僕がそばにいる理由

腐男子ミルク

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第11話

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俺は外来の受付まで降りると、椅子にもたれかかっている見覚えのある男の姿を見つけた。その瞬間、心臓がバクバクと鼓動を速め、胸の奥で不安と動揺が渦巻く。深く息を吸い、意を決して彼の近くまで歩み寄った。

「…どうしてここが分かったの?」

声が震えないように気をつけたつもりだったが、自分でも微かに揺れるのが分かった。

男はゆっくりと顔を上げ、口元に薄い笑みを浮かべる。

「分かるに決まってるだろ。お前がどれだけ仕事が好きか、俺が一番知ってるんだから。いずれここに戻ってくるって確信してた。」

その言葉はどこか余裕に満ちていて、まるで俺の行動全てが彼の手の中にあるような錯覚を覚えさせた。胸の奥がざわつく。この状況にどう向き合えばいいのか分からず、俺はぎこちなく言葉を続けた。

「それで…何のためにここへ?」
「お前を連れて帰るために来たんだよ。」

彼の低く冷たい声が胸を刺した。その言葉を聞いた瞬間、背筋が凍るような感覚が押し寄せてくる。

「……嫌だ。」

小さな声で告げた拒絶の言葉に、彼は眉をひそめ、険しい表情を浮かべた。

「なんだと?」
「嫌だよ。俺はもうそっちには戻らない。…もう嫌なんだ、鳥籠の中に閉じ込められるみたいな生活なんて。何をするにも『駄目』って言われてさ、そんなの俺の人生じゃない!」

胸の奥に溜まっていた感情が、堰を切ったようにあふれ出す。震える声で必死に伝えた俺の言葉に、彼は険しい目で俺を見据えた。

「離婚届、送ったよね?あれが俺の答えだよ。」

俺がそう言い切ると、彼は静かに息を吐いた。しかし、その目の奥に宿る執着と怒りは隠しきれていなかった。

「あんな紙切れで、俺たちが終わるわけないだろうが。お前は俺の嫁だ。それは変わらないんだよ。」

低く吐き捨てるように言いながら、彼は俺の腕を強く掴んだ。

「やめてよ、離して!」

俺は思わず抵抗し、腕を振り払おうとするが、彼の力は圧倒的だった。力づくで引き寄せられ、腕に痛みが走る。

「離さない。お前は俺のものだ。俺のところに戻るんだ。」

彼の声は冷たく、容赦がなかった。周囲には受付のスタッフや患者たちがざわざわと集まり始めていたが、彼は気にする様子もなく俺を引っ張る。

「やめて!俺はもうそっちに戻らないって言ってるでしょ!」

必死に抵抗して叫ぶ俺の声が、静まり返った空気に響く。彼は一瞬だけ動きを止めたが、その手を緩めることはなかった。

「…お前は俺のものだ。絶対に離さない。」

彼の低い声には、狂気じみた執着がにじんでいた。俺の胸には恐怖が渦巻き、逃げ場のない状況に追い詰められていることを感じていた。

「離せ!」

聞き慣れた声が響いた。俺が振り返ると、そこには息を切らせた歩夢の姿があった。鋭い眼差しで光を睨みつけると、迷いのない足取りでこちらに駆け寄ってきた。

「先輩、大丈夫ですか?」

歩夢は光が掴んでいた俺の腕を乱暴に振り解き、そのまま俺の手を取って自分の胸に引き寄せた。

「何してるんですか?先輩に無理矢理なんて、最低ですよ。」
「君か。」

光は冷たく歩夢を一瞥し、鼻で笑った。

「人の嫁に手を出した、不潔な男が。」
「は?」

歩夢はあからさまに眉をひそめ、光に食ってかかった。

「俺は先輩を愛してます。ただの所有物みたいに扱ってるあんたと一緒にしないでください。」
「所有物?」

光の顔が一瞬だけ歪んだ。

「…何が愛だ。綺麗ごと言ってるが、結局お前もこいつを利用してるだけだろう。」
「違います!」

歩夢は強い口調で言い切った。

「俺は先輩を守りたい。あんたみたいに無理矢理じゃなくて、先輩が笑顔でいられるように支えたいんです!」

光は冷笑を浮かべながら、一歩歩夢に近づいた。

「笑わせるなよ。俺と裕貴の間には絆があるんだ。お前なんかに割り込める隙なんてない。」
「絆?それがこんな暴力まがいのことをする関係ですか?」

歩夢は冷静さを失わずに言葉を続けた。

「先輩が笑えてない時点で、あんたとの絆なんて崩れてるじゃないですか。」
「テメェ…!」

光の顔に怒りがにじむ。その瞬間、拳を振り上げようとした彼の腕を、歩夢が瞬時に掴んだ。

「やめてください。」

歩夢は毅然とした声で言った。

「俺は先輩をこんな場所で傷つけさせない。」
「いい度胸だな。」

光は腕を振り解き、睨みつける。

「テメェも覚悟しろ。俺の嫁に手を出した代償は地獄で払わせてやる。」
「どうぞご勝手に。」

歩夢は一歩も引かず、光を睨み返した。

「でも先輩を傷つけるなら、俺が何度でも守ります。何度でもね。」

光は苛立たしそうに歯を食いしばり、俺を一瞥するとその場を去っていった。

歩夢は深く息を吐き、俺の手をもう一度握りしめた。

「先輩、大丈夫ですか?怖い思いをさせてすみません。」

俺は震える手で歩夢の手を握り返し、ようやく少しずつ息を整えることができた。

「ありがとう…歩夢君がいてくれて、本当に良かった。」
「帰りましょ?」

歩夢の言葉に、俺は頷くことしかできなかった。彼の手の温もりに支えられながら、俺たちは病院を後にした。外はもう日が沈みかけていて、冷たい風が吹いていたが、歩夢が俺の肩にコートをかけてくれたおかげで寒さはほとんど感じなかった。

「歩夢君…本当にありがとう。」
俺がぽつりと呟くと、彼は小さく笑った。 

「当然のことです。先輩を守るって決めてるんで。」

駅に着くまでの間、歩夢はずっと俺の手を握り続けていた。その手の強さと優しさに、心の奥底にあった不安が少しずつ溶けていくのを感じた。






  家に着く頃には、空は完全に夜の帳に包まれていた。歩夢が玄関のドアを開けて俺を中に迎え入れると、ほっとしたように肩を下ろした。

「先輩、疲れましたよね?とりあえず座っててください。お茶でも淹れますから。」

彼がキッチンに向かおうとするのを、俺は無意識のうちに腕を掴んで引き止めていた。

「歩夢君…今日はずっと一緒にいてくれたから、本当に助かった。ありがとう。でも、俺…もう限界みたいだ。」 

そう言うと、体が急に熱くなるのを感じた。視界がぼんやりとして、呼吸が少し荒くなる。

「先輩?」

歩夢が心配そうに顔を覗き込む。

「…ヒートが、来たみたいだ。」 

俺の言葉に、彼の顔が驚きで固まった。

「ここに来てヒートなんて…先輩、ベッドに行きましょう!」

歩夢は俺を支えながら、急いでリビングから寝室へと連れて行った。
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