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3)うちの子知りませんか
3-1
いつも通りに家を出て、学校に向かった瀬尾雪弥は、通学路の様子に違和感を覚えた。
「……なんだこれ」
銀星小学校へとつながる道幅の狭いスクールゾーン。色とりどりのランドセルを背負った小学生たちがおしゃべりをしながら歩く道沿いの、塀や電柱などのあちこちに、見慣れないポスターがベタベタと貼られていたのだ。
立ち止まって内容を見ると、クリーム色の紙面の上部に大きく赤と黒で『うちの子知りませんか』と書かれている。どうやら人探しのポスターらしい。
小学校低学年くらいの男の子の写真に、特徴らしいものが書き連ねてあり、『見かけたらこちらまで』という文字と一緒に携帯電話の番号で締め括られていた。
そんなポスターが、通学路のいたるところにずらずらと貼られているのは、なんとも異様な光景である。
昨日まではこんなもの、確かになかった。
同じように小学校に向かう児童たちもポスターに視線を奪われているようで、それぞれに立ち止まっては眺めている。
「なんか、やだなぁ……」
ところせましと通学路に貼られたポスター。その写真の子どもがじぃっとこちらを見ているようで、なんとも言えない居心地の悪さを覚えながら、雪弥は足早に学校へ向かった。
☆
学校はやはり例のポスターの話題で持ちきりだった。どうやらあのポスターは、雪弥の通った夕暮れ地区の道沿いだけでなく、他の地区の小学校周辺の道路沿いのほとんどに貼られていたらしい。
さすがに前日までは貼られていなかったこととその数の異様さから先生たちも気になったようで、書かれている電話番号に電話を掛けたりポスターを貼っている人がいても近付かないよう、朝礼でわざわざ注意喚起される始末である。
とはいえ、あまりない非日常な出来事に興味津々なのが小学生。昼休みになっても周囲の話題はやはり例のポスターのことばかりだ。
雪弥は一人、教室の自席であのポスターから発せられる妙な視線を思い出し、小さく身震いする。と、六年三組の教室の入り口から自分を呼ぶ声に気づいた。
「雪弥くーん」
出入り口のほうを見ると、夕暮れ地区の隣にある月夜地区に住む夜野田虎太郎が手を振っている。
虎太郎とは以前同じクラスで、互いに地区子ども会のリーダーということもあって仲が良く、最近はよく遊ぶ仲だ。
「おう、虎太郎。なんか用か?」
呼ばれるままにそちらまで向かうと、虎太郎は少し困ったような顔をしていた。
「実は今朝、遥斗くんに昇降口で会ったんだけど。その……なんかあったらしくて」
虎太郎のいう遥斗くんとは、六年一組の三森遥斗のことで、夕暮れ地区子ども会のサブリーダーである。
「なんかって、なに?」
「よくわかんない。昼休みに話すって言われたから、雪弥くんも一緒にって思ってさ」
ずり落ちる丸いメガネを少し上げながら、虎太郎がのんびりと言った。遥斗とは同じ地区で家がそれなりに近く、登校するときに一緒になることもあるのだが、そういえば今朝は遠目にも姿を見かけていない。
「……ふーん。じゃあ、まぁ、行ってみるか」
誘われるまま雪弥は、虎太郎と一緒に遥斗のいる一組へと向かった。
「おーい、遥斗ぉ」
一組の教室に入りながら、室内に向かって呼びかけると、机に突っ伏して寝ていたらしい遥斗が、ゆっくりと頭を上げてこちらを見る。
「あ。雪弥、虎太郎……」
虎太郎と一緒に近づいた雪弥は、遥斗の妙にゲッソリした顔に驚いた。いつもの元気いっぱいではつらつとした表情とは程遠く、目の下にうっすらとクマができている。
「ど、どうした? 顔色ひどいぞ?」
「保健室行った方がいいんじゃ……」
雪弥と虎太郎が困惑しつつ言ってみたが、遥斗は手を平気平気、とひらひら振った。
「あーいや、大丈夫。ちょっと寝不足なだけだし」
「なんかあったのか?」
「うん。……ちょっと、向こういこうか」
そう言った遥斗がいつもよりもノロノロと立ち上がり、教室を出ていこうとするので、雪弥と虎太郎は顔を見合わせてから後を追いかける。
ついていくと、教室階の端にある階段へたどりついた。確かにこちらの階段はあまり使う人がいないので、内緒の話をするのに最適な場所である。
遥斗はやはり怠いのか、階段の一番上の段に腰を下ろした。
「別に、教室でもよかったのに」
「……いやぁー、ちょっとあんまり聞かれたくないからさ」
「何があったんだ?」
「うん、昨日は水泳の日だったんだけどさ……」
俺の通ってるスイミングスクールは駅の向こうにあるから、帰る時は必ず駅前にある『銀星街』を通るんだ。
水泳が終わる時間は、いつも帰宅ラッシュで人が多くて。昼間より人通りの増えた銀星街を歩いていたら、突然知らない女の人に話しかけられた。
「うちの子、知りませんか?」
その人はそう言いながら、クリーム色の紙を差し出した。見た目は母さんよりちょっと年上くらいかなって感じで、着ている服はきちっとしてるんだけど、肩くらいまでの黒髪はボサボサで変な感じ。
差し出された紙はチラシで『うちの子知りませんか』と上部に書かれてる。小学生くらいの男の子の写真と、特徴らしいものが書かれてて、今朝通学路にいっぱい貼られていたポスターあるじゃん、あれを小さくした感じ。
女の人がグッと目の前に突き出すから、ちゃんと見たんだけど、同じ地区の子じゃないし、学校でも見たことない子だった。
だからちゃんと「知りません」って答えた。
すると女の人は「そうですか」って言いながら、ガッカリした感じで深々と頭を下げて、他の人に話しかけにいった。辺りは人は多いけど、急いで帰りたい人が多いから、話しかけても無視されてるみたいだったよ。
行方不明の子がいるなんて話、この辺じゃ聞いたことないだろ? だから多分隣町とか、もっと遠い違う場所での事件なのかなぁって思いながら普通に帰宅して、ご飯食べて宿題やって、いつも通りに寝た。
うん、ここまではいい。
問題はこの後なんだ。
ぐっすり寝てた夜中、深夜二時を回ってたと思うんだけど、インターホンの鳴る音で目が覚めたんだ。ピーンポーン、ピーンポーンって、一定の間隔でずーっと鳴ってる。
こんな時間に来るなんて非常識だなって思いながら二度寝した。でもいつまで経っても鳴り止まないし、そのうち両親が対応するだろうって思ってたんだけど、そんな気配もない。もしかしたら二人ともぐっすり眠ってて、鳴ってることに気付いてないのかもしれないって思ったんだ。
放っておいてもよかったんだけど、ずっと鳴っててうるさいし迷惑だから、自分が出るしかないかって思って、リビングにあるドアモニターを見に行ったんだ。故障とか変な人だったら両親を叩き起こそうかなって。
ドアモニターにはちゃんと人が写ってた。怖そうな人とかじゃない。銀星街で会ったあの女の人だったんだ。なんで家に?って思ったよ。もしかして後をつけてきたのかな? それなら警察を呼んだほうがいいかもしれないって思った。
恐る恐るドアモニターに近づいていくと、インターホンに混じって何かぼそぼそと、小さく話している声が聞こえる。
なんだろうって思ってドアモニターに耳を近づけて、ようやくなんと言っているのか聞き取れた。
〈すみません、うちの子そちらに行ってませんか?〉
何を言ってるんだ? そんなわけないだろ!って思ったと同時に、いきなり後ろから何者かに腕をギュッと掴まれた。
両親のどちらかと思ったが、明らかに自分の手よりも小さい、子どもの手の感触。
驚いて振り返ると、そこには青白い顔をした、見知らぬ男の子がいた。
「いないって言って!」
ぎゅうっと腕を強く掴みながら、その男の子が叫んだ。
「……なんだこれ」
銀星小学校へとつながる道幅の狭いスクールゾーン。色とりどりのランドセルを背負った小学生たちがおしゃべりをしながら歩く道沿いの、塀や電柱などのあちこちに、見慣れないポスターがベタベタと貼られていたのだ。
立ち止まって内容を見ると、クリーム色の紙面の上部に大きく赤と黒で『うちの子知りませんか』と書かれている。どうやら人探しのポスターらしい。
小学校低学年くらいの男の子の写真に、特徴らしいものが書き連ねてあり、『見かけたらこちらまで』という文字と一緒に携帯電話の番号で締め括られていた。
そんなポスターが、通学路のいたるところにずらずらと貼られているのは、なんとも異様な光景である。
昨日まではこんなもの、確かになかった。
同じように小学校に向かう児童たちもポスターに視線を奪われているようで、それぞれに立ち止まっては眺めている。
「なんか、やだなぁ……」
ところせましと通学路に貼られたポスター。その写真の子どもがじぃっとこちらを見ているようで、なんとも言えない居心地の悪さを覚えながら、雪弥は足早に学校へ向かった。
☆
学校はやはり例のポスターの話題で持ちきりだった。どうやらあのポスターは、雪弥の通った夕暮れ地区の道沿いだけでなく、他の地区の小学校周辺の道路沿いのほとんどに貼られていたらしい。
さすがに前日までは貼られていなかったこととその数の異様さから先生たちも気になったようで、書かれている電話番号に電話を掛けたりポスターを貼っている人がいても近付かないよう、朝礼でわざわざ注意喚起される始末である。
とはいえ、あまりない非日常な出来事に興味津々なのが小学生。昼休みになっても周囲の話題はやはり例のポスターのことばかりだ。
雪弥は一人、教室の自席であのポスターから発せられる妙な視線を思い出し、小さく身震いする。と、六年三組の教室の入り口から自分を呼ぶ声に気づいた。
「雪弥くーん」
出入り口のほうを見ると、夕暮れ地区の隣にある月夜地区に住む夜野田虎太郎が手を振っている。
虎太郎とは以前同じクラスで、互いに地区子ども会のリーダーということもあって仲が良く、最近はよく遊ぶ仲だ。
「おう、虎太郎。なんか用か?」
呼ばれるままにそちらまで向かうと、虎太郎は少し困ったような顔をしていた。
「実は今朝、遥斗くんに昇降口で会ったんだけど。その……なんかあったらしくて」
虎太郎のいう遥斗くんとは、六年一組の三森遥斗のことで、夕暮れ地区子ども会のサブリーダーである。
「なんかって、なに?」
「よくわかんない。昼休みに話すって言われたから、雪弥くんも一緒にって思ってさ」
ずり落ちる丸いメガネを少し上げながら、虎太郎がのんびりと言った。遥斗とは同じ地区で家がそれなりに近く、登校するときに一緒になることもあるのだが、そういえば今朝は遠目にも姿を見かけていない。
「……ふーん。じゃあ、まぁ、行ってみるか」
誘われるまま雪弥は、虎太郎と一緒に遥斗のいる一組へと向かった。
「おーい、遥斗ぉ」
一組の教室に入りながら、室内に向かって呼びかけると、机に突っ伏して寝ていたらしい遥斗が、ゆっくりと頭を上げてこちらを見る。
「あ。雪弥、虎太郎……」
虎太郎と一緒に近づいた雪弥は、遥斗の妙にゲッソリした顔に驚いた。いつもの元気いっぱいではつらつとした表情とは程遠く、目の下にうっすらとクマができている。
「ど、どうした? 顔色ひどいぞ?」
「保健室行った方がいいんじゃ……」
雪弥と虎太郎が困惑しつつ言ってみたが、遥斗は手を平気平気、とひらひら振った。
「あーいや、大丈夫。ちょっと寝不足なだけだし」
「なんかあったのか?」
「うん。……ちょっと、向こういこうか」
そう言った遥斗がいつもよりもノロノロと立ち上がり、教室を出ていこうとするので、雪弥と虎太郎は顔を見合わせてから後を追いかける。
ついていくと、教室階の端にある階段へたどりついた。確かにこちらの階段はあまり使う人がいないので、内緒の話をするのに最適な場所である。
遥斗はやはり怠いのか、階段の一番上の段に腰を下ろした。
「別に、教室でもよかったのに」
「……いやぁー、ちょっとあんまり聞かれたくないからさ」
「何があったんだ?」
「うん、昨日は水泳の日だったんだけどさ……」
俺の通ってるスイミングスクールは駅の向こうにあるから、帰る時は必ず駅前にある『銀星街』を通るんだ。
水泳が終わる時間は、いつも帰宅ラッシュで人が多くて。昼間より人通りの増えた銀星街を歩いていたら、突然知らない女の人に話しかけられた。
「うちの子、知りませんか?」
その人はそう言いながら、クリーム色の紙を差し出した。見た目は母さんよりちょっと年上くらいかなって感じで、着ている服はきちっとしてるんだけど、肩くらいまでの黒髪はボサボサで変な感じ。
差し出された紙はチラシで『うちの子知りませんか』と上部に書かれてる。小学生くらいの男の子の写真と、特徴らしいものが書かれてて、今朝通学路にいっぱい貼られていたポスターあるじゃん、あれを小さくした感じ。
女の人がグッと目の前に突き出すから、ちゃんと見たんだけど、同じ地区の子じゃないし、学校でも見たことない子だった。
だからちゃんと「知りません」って答えた。
すると女の人は「そうですか」って言いながら、ガッカリした感じで深々と頭を下げて、他の人に話しかけにいった。辺りは人は多いけど、急いで帰りたい人が多いから、話しかけても無視されてるみたいだったよ。
行方不明の子がいるなんて話、この辺じゃ聞いたことないだろ? だから多分隣町とか、もっと遠い違う場所での事件なのかなぁって思いながら普通に帰宅して、ご飯食べて宿題やって、いつも通りに寝た。
うん、ここまではいい。
問題はこの後なんだ。
ぐっすり寝てた夜中、深夜二時を回ってたと思うんだけど、インターホンの鳴る音で目が覚めたんだ。ピーンポーン、ピーンポーンって、一定の間隔でずーっと鳴ってる。
こんな時間に来るなんて非常識だなって思いながら二度寝した。でもいつまで経っても鳴り止まないし、そのうち両親が対応するだろうって思ってたんだけど、そんな気配もない。もしかしたら二人ともぐっすり眠ってて、鳴ってることに気付いてないのかもしれないって思ったんだ。
放っておいてもよかったんだけど、ずっと鳴っててうるさいし迷惑だから、自分が出るしかないかって思って、リビングにあるドアモニターを見に行ったんだ。故障とか変な人だったら両親を叩き起こそうかなって。
ドアモニターにはちゃんと人が写ってた。怖そうな人とかじゃない。銀星街で会ったあの女の人だったんだ。なんで家に?って思ったよ。もしかして後をつけてきたのかな? それなら警察を呼んだほうがいいかもしれないって思った。
恐る恐るドアモニターに近づいていくと、インターホンに混じって何かぼそぼそと、小さく話している声が聞こえる。
なんだろうって思ってドアモニターに耳を近づけて、ようやくなんと言っているのか聞き取れた。
〈すみません、うちの子そちらに行ってませんか?〉
何を言ってるんだ? そんなわけないだろ!って思ったと同時に、いきなり後ろから何者かに腕をギュッと掴まれた。
両親のどちらかと思ったが、明らかに自分の手よりも小さい、子どもの手の感触。
驚いて振り返ると、そこには青白い顔をした、見知らぬ男の子がいた。
「いないって言って!」
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