意味不明小説集『羊の匣』

黑野羊

文字の大きさ
5 / 5

ランドセルの中身

しおりを挟む
「おはようございまーす!」

 自宅マンションを出たところで、後ろから声を掛けられた。
 振り返れば、近所の小学生がこちらに向かって走ってきていた。

「あ、おはよー」

 答える私を、彼は追い越しながら「いってきまーす!」と叫んでいた。

 寝坊でもしたのか慌てて家を出たのだろう、彼に背負われているランドセルのフタが開いていた。
 高学年男子の背中には少し小さく思えるランドセルの蓋は、ガチャガチャと音を立てて左右に大きく揺れている。

 あのままでは、ランドセルの中身が飛び出してしまいそうだ。
 全力疾走中の彼には悪いが、伝えたほうがいいかもしれないと思い、「ねぇ!」と口に手を添えて大声をあげようとした、その時だった。

「……え?」

 べろんとフタが捲れた、その一瞬だけだったが、ランドセルの内側が見えたのだ。
 しかし、教科書やノートに交じって、目を疑うものが見えた。

 人間の、顔だ。

 青白い肌に、真っ黒な目。
 ボサボサの長い黒髪まで見えたし、あれは紛れもなく人間の顔。
 しかも、その虚のような黒い目と目が合ったような気さえする。

 あまりに突然で、声が出なかった。

 きっと、本か何かの表紙に違いない。
 あんな人の顔が表紙の本なんて見たことはないが、きっとそうだ。
 そうに違いない。

 私は学校へ急ぐ彼の背中を見送りながら被りを振り、仕事へ向かうことにした。
 しかし、彼のランドセルの中身が気になってしまい、その日はなんだか集中できないまま終わってしまった。

 どうしても気になって、次の日の朝、彼に出会したタイミングで聞いてみた。

「あ、あのさ。昨日、君のランドセルの中身が見えてさ……」

 そう切り出すと、彼はちょっと困ったように眉を八の字にして

「あー、おばさんが見ちゃったんですか? それで学校着いた時には居なかったのかー」
「え?」
「あいつ、見た人のカバンに入っちゃうんですよ」

 彼の言葉に驚いて、私は思わず自分の通勤バッグを開いた。
 しかし、そんなものは見当たらない。

 バッグの中身は、書類の束と、財布と、社員証と、化粧ポーチと、、、
 しかし、書類を何枚かかき分けたところで、手が止まった。

 いた。

 青白い肌。
 真っ黒な目。
 ボサボサの髪の、顔。

 平べったい、顔だけの、なにか。

「だから、おばさんも誰かに見せてね! それじゃ、いってきまーす!」

 彼はそう言うと、逃げるように走りさってしまった。

 これが何なのか、全く見当がつかない。
 しかし、誰かに見せなければいけないようだ。

 私はバッグのファスナーを閉め、どこでバッグを開けたままにしようか考えた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

マグカップ

高本 顕杜
大衆娯楽
マグカップが割れた――それは、亡くなった妻からのプレゼントだった 。 龍造は、マグカップを床に落として割ってしまった。そのマグカップは、病気で亡くなった妻の倫子が、いつかのプレゼントでくれた物だった。しかし、伸ばされた手は破片に触れることなく止まった。  ――いや、もういいか……捨てよう。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

乳首当てゲーム

はこスミレ
恋愛
会社の同僚に、思わず口に出た「乳首当てゲームしたい」という独り言を聞かれた話。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...