転生したら嫌われ騎士に番を迫られた

腐男子ミルク

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第6話   探索

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結局、サーガは俺と友達になることもなく、気づけば姿を消していた。

朝、まぶしい光で目を覚ますと——まず目に飛び込んできたのは、天井からぶら下がるバカでかいシャンデリアだった。

「……やっぱり慣れないな、この成金みたいな部屋……」

ぶつぶつ言いながら、俺はベッドからゆっくりと体を起こし、近くにかけてあった部屋着を羽織る。

するとその瞬間——

コンコン。

ノックの音がして、扉を開けると、そこにはメイドのクリスが完璧な笑顔で立っていた。

「おはようございます、メビウス様。もうお支度を終えられていたのですね?」

「うん、まあね。」

「なんだか最近、少し変わりましたね。以前は目覚めが“ゾンビ以下”だったというのに」

「お、おう……社畜時代の名残ってやつかな」

「しゃちく……?」

「ち、違う違う!今のは禁句!忘れて!この世界には“満員電車”とか存在しないから!」

「……また異界の言葉を。記録しておきましょうか?」

「やめて!黒歴史コレクションにしないで!」

グリスはくすっと笑いながら、一礼した。

「では、朝食の準備ができておりますので、食堂へどうぞ。今日は……“フレンチトーストをご用意しております」

「ありがとう!」
「いえ!とんでもございません!」

にやっと笑うグリスを見送りながら、俺は「この世界でもプライバシーって存在するのかな」と思わず天を仰いだ——例のシャンデリアが、今日もきらきら光っていた。








食堂に足を踏み入れ、席に腰を下ろすと、目の前のテーブルには整然と並べられた朝食の品々が目に入った。焼きたてのパン、香ばしいベーコン、湯気を立てるスープ——そのどれもが美味しそうで、まるで祝宴のような豪華さだったが、不思議と心は弾まなかった。

ふと目線を横にやると、父がすでに席についていた。

いつもは豪快な笑顔で場を明るくする父だが、今日は違った。肘をつき、手で額を覆い、どこか遠くを見つめている。深く息を吐き出す姿は、見ていて胸がざわついた。

「……おはようございます、父上」

「……おはよう」

返ってきた声は、どこか沈んでいた。

「何かありましたか? 今日は……少し、様子が違うように見えます」

しばらく黙っていた父は、少しだけ目を伏せてから、ぽつりと呟いた。

「……いや。お前には関係ないことだ。気にするな」

それだけ言うと、また黙り込んだ。

——関係ない、か。
だけど、そんな言葉で割り切れるほど、俺は子どもじゃない。
父の重たい沈黙の奥に、何か見えない不安が広がっている気がした。

「父上? 何かお困りなら……おっしゃっていただけないでしょうか。俺でよければ、力になりたいのですが」

そう言いながら、俺は静かに手を膝の上で組み、父の顔をじっと見つめた。

父は、少しだけ肩を揺らした。俺の声が、心のどこかに触れたようだった。だが、それでもすぐには口を開かない。長いため息をひとつ落とすと、やがて重たそうに視線をこちらに向けた。

「……ああ、そうだな。お前ももう、子どもではないか」

言いながら、父は椅子の背にもたれかかり、額に当てていた手をゆっくりと下ろす。その表情は、どこか言葉にしづらい不安と、怒りと、無力感が入り混じっていた。

「……実はな、ここ最近……王都周辺でΩの男性が、突然消息を絶つ事件が増えていてな」

「……え?」

思わず背筋が伸びた。Ωの男性が——?

「どうやら奴ら、コブリンの一派が絡んでいる可能性が高い。捕らえられ、性奴隷として扱われているらしい」

その言葉を聞いた瞬間、心臓が嫌な音を立てて跳ねた。頭の奥がきゅっと締めつけられるような感覚に襲われ、思わず手を握り締める。

「先日、騎士団を送ったんだが……奴らのアジトどころか、姿ひとつ見つけられなかった。まるで影のように潜んでいる。なのに……確かに、確実に、Ωの行方不明者は増えているんだ」

父は視線を落とし、拳を静かに握りしめる。重い沈黙が二人の間に流れた。

「悔しいんだよ……王都で、我々の目の届く場所で……こんな非道が行われているというのに、俺たちは、手も足も出せていない」

その声はかすかに震えていた。

俺は、静かにうなずいた。心の奥に、じんわりと熱いものが湧き上がるのを感じながら。

(Ωである俺にとって、他人事ではない……いや、他人事にしてはいけない)

「……その件、詳しく聞かせてください。俺にできることがあるなら、必ず役に立ちます」

そう伝えると、父は目を見開き、それからふっと微笑んだ。ほんのわずか、だが確かにその目の奥にあった陰りが、和らいだように見えた。









***


「それじゃあ……俺、行ってきます」

父の困ったような表情を心に引っかけたまま、俺は王宮を出た。朝靄の残る空気は冷たく、背中を押すように身を引き締めてくれる。ローブのフードを深く被ると、通い慣れた石畳を一歩ずつ踏みしめながら、王都の中心部──市場へと向かった。

市場は朝から活気に満ちていて、魚や野菜の香り、人々の笑い声が渦巻いている。そんな中、俺は目についた商人や老婆、子どもたちに声をかけた。

「すみません。最近、この辺りで若い男性の行方不明……何か噂とかありませんか?」

「行方不明? ああ、最近よく聞くねぇ。隣町の鍛冶屋の息子も帰ってこなくなったらしいよ」

「裏通りの雑貨屋の子が言ってたけど……夜になると、誰もいない倉庫街から悲鳴みたいな音がするんだって……」

(倉庫街……)

俺の足は自然とその方向へ向かっていた。

王都の外れ、かつては物流の拠点として栄えた倉庫街。今ではほとんどの倉庫が閉鎖され、ひっそりと朽ちている。石畳の道には雑草が生い茂り、人の気配はまるでない。

だが——

(……何かいる)

不自然な静けさ。空気が重たい。鳥すら鳴いていない。その異様な空間の中で、ひときわ目立つ古びた倉庫の前で足を止めた。扉の隙間から、かすかに獣のような唸り声と……くぐもった、笑い声。

(間違いない。ここだ)

俺は裏手に回り込むと、板の継ぎ目から中を覗いた。

中は薄暗く、目を凝らすと、そこには――汚れた檻。その中に、ボロボロになった服をまとった数人の若い男たち。中には服を奪われている者もいた。生気のない目で床を見つめ、鎖で繋がれている。

(……最悪だ)

震える手で口元を抑えた。吐き気が込み上げる。

(こんなの、許せない)

誰かに知らせるべきかと思ったが、俺はすぐに首を横に振った。

(父に伝えても、すぐには動けない。会議だ、手続きだ、命令書だって……その間に、彼らはどうなる?)

覚悟を決めると、ローブの内側から短剣を取り出し、柄を強く握った。

「ひとりでも……助ける。そう決めたんだ」

俺は息を整え、背筋を伸ばした。

ギ……ィィ……

扉をわずかに押し開けると、軋む音が静寂を切り裂いた。

「……誰だ」

中にいたゴブリンの一体がこちらを振り向く。目が合った。緑色の皮膚に黄色く濁った目。歪んだ笑みが口元に浮かぶ。

「人間……?ここで何してやがる」

「……迎えに来たんだよ。彼らを、家に帰しに来た」

震えていた。脚が重たい。でも、俺は一歩踏み出した。もう後戻りはできない。

数体のゴブリンたちが俺の存在に気づき、ざわめき始めた。

「ひとりか? バカかこいつは」

「おい、今夜の宴が一匹増えたぞ!」

笑い声が響く。でも俺は、ローブの前をはだけて構えを取った。

(……これ以上、誰も失わせない)

たとえ、俺一人でも。






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