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3話再び始める夢物語
しおりを挟む私が家に帰ってから一時間後が経過した頃。
母からこれから出発と文字が添えられた自撮りの写真が送られてきた。その背後には何機もの飛行機が写っている。
大丈夫、きっと大丈夫だ。
飛行機事故なんてそうそう起こらない。
私は母に「気を付けてね」とだけ返信した。
それでもやはり気になってしまい、速報で事故について報道されないかテレビを見ていたり、リアルタイムの航空事故についてスマホで検索をかけたりしていた。
「ねぇお姉ちゃん……お母さん大丈夫だよね?」
真菜がイルカの人形を抱きしめながら、私の背後で声を掛ける。その表情は不安に満ち溢れていた。
母に真菜の事は任せといてと言ったのに、こんな顔をさせちゃって。あーもう、私が暗くなってどうする。
私は両手で頬を叩いて自身に喝を入れた。
ほんとに今日が土曜日で良かった。
もし学校があったなら授業に集中出来なかっただろう。
「うん、お母さんは無事に帰ってくる、大丈夫だよ! よし真菜、少し遅くなっちゃったけど朝ごはん何食べたい? お姉ちゃんが腕を振るうよぉー」
「真菜ね、フレンチトーストが食べたい!」
「ぬっ、ハイレベルな挑戦だな。よし、任せとけ」
「うん!」
真菜は可愛い笑顔で大きく頷いた。
真菜の笑顔は私の元気の源でもある。
こんな可愛い妹を不安にさせちゃだめだ。
「よし、じゃあまずは―――」
そう言って動き出そうとしたが、ドキュメンタリー番組で騒がしかったテレビが突然静かになった。
"ピンポンパンポーン"
聞き覚えのある嫌な音がテレビから流れる。ふとテレビに顔を向けると、一人のアナウンサーが深刻な顔つきで私を見つめていた。
あれ? まだドキュメンタリー番組の時間なのにどうして。そこで私が目にしたのは『速報』という赤文字。
『速報です。日本発、フィリピンのダバオ行の飛行機がエンジン故障により海に墜落した模様。海上保安庁、自衛隊は生存者救助に向かい―――』
フィリ……ピン?
「お、お姉ちゃん。お母さんが出張するって言ったのは確か……」
真菜の声を遮るように、私はゴツっと床に膝をつく音を部屋に響かせた。
真菜が私に何か言っている。
だけどその声は私の耳には入ってこなかった。
ただ呆然とテレビを見つめ、飛行機が墜落、その言葉を何度も脳内に再生させる。
「……ぅぁあ」
声にならない声が、腹の底から捻り出る。
「…ぉかぁ…さん」
テレビ越しから母を呼ぶが、返事は返ってこない。
私はスマホを手にして母に電話を掛けようとするが、手が震えて上手く操作できなかった。
走ってもないのに呼吸が荒くなる。
疲れてもないのに勝手に手が震えている。
やっと母に電話を掛けることに成功したが、『お掛けになった電話番号は現在使われていないか、マナーモードになって――』というアナウンスが繰り返すだけ。
電話が通じない、飛行機が墜落、真菜の夢。 それを繋ぎ合わせると最悪な結果しか思い浮かばない。
ほら、私の言ったとおり。
真菜の見た夢は現実に起こるんだ。
もしかすると今までの真菜の正夢は、これを防ぐ為の前兆だったんじゃないか? この事件が起こらないよう私に止めてもらうために、神様が私に知らせてくれたんじゃないか?
だとしたら私はそれを棒に振った。
神様の救いの手を振り払ったのだ。
それとも、これはどうしようもならない運命だったのだろうか。止めることのできない運命を真菜が先に夢で見ただけで、飛行機の墜落を止めることは出来なかった。そういう事だろうか。
いいや、違う。
私が行動に移せば全て止められたのだ。
死にものぐるいで母を止めていれば、こんな事にはならなかった。
やはり真菜の正夢は現実に起こる。
「もし……私がお母さんを止めていれば」
胸の奥からじんわりと悔しさが込み上げてくる。
なんでこんな日に限って真菜が悪夢を見てしまったのだろう。もっと違う夢を見ていたら。
"違う夢を……見ていたら?"
絶賛思考停止中の脳内に一つの疑問が生まれる。真菜の見た夢は現実に起こる、それら紛れもない事実だ。
だが、真菜自身が『あれは夢だった』とその夢を思い出すのはいつだ?
『夢』とは、睡眠から目覚めた後に意識して初めて『夢』となる。
それに夢は不確かなもの。
睡眠中に見た夢と、目を覚まして思い出した夢が全く同じとは限らない。もしかすると自身でその夢を良い感じに書き換えている事もあるかもしれない。
夢を見た内容は夢を見た本人しか分からないし、夢を見た内容を最初から最後まで思い出すなんてほぼ不可能。
真菜の見た夢が現実になる。
真菜は起きた時に『お母さんが乗る飛行機が爆発して墜落した』と言っていた。
だが実際の夢の中では『お母さんが乗るはずだった飛行機が爆発して墜落した』だったらどうなる?
「ねぇ真菜」
「お……お姉ちゃん。お母さんが!!」
「真菜は夢見たんだよね、飛行機が墜落するって」
「え、あぁうん。お母さんが乗る飛行機が墜落しちゃうユメ」
「それはホント?」
「え?」
私は涙を袖で拭い、真菜に近付く。
非現実的かもしれない。
馬鹿げているかもしれない。
でも、やってみる価値はある。
「その飛行機にお母さんは乗ってた?」
「え……そこまでは分からないよ。憶えてないもん」
「そうだよね。ねぇ実はさ、真菜が見た夢ってホントは『お母さんが乗るはずだった飛行機が墜落した』だったんじゃないの? お母さんはその飛行機に乗ろうとしたけど、手違いで乗れなかった。違う?」
私は真菜にそう尋ねる。
真菜の夢は真菜しか分からない。
真菜が夢を口に出すことで現実になるならば、真菜の夢を書き換えてしまえばいい。
真奈は少し俯いて「そうかもしれない」と口にした。
「夢に見た飛行機にお母さんが乗っていた確証は無いでしょ? だから真菜の夢見た飛行機にはお母さんは乗ってなかったの」
「それじゃあそれじゃあ、お母さんは無事だね!」
「そう無事なんだよ!」
私は「さーらーに」と言葉を続ける。
「お母さんが乗るはずだった飛行機は、手違いで『荷物だけを運ぶ』飛行機だったんじゃないかな?」
「荷物だけを?」
「そう、荷物だけを運ぶの。だから乗客がいなかった」
「た、確かに。誰か乗ってるなんてユメになかった! お姉ちゃん天才だぁ」
「でしょでしょ! それにその荷物は大事な大事なモノで、その飛行機を運転するパイロットさんが超ベテランの人なの」
「ほうほう」
素直な小学生だから何でも言うことを信じてしまう。真菜は目を輝かせて私の言葉を待っていた。
こんな状況なのに、なんだか話している私自身も楽しくなっていた。
「だからエンジン事故が起こって墜落する寸前で、飛行機から飛び出し、なんと犠牲者ゼロ!」
「おおおぉぉ!」
「真菜が見た夢は……それに違いない」
まるで名探偵の決め台詞のように私は言い放った。
真菜もノリが良くて、わなわなと身体を小刻みに震えさせてショックを受けている。
「そうだったんだ。私が見たユメは『お母さんの乗るはずだった飛行機が、手違いで荷物だけを運ぶ飛行機になり、墜落してもパイロットさんが優秀でみんな助かった』だったんだ!」
真菜がそれを口に出した瞬間、家にピンポーンとチャイム音が鳴り響いた。
―――まさか。
私は真菜の横をすり抜けて、急いで玄関のドアを開ける。そこにはキャリーバックを持った母の姿があった。
「はぁー……まったく社長ときたら『やっぱ海外は行かなくていい、やめだ』と言ってフィリピン行きを取り消しやがった。自分勝手なんだか――――」
グチグチと社長に文句を垂れる母に、私は耐えきれずその胸に飛び込んだ。
胸の奥がキューッと締め付けられ、母の匂いが私の瞳から涙を溢れさせる。
「あぁお母さんお母さん、よかっだぁぁ」
「なんだなんだ、いつからそんなマザコンになったんだ香菜は」
「おかっ、お母さん!!」
「真菜! なんだなんだ、二人共。そんなにお母さんがいなくて寂しかったか」
こうして、母は事故に巻き込まれる事なく帰ってきた。その後、海上保安庁から飛行機墜落事故による犠牲者はいないと報告があり、この事件は偶然が重なった奇跡の事故とも言われるようになったのだった。
◆
次の日から真菜が見た夢が現実に反映されることはなかった。
そのことに私が気付かず「お姉ちゃんが携帯の待ち受けにしている男性と結婚する夢を見た」と真菜が口にしたので、次の日、大好きな先輩に告白したら見事玉砕した。
己の未熟さに私は壁に何度も頭を打ち付けた。それはさて置き、結局真菜の夢については何も分からないまま。
でも私はこう思っている。
あれは神様が私を試したのだと。
もしあの時、私が非現実的だと言って行動に移さず諦めていたら母は救えなかった。それにもしかすると何百人もの死者がでていたに違いない。
どんなに無謀でも。
どんなに馬鹿げていても。
チャレンジすることに意味がある。
考えているだけではなくて行動に移すことが、これほど大きな事を変えてしまうこともある。
「そうだね。ちゃんと諦めないでもう一度頑張ってみようかな」
この出来事は私に勇気をくれた。
私の心の奥底でずっと『夢』を見ていただけの自分自身が、やっと目を覚ました気がした。
だから私はもう一度、演劇の仕事に就くという『夢』を叶える為、部活動に顔を出したり、両親に打ち明けたりと頑張ったのは、また別のお話で。
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