あなたはカエルの御曹司様

さくらぎしょう

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モヤモヤ

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「綾ちゃん、おはよう」

 スズメのさえずりと、瑞貴の優しい声で目が覚めると、既に瑞貴はワイシャツを着ていた。

「ん……あれ? 今日は走って行かないの?」
「ほら、今日は僕は中川課長と現地集合になってて、朝から向かわないといけないんです。だから、会社に行くのは午後になるんで、忘れないでくださいね」

 そう言ってから、私の口に軽くキスをした。

「朝食はテーブルにあるんで。じゃあ、また午後」

 私は瑞貴が手を振って部屋から出ていくまでを、ポーッと頬を染めて眺めていた。
 まだ、昨晩の事が夢のようで、現実味がなかった。
 瑞貴に抱かれていた時を思い出すと、胸が……こう……何というか……。
 
「……モヤモヤする」

 何だあの手練は?

 私の偏見だったことは反省するが、勝手に瑞貴はウブでピュアな童貞だと思っていた。
 ところがどっこい、蓋を開ければ、嵯峨なんか足元にも及ばないほど手練ではないか。あれは絶対に童貞ではないし、一人二人の元カノでもないはず。キスなんて、どんだけの人数としたらああなるんだ???

 いやいや、まさか、私は瑞貴のビフォアーを知ってるじゃないか。あの姿も私は本当に好きだった。好きだったが、あの見た目と、あの無愛想な姿で、女性を取っ替え引っ替えだったなんてこと……ないよね?

 悶々としながら着替え、瑞貴の作った朝食を食べて、自分のお弁当を作ってから会社に行く。
 午前中は、昨晩を思い出して胸をときめかせたり、悶々と悩んだりと、まったく仕事に身が入らなかった。

 ランチの時間になり、周りは外に食べに行く中、一人机でお弁当を食べていた。元々節約のため、ランチはお弁当を持ってきていたが、瑞貴と暮らすようになってからジムは解約して瑞貴の家の器具を借りているし、食材も瑞貴がほとんど買ってくれてるので、だいぶお財布にゆとりが出てきた。
 本当は外に食べにも行けるが、染みついた習慣はなかなか変えられない。

「綾」

 嫌な声が聞こえてしまった。

「嵯峨さん、どうされました?」

 フロアを見渡すが、皆出払っていて、運の悪い事に嵯峨と二人きりだった。
 外回りから帰ってきたばかりなのか、カバンやポスターの入った紙袋を手に持っている。

「綾、ちゃんと話そう」
「嵯峨さん、私、今お付き合いしてる人がいるんです。迷惑なんです」
「あのトドの事言ってるんだろ? 信じられるかよ」
「嵯峨さん、最近の瑞貴見ました? もうトドじゃないですし、そもそもトドは失礼です」
「もう、そんな嘘はいいから……」

 嵯峨がにじり寄ってきて、少し恐怖を感じたタイミングで、皆がランチから帰ってきた。

「あ、嵯峨さんだ。もしかして綾子さんとデキてるんですかー?」

 冗談とも言えない冗談を、若手達はキャッキャしながら言ってくる。

「えー、やっぱりそう見える?」
「え! やっぱりってことは……」

 嵯峨が勝手に話を進めたので、私は慌てて叫んだ。

「そんなわけないでしょっ!!」

 するとまたエレベーターが開き、誰かが降りてきた。
 急にフロアの空気が変わり、さっきまで私と嵯峨を揶揄っていた若手達も、エレベーターから降りてきた人物に視線が釘付けになっている。

「うっそ、やば」
「やばいやばいやばい、アレは反則でしょ」

 女の子達のざわめきが良くわかった。
 全員注目の人物は、堂々とした様子でこちらに向かって歩いてくる。
 嵯峨もその人物を見て言葉を失っていた。
 
「ただいま戻りました」

 瑞貴は髪を切っていて、コンタクトにしたのかメガネもなく、スーツも今の体型にあったものになっており、完膚なきまでのイケメンハイスペに生まれ変わっていた。

「瑞貴……その髪型……あとそのスーツも……」
「ああ、中川課長から許可を貰って、会社に戻る前に髪を切ってきたんです。スーツは注文していたものが届いたので、本日から着てみました」

 どうしよう……これは皆、惚れてまう。

 嵯峨が悔しさを堪えたような笑顔で瑞貴に声を掛けた。

「東堂さん、随分垢抜けましたね」
「広報課の嵯峨さんですね。社長に何か案件でも?」
「え?」
「だって、綾子さんと私は社長秘書なので」
「いや、綾子さんと話に来ただけです」
「そうですか。あ、もう昼休み終了ですよ」

 瑞貴はこれ見よがしに腕時計を見た。
 嵯峨はイラついた様子で瑞貴を睨む。だが、何かを思い出したのか、急に不敵な笑みを浮かべてカバンからチラシを取り出した。

「ああ、そうそう、広報資料をお渡ししておかないと。これ、今うちの扱ってる商品のイメージモデルのエリカです。東堂さんの元カノらしいですね。やっぱり社長の息子となると、こんな女性とお付き合いできるんですね。普通の女性じゃもう満足出来ないでしょ~」

 嵯峨は私の机にバンッとエリカのチラシを置いた。

 私と違いぱっちりとした二重の大きな瞳で、少し小悪魔な雰囲気のある、気の強そうな、今の瑞貴の隣にぴったりの完璧な美人である。

 ああ……そうか。
 なんで、想像できなかったんだろう……。
 
 おそらく、元々の瑞貴は今の姿の方で、入社してきた時がたまたま太っていただけなのかもと。
 
 それなら、エリカが元カノでも納得だし、昔はかなりモテただろうし、女性経験も豊富だろうし、あのキスも手練も頷ける。

 瑞貴は机の上のチラシを手に取って、嵯峨に突き返す。

「この広告は、すでに社長は目を通していますので、お持ち帰りください」
「あー、そうでしたね。うっかりしてました」

 嵯峨は、私に何か言いたそうな、不敵な笑みを浮かべて目配せしてきた。
 瑞貴はその様子を見て、嵯峨に冷たく言い放つ。

「愛する人は今を一緒に生きる女性ただ一人なので、過ぎた話を今の話のように掘り起こさないで貰えますか?」
「お、認めた」
「ええ、愛する人は一人だと認めました」

 瑞貴は言い切ると同時に私を見つめたが、それは嵯峨だけが気が付き、他は誰も気が付かなかったようだ。周りには、瑞貴の「愛する人は一人」の発言に気を取られていたようで、すでに騒ついていた。

「うそー……やっぱりいたかー、本命」
「だよねぇ……」
「っていうか、本当にエリカが元カノって時点で、チャンスも勝ち目もないわ……」

 嵯峨のスマホが鳴り、瑞貴を睨みながら電話に出ると、そのまま電話で会話しながらエレベーターに乗ってフロアから出ていった。

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