裏切りの魔男

takupon

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指名手配編

異世界いつでも命懸け

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「決まった場所にはいないんだよそれが!それとなく歩いてたらいるって!」

申し訳なさそうにした後に、すぐさま切り替えにこやかになるキルア。
桜とキルアは今依頼・・・業界用語で言うクエストで森に来ている。新米冒険者の最初の難関、ゴブリン退治に来たのだ。本当ならこのクエストはE級からなのだが、キルアの同伴ということでゴリ押しで受けた。
先を歩くキルラを見つめていると、視線に気づいたキルラが、

「桜が一人でゴブリン退治に行ったら返り討ちに合うからね!私が居ないと何もできないんだよ!」

「ゴブリンってそんなに強いのか?」

「D級でも不意打ちでよく死人が出るぐらいかな~」

「何だそりゃ!テンプレモンスターの癖に強すぎだろ!」

「だから逸れないようにね。ここはまだ浅いから大丈夫だけど、奥に入ると二度と戻れなくなるっていう逸話があるからね」

「王都危険いっぱいだな!びっくり箱かよ」

「逸れないようにお姉さんにが手を繋ごうか?」

横に並ぶと、キルラが彼方の手を掴もうとする。

「迷子になるかっ」

手を払い、気を紛らすように先を行く。かなりの速度で。

「まっ、待ってよ!」

桜に追いつき横に並ぶキルラは眩しいぐらいの笑顔であった。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





走る。ただ只管走る。



「はっはっ、逸れたぁぁぁぁっっっ!!」



結論を言おう、彼方は方向音痴に自分勝手がプラスされた猛者が故に逸れてしまった。毎回飽きないものだ。
しかし、今回は彼方だけのせいとは言い難い。

「やばいやばいやばいやばいぞ!キルラ何処行った?!ゴブリン何処行った?!」

彼方とキルラは最初に一匹のゴブリンに出会ったことから逸れてしまう。二対一で逃げ出したゴブリンをキルラが追いかけ、それを彼方が追いかけてこうなってしまった。
キルラとゴブリンは姿を消し、彼方は途方にくれる。

「森って言うか、樹海じゃねぇーかこれ」

視界に映るのは彼方を見下ろす樹木と生い茂った雑木だけ。キルラは何処にも居ない。
 


『ギギッギギギ』



直ぐそばから聞こえてくるのは奇妙な鳴き声。
彼方は慌てて木の根元に隠れる。人が一人分入れるぐらいの空洞だ。外から見れば見るからに隠れていそうな場所だが桜は気づかない。
息を殺しその場をやり過ごす。

――――ドタドタドタ。

足音が近づいてくる。
すると、



『グギギッ!』



足音が止まる、目の前でだ。鳴き声と足音からして一匹だけだ。
彼方は涙ぐむのを必死にこらえる。尋常じゃない汗が噴き出ていく。
口を押え音を漏らさないように耐える。
にも関わらず、



『グギャギャギャギャッッ!!』



脚を捕まれる。
彼方を嘲笑うように、異様な音を鳴らす。
全身の身の毛がよだつ。
彼方を根元から引きずり出し、軽々と持ち上げる。抵抗するのも恐くて仕方がない。
涙でぼやける先には、片手にまん丸い棍棒を持ったゴブリンが立っていた。





『『『グギギギギギギギギギギギッッ』』』




そこに、これ以上の災難が降って来る。
身体が反転している彼方の近くに、他のゴブリンが寄って来たのだ。

『グギャギャ』

桜を持ち上げているゴブリンは号令を掛けるように、辺りのゴブリンに唾を飛ばす。
その号令に反応を示したゴブリンがわらわらと集まって来る。
念話(テレパシー)で内容を聞くことも出来たが、彼方の頭では逃げ出すことしか考えられていなかった。
掴まれてない右脚でゴブリンを蹴るが、腹を殴られ黙らせられる。
ゴブリンは静かになった彼方を、木に投げつける。



「……ごふっっ!!」



直ぐに殺さないのは痛めつけて楽しんでいるのだろうか。
それともられるのだろうか。
彼方はキルラとの会話を思い出す。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





「ゴブリンって人間にとってどんな害があんだ?」

ギルドを出たところで彼方が森までの話題を出す。
すると、キルラは表情を歪め、

「ん〜、そうだね。……今からゴブリンを倒しに行く訳だし知っといた方がいいかもね」

嫌そうな顔をしながらもそう呟く。

「ゴブリンはね、女の子を連れ去って子どもを産ませるんだよ」

腕をクロスさせ、震えるポーズを取るキルラ。内容を聞かず外見だけ見ると非常に可愛い。
すると今度は彼方が嫌そうな顔をする。

「あんま人間とやること変わらねぇじゃんか。人間を主食にしてるとかならモンスターらしいのに」

「これは女の子の格好をしている桜にも関係することなんだからね?!桜に子どもが出来たら生活費がもっとかかるの!」

「えっそこ?!もっと心配するところあるだろ」

キルラは表では明るく振舞っているが、裏では桜を非常に心配していた。
ゴブリン退治を選んだのはキルラなのに……矛盾だ。

「まぁ危うくなったらキルラに……貰った長剣ロングソードに頼るわ」

「なんだ〜、私に助けてもらうのかと思ったよ!ちょっと期待したのに!」

嘘である。本当凄く期待していた。

「女子に助けてもらうとか男のプライドが許さねぇんだよ」

「自慢気に言っても結局頼るのは私が買ってあげたものじゃんか!」

「それとこれとは話が別だ!大体なぁ―――」





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





回想はそこで途切れる。
瀕死の状態で思い出したのは、たわいのない会話だった。それでもあの時間が楽しかったことは覚えている。
彼方は周りにいるゴブリンから眼を離さず、腰に携えれている長剣ロングソードを掴もうとする。
しかし、

「あぁぁ!」

木にぶつかった衝撃で鞘から飛び出したのだ。
ゴブリンから離れていた絶好の機会は呆気なく終わってしまう。
逃げようと立ち上がるが、ゴブリンの方が速かった。
ゴブリン共は彼方を囲むと――――、










「ごげっっ……ぐがぁぁ……!!!」









――――袋叩きにする。
足を、膝を、腿を、腰を、腹を、胸を、腕を、首を、顔を。
ありとあらゆる箇所を滅多打ちにする。
身体が軋み、悲鳴を上げる。
森に彼方の悲鳴が響き渡るが、助けに来る者はやって来ない。



「うげっ……がっ!!」



猛攻は止まらず、痣だけが増えていく。
彼方は首回りと顔を必死に護り、耐え抜く。隙を見つける為に。心が折れそうになるのを堪える。



『グギャギャッ』



すると、好機が訪れる。
怒涛の追撃は彼方が生き絶える寸前で止まる。ゴブリンの意志で生かされたのだ。
ゴブリンの集中攻撃が止んだ瞬間、桜は魔力を解放する。





「【黒箱ブラックボックス】ッッッ!!!!」





辺りにいる全てのゴブリンを黒い靄が包む。
桜と一番距離が近かったゴブリンは、桜が居るであろう場所に狙いを定め棍棒を振り下ろす。
棍棒に重みが感じられる。ヒットしたのだ。


『グギギグキッ!!』


眼が見えない中、当たりを付けたゴブリンが威張り散らした声で周辺に呼びかける。
声に応じたゴブリンは先程と同じように桜を袋叩きにする。
闇の向こう側からは呻き声だけが聞こえてくる。
靄が晴れる、もう虫の息のようだ。
ゴブリン共は一旦動きを止め、桜の安否を確認する。
殺すわけにはいかない。桜にはゴブリンの子どもを産んでもらうのだ。瀕死のところで留めておき、抵抗出来ないよう弱らせておくのだ。
ゴブリンにしては良く考えられている。



『『『グギギギッッ!?』』』



ゴブリン共は開けた視界の先に驚愕する。
瀕死の状態になっていたのは桜ではなく同種であるゴブリンであった。


『『『ギャッギッギ!!!』』』


同族意識があるわけでもないゴブリンであるが、怒りが湧き出てくる。
してやられた、と。
無くなっている長剣ロングソード、足跡を続くように残る血後。
桜はあの短時間で逃げたのだ。
最初に桜を掴み上げたゴブリンが雄たけびを上げる。



『ギギギギギギギギギッッッッッ!!!』



ひと塊りに居たゴブリンは桜を探し出す為に散らばる。
無論、血後が続く方向にも。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※






足を引きずる桜の背中にゴブリンの雄たけびが届く。
どうやら気づかれたようだ。
歩くスピードを速めようとするも、脚が言うことを聞いてくれない。キルラを探した時の疲労にゴブリンにやられたダメージが加算されている。歩けるだけでも奇跡に近い。

「ちっ」

長剣ロングソードを杖代わりにし、舌打ちする。
もう片手に持っているのは、先が太くなっている棍棒だ。黒箱ブラックボックスの中、ターゲットにしたゴブリンから奪い取ったのだ。そのゴブリンは今頃、桜と間違えられボコボコにされている。咄嗟に浮かび上がった案は見事功を成した。
しかしここで浮かれていては命取りになる。油断は禁物だ。

「どっこいせっ」

長剣ロングソードを木に突き刺し柄に脚を乗せる。そこから、

「どらっしゃい!」

木の天辺まで跳躍する。並の胴体神経ではないが、桜にとっては身体中のダメージによるハンデがあろうとも余裕らしい。
魔人や騎士団の各団長程ではないが、桜も又化物だ。

「魔力使いすぎたらここに魔男がいるってバレるからな。そしたらお巡りさんが一杯来ちまう。ああぁぁっ!なんでこんなハードモードな世界に来ちまったんだよ。もっと異世界人に優しくしろよ。んっ、待てよ?この世界に魔王がいるなら神様だってぜってぇ―いるはずじゃん!見つけたら殴ってやる」

枝に腰を下ろし、独り言ちる桜。暢気である。今し方殺されかけてたのに今ではケロッとしている。
一息ついていると、地面の方から物音が聞こえてくる。
棍棒を引きずる音だ。
桜は下を見下ろし眼を細める。










――――桜は逃げていた訳ではない。寧ろりに来たのだ。
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