それでも、運がいいとしかいいようがない。もちろんその場で入院することになったが、まだ未成年の僕では入院手続きは出来ない。
仕方なく幸田を呼ぶと、内緒にしておいて欲しいと頼んだにも関わらず、お祖父様まで来てしまった。
杖で躰を支えているものの、まだ足取りはそこまで弱々しくない。頭のてっぺんが薄くなった白髪に太い白眉毛をつり上げ、ハゲタカのような形相だ。
「一体、どういうことだ!?」
「転落事故だよ」
そう説明したものの、お祖父様がそれで納得するわけがない。
幸田は、僕たちが大学に入学してから全く大学に通っていないことや、世話係に任命されたはずの直貴は何もせず、僕が勝手に分家の使用人を雇って家事をやらせていることなどを事細かに報告した。
あぁ、さすがにお祖父様の執事だけあって優秀だ。
「お前たちは大学も行かんと、毎日何をしておったのだ!!」
お祖父様の怒り心頭だ。まぁね、お金出しているのはお祖父様だし、怒る権利はあるよね。
そこへ、担当の医師が顔を出した。医師は直貴の状態を説明した後、少し口を濁すようにして訊ねた。
「松ノ内さんの躰にはかなり昔につけられたと思われる痣や腕に多くのリストカットがあり、虐待されていた疑いがあります。もしそれが明らかになれば、私どもは義務として警察に報告しなければなりません」
「なんじゃと!?」
お祖父様は絶句した。
ね、晴天の霹靂って顔してる。
叔母さんは金ヅルであるお祖父様の前では猫かぶってたから、いつも弱々しい態度を見せていた。虫も殺せないような顔して、ほんとは自分の息子を散々痛めつけてたなんて、お祖父様は夢にも思ってなかったんだ。
僕は、何も知らないお祖父様の代わりに答えてあげた。
「直貴は、幼い頃から母親からの虐待を受けてたよ。特に、夫である貴之叔父さんが家を出てからは酷くなって、それは直貴が大きくなってもずっと続いていたんだ」
「お、前……ずっと、知っていたのか!?」
お祖父様は目を見開いて僕を凝視した。
「直貴は、自分の母親が悪魔だってことを誰にも知られたくなかったんだ。お祖父様には、特にね。
そんなことをしたら、追い出されてしまうから」
「そ、そんな……」
お祖父様の杖がカクンと崩れ、床にへなへなと座り込んだ。
どうしよう、相当ショックだったみたいだ。そんなんで心臓発作起こすようなタマじゃないとは思うけど。
「だから僕は、直貴といつも一緒に行動し、高等部に入ってからは学生寮に入ることにしたんだよ。悪魔から、直貴を守るためにね」
「直貴……直貴が……そんな、目に……」
「あんな酷い女でも、直貴にとっては愛する母親みたい。直貴は、母親が亡くなって自由になったにも関わらず、自責の念に苦しみ、自殺衝動に駆られてた。
そして、僕が目を離した隙にベランダの手摺から飛び降りてしまったんだ……」
僕は視界から消えていく直貴を思い出し、身震いした。
「直貴には、僕が必要なんです。
お願いです。直貴が二度と自殺未遂しないように、今度はちゃんと見張ってますから、ずっと彼の傍にいさせて下さい」
僕はいつもとは違って丁寧な口調で、初めてお祖父様に頭を下げてお願いした。
ドスッと鈍い音が響き、ようやく我に返った僕は、おそるおそるベランダから下を覗き込んだ。
「直貴っっ!!」
幸い直貴は自転車置き場の布製の屋根の上に落ち、そこから芝生の上に落ちたようだった。屋根は大きく形を変えてしなり、その横の芝生に小さく直貴の姿が見える。
裸足のまま部屋を飛び出し、階段を転げるようにして下り、直貴の倒れている元へ向かった。
直貴……なんてバカなことを!!
「直貴!!直貴!!」
必死で呼びかけると、直貴は小さく呻いた。あちこちにぶつかった時の擦り傷が出来て血が出ているものの、3階から落ちたと思えないほど、軽傷のように見えた。
良かった……意識がある。
胸が熱くなりながらも、僕はなんとか気持ちを落ち着かせ、スマホを手にすると救急車を呼んだ。
「大丈夫。すぐに救急車来るから……絶対に、助かるから……」
祈りながら声を掛けた僕に、直貴の声が掠れながら囁いた。
「僕、は……生き、てちゃ……ダメ、なんだ……」
救急車が到着すると、すぐさま直貴はストレッチャーに乗せられた。
病院に到着すると、手術室へと運ばれていく。
奇跡的に脚は擦り傷で済んだが、自転車の屋根に落ちた際に腕を打撲していた。それでも、運がいいとしかいいようがない。もちろんその場で入院することになったが、まだ未成年の僕では入院手続きは出来ない。
仕方なく幸田を呼ぶと、内緒にしておいて欲しいと頼んだにも関わらず、お祖父様まで来てしまった。
杖で躰を支えているものの、まだ足取りはそこまで弱々しくない。頭のてっぺんが薄くなった白髪に太い白眉毛をつり上げ、ハゲタカのような形相だ。
「一体、どういうことだ!?」
「転落事故だよ」
そう説明したものの、お祖父様がそれで納得するわけがない。
幸田は、僕たちが大学に入学してから全く大学に通っていないことや、世話係に任命されたはずの直貴は何もせず、僕が勝手に分家の使用人を雇って家事をやらせていることなどを事細かに報告した。
あぁ、さすがにお祖父様の執事だけあって優秀だ。
「お前たちは大学も行かんと、毎日何をしておったのだ!!」
お祖父様の怒り心頭だ。まぁね、お金出しているのはお祖父様だし、怒る権利はあるよね。
そこへ、担当の医師が顔を出した。医師は直貴の状態を説明した後、少し口を濁すようにして訊ねた。
「松ノ内さんの躰にはかなり昔につけられたと思われる痣や腕に多くのリストカットがあり、虐待されていた疑いがあります。もしそれが明らかになれば、私どもは義務として警察に報告しなければなりません」
「なんじゃと!?」
お祖父様は絶句した。
ね、晴天の霹靂って顔してる。
叔母さんは金ヅルであるお祖父様の前では猫かぶってたから、いつも弱々しい態度を見せていた。虫も殺せないような顔して、ほんとは自分の息子を散々痛めつけてたなんて、お祖父様は夢にも思ってなかったんだ。
僕は、何も知らないお祖父様の代わりに答えてあげた。
「直貴は、幼い頃から母親からの虐待を受けてたよ。特に、夫である貴之叔父さんが家を出てからは酷くなって、それは直貴が大きくなってもずっと続いていたんだ」
「お、前……ずっと、知っていたのか!?」
お祖父様は目を見開いて僕を凝視した。
「直貴は、自分の母親が悪魔だってことを誰にも知られたくなかったんだ。お祖父様には、特にね。
そんなことをしたら、追い出されてしまうから」
「そ、そんな……」
お祖父様の杖がカクンと崩れ、床にへなへなと座り込んだ。
どうしよう、相当ショックだったみたいだ。そんなんで心臓発作起こすようなタマじゃないとは思うけど。
「だから僕は、直貴といつも一緒に行動し、高等部に入ってからは学生寮に入ることにしたんだよ。悪魔から、直貴を守るためにね」
「直貴……直貴が……そんな、目に……」
「あんな酷い女でも、直貴にとっては愛する母親みたい。直貴は、母親が亡くなって自由になったにも関わらず、自責の念に苦しみ、自殺衝動に駆られてた。
そして、僕が目を離した隙にベランダの手摺から飛び降りてしまったんだ……」
僕は視界から消えていく直貴を思い出し、身震いした。
「直貴には、僕が必要なんです。
お願いです。直貴が二度と自殺未遂しないように、今度はちゃんと見張ってますから、ずっと彼の傍にいさせて下さい」
僕はいつもとは違って丁寧な口調で、初めてお祖父様に頭を下げてお願いした。
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