16 / 30
モヤモヤ
しおりを挟む
「綾ちゃん、おはよう」
スズメのさえずりと、瑞貴の優しい声で目が覚めると、既に瑞貴はワイシャツを着ていた。
「ん……あれ? 今日は走って行かないの?」
「ほら、今日は僕は中川課長と現地集合になってて、朝から向かわないといけないんです。だから、会社に行くのは午後になるんで、忘れないでくださいね」
そう言ってから、私の口に軽くキスをした。
「朝食はテーブルにあるんで。じゃあ、また午後」
私は瑞貴が手を振って部屋から出ていくまでを、ポーッと頬を染めて眺めていた。
まだ、昨晩の事が夢のようで、現実味がなかった。
瑞貴に抱かれていた時を思い出すと、胸が……こう……何というか……。
「……モヤモヤする」
何だあの手練は?
私の偏見だったことは反省するが、勝手に瑞貴はウブでピュアな童貞だと思っていた。
ところがどっこい、蓋を開ければ、嵯峨なんか足元にも及ばないほど手練ではないか。あれは絶対に童貞ではないし、一人二人の元カノでもないはず。キスなんて、どんだけの人数としたらああなるんだ???
いやいや、まさか、私は瑞貴のビフォアーを知ってるじゃないか。あの姿も私は本当に好きだった。好きだったが、あの見た目と、あの無愛想な姿で、女性を取っ替え引っ替えだったなんてこと……ないよね?
悶々としながら着替え、瑞貴の作った朝食を食べて、自分のお弁当を作ってから会社に行く。
午前中は、昨晩を思い出して胸をときめかせたり、悶々と悩んだりと、まったく仕事に身が入らなかった。
ランチの時間になり、周りは外に食べに行く中、一人机でお弁当を食べていた。元々節約のため、ランチはお弁当を持ってきていたが、瑞貴と暮らすようになってからジムは解約して瑞貴の家の器具を借りているし、食材も瑞貴がほとんど買ってくれてるので、だいぶお財布にゆとりが出てきた。
本当は外に食べにも行けるが、染みついた習慣はなかなか変えられない。
「綾」
嫌な声が聞こえてしまった。
「嵯峨さん、どうされました?」
フロアを見渡すが、皆出払っていて、運の悪い事に嵯峨と二人きりだった。
外回りから帰ってきたばかりなのか、カバンやポスターの入った紙袋を手に持っている。
「綾、ちゃんと話そう」
「嵯峨さん、私、今お付き合いしてる人がいるんです。迷惑なんです」
「あのトドの事言ってるんだろ? 信じられるかよ」
「嵯峨さん、最近の瑞貴見ました? もうトドじゃないですし、そもそもトドは失礼です」
「もう、そんな嘘はいいから……」
嵯峨がにじり寄ってきて、少し恐怖を感じたタイミングで、皆がランチから帰ってきた。
「あ、嵯峨さんだ。もしかして綾子さんとデキてるんですかー?」
冗談とも言えない冗談を、若手達はキャッキャしながら言ってくる。
「えー、やっぱりそう見える?」
「え! やっぱりってことは……」
嵯峨が勝手に話を進めたので、私は慌てて叫んだ。
「そんなわけないでしょっ!!」
するとまたエレベーターが開き、誰かが降りてきた。
急にフロアの空気が変わり、さっきまで私と嵯峨を揶揄っていた若手達も、エレベーターから降りてきた人物に視線が釘付けになっている。
「うっそ、やば」
「やばいやばいやばい、アレは反則でしょ」
女の子達のざわめきが良くわかった。
全員注目の人物は、堂々とした様子でこちらに向かって歩いてくる。
嵯峨もその人物を見て言葉を失っていた。
「ただいま戻りました」
瑞貴は髪を切っていて、コンタクトにしたのかメガネもなく、スーツも今の体型にあったものになっており、完膚なきまでのイケメンハイスペに生まれ変わっていた。
「瑞貴……その髪型……あとそのスーツも……」
「ああ、中川課長から許可を貰って、会社に戻る前に髪を切ってきたんです。スーツは注文していたものが届いたので、本日から着てみました」
どうしよう……これは皆、惚れてまう。
嵯峨が悔しさを堪えたような笑顔で瑞貴に声を掛けた。
「東堂さん、随分垢抜けましたね」
「広報課の嵯峨さんですね。社長に何か案件でも?」
「え?」
「だって、綾子さんと私は社長秘書なので」
「いや、綾子さんと話に来ただけです」
「そうですか。あ、もう昼休み終了ですよ」
瑞貴はこれ見よがしに腕時計を見た。
嵯峨はイラついた様子で瑞貴を睨む。だが、何かを思い出したのか、急に不敵な笑みを浮かべてカバンからチラシを取り出した。
「ああ、そうそう、広報資料をお渡ししておかないと。これ、今うちの扱ってる商品のイメージモデルのエリカです。東堂さんの元カノらしいですね。やっぱり社長の息子となると、こんな女性とお付き合いできるんですね。普通の女性じゃもう満足出来ないでしょ~」
嵯峨は私の机にバンッとエリカのチラシを置いた。
私と違いぱっちりとした二重の大きな瞳で、少し小悪魔な雰囲気のある、気の強そうな、今の瑞貴の隣にぴったりの完璧な美人である。
ああ……そうか。
なんで、想像できなかったんだろう……。
おそらく、元々の瑞貴は今の姿の方で、入社してきた時がたまたま太っていただけなのかもと。
それなら、エリカが元カノでも納得だし、昔はかなりモテただろうし、女性経験も豊富だろうし、あのキスも手練も頷ける。
瑞貴は机の上のチラシを手に取って、嵯峨に突き返す。
「この広告は、すでに社長は目を通していますので、お持ち帰りください」
「あー、そうでしたね。うっかりしてました」
嵯峨は、私に何か言いたそうな、不敵な笑みを浮かべて目配せしてきた。
瑞貴はその様子を見て、嵯峨に冷たく言い放つ。
「愛する人は今を一緒に生きる女性ただ一人なので、過ぎた話を今の話のように掘り起こさないで貰えますか?」
「お、認めた」
「ええ、愛する人は一人だと認めました」
瑞貴は言い切ると同時に私を見つめたが、それは嵯峨だけが気が付き、他は誰も気が付かなかったようだ。周りには、瑞貴の「愛する人は一人」の発言に気を取られていたようで、すでに騒ついていた。
「うそー……やっぱりいたかー、本命」
「だよねぇ……」
「っていうか、本当にエリカが元カノって時点で、チャンスも勝ち目もないわ……」
嵯峨のスマホが鳴り、瑞貴を睨みながら電話に出ると、そのまま電話で会話しながらエレベーターに乗ってフロアから出ていった。
スズメのさえずりと、瑞貴の優しい声で目が覚めると、既に瑞貴はワイシャツを着ていた。
「ん……あれ? 今日は走って行かないの?」
「ほら、今日は僕は中川課長と現地集合になってて、朝から向かわないといけないんです。だから、会社に行くのは午後になるんで、忘れないでくださいね」
そう言ってから、私の口に軽くキスをした。
「朝食はテーブルにあるんで。じゃあ、また午後」
私は瑞貴が手を振って部屋から出ていくまでを、ポーッと頬を染めて眺めていた。
まだ、昨晩の事が夢のようで、現実味がなかった。
瑞貴に抱かれていた時を思い出すと、胸が……こう……何というか……。
「……モヤモヤする」
何だあの手練は?
私の偏見だったことは反省するが、勝手に瑞貴はウブでピュアな童貞だと思っていた。
ところがどっこい、蓋を開ければ、嵯峨なんか足元にも及ばないほど手練ではないか。あれは絶対に童貞ではないし、一人二人の元カノでもないはず。キスなんて、どんだけの人数としたらああなるんだ???
いやいや、まさか、私は瑞貴のビフォアーを知ってるじゃないか。あの姿も私は本当に好きだった。好きだったが、あの見た目と、あの無愛想な姿で、女性を取っ替え引っ替えだったなんてこと……ないよね?
悶々としながら着替え、瑞貴の作った朝食を食べて、自分のお弁当を作ってから会社に行く。
午前中は、昨晩を思い出して胸をときめかせたり、悶々と悩んだりと、まったく仕事に身が入らなかった。
ランチの時間になり、周りは外に食べに行く中、一人机でお弁当を食べていた。元々節約のため、ランチはお弁当を持ってきていたが、瑞貴と暮らすようになってからジムは解約して瑞貴の家の器具を借りているし、食材も瑞貴がほとんど買ってくれてるので、だいぶお財布にゆとりが出てきた。
本当は外に食べにも行けるが、染みついた習慣はなかなか変えられない。
「綾」
嫌な声が聞こえてしまった。
「嵯峨さん、どうされました?」
フロアを見渡すが、皆出払っていて、運の悪い事に嵯峨と二人きりだった。
外回りから帰ってきたばかりなのか、カバンやポスターの入った紙袋を手に持っている。
「綾、ちゃんと話そう」
「嵯峨さん、私、今お付き合いしてる人がいるんです。迷惑なんです」
「あのトドの事言ってるんだろ? 信じられるかよ」
「嵯峨さん、最近の瑞貴見ました? もうトドじゃないですし、そもそもトドは失礼です」
「もう、そんな嘘はいいから……」
嵯峨がにじり寄ってきて、少し恐怖を感じたタイミングで、皆がランチから帰ってきた。
「あ、嵯峨さんだ。もしかして綾子さんとデキてるんですかー?」
冗談とも言えない冗談を、若手達はキャッキャしながら言ってくる。
「えー、やっぱりそう見える?」
「え! やっぱりってことは……」
嵯峨が勝手に話を進めたので、私は慌てて叫んだ。
「そんなわけないでしょっ!!」
するとまたエレベーターが開き、誰かが降りてきた。
急にフロアの空気が変わり、さっきまで私と嵯峨を揶揄っていた若手達も、エレベーターから降りてきた人物に視線が釘付けになっている。
「うっそ、やば」
「やばいやばいやばい、アレは反則でしょ」
女の子達のざわめきが良くわかった。
全員注目の人物は、堂々とした様子でこちらに向かって歩いてくる。
嵯峨もその人物を見て言葉を失っていた。
「ただいま戻りました」
瑞貴は髪を切っていて、コンタクトにしたのかメガネもなく、スーツも今の体型にあったものになっており、完膚なきまでのイケメンハイスペに生まれ変わっていた。
「瑞貴……その髪型……あとそのスーツも……」
「ああ、中川課長から許可を貰って、会社に戻る前に髪を切ってきたんです。スーツは注文していたものが届いたので、本日から着てみました」
どうしよう……これは皆、惚れてまう。
嵯峨が悔しさを堪えたような笑顔で瑞貴に声を掛けた。
「東堂さん、随分垢抜けましたね」
「広報課の嵯峨さんですね。社長に何か案件でも?」
「え?」
「だって、綾子さんと私は社長秘書なので」
「いや、綾子さんと話に来ただけです」
「そうですか。あ、もう昼休み終了ですよ」
瑞貴はこれ見よがしに腕時計を見た。
嵯峨はイラついた様子で瑞貴を睨む。だが、何かを思い出したのか、急に不敵な笑みを浮かべてカバンからチラシを取り出した。
「ああ、そうそう、広報資料をお渡ししておかないと。これ、今うちの扱ってる商品のイメージモデルのエリカです。東堂さんの元カノらしいですね。やっぱり社長の息子となると、こんな女性とお付き合いできるんですね。普通の女性じゃもう満足出来ないでしょ~」
嵯峨は私の机にバンッとエリカのチラシを置いた。
私と違いぱっちりとした二重の大きな瞳で、少し小悪魔な雰囲気のある、気の強そうな、今の瑞貴の隣にぴったりの完璧な美人である。
ああ……そうか。
なんで、想像できなかったんだろう……。
おそらく、元々の瑞貴は今の姿の方で、入社してきた時がたまたま太っていただけなのかもと。
それなら、エリカが元カノでも納得だし、昔はかなりモテただろうし、女性経験も豊富だろうし、あのキスも手練も頷ける。
瑞貴は机の上のチラシを手に取って、嵯峨に突き返す。
「この広告は、すでに社長は目を通していますので、お持ち帰りください」
「あー、そうでしたね。うっかりしてました」
嵯峨は、私に何か言いたそうな、不敵な笑みを浮かべて目配せしてきた。
瑞貴はその様子を見て、嵯峨に冷たく言い放つ。
「愛する人は今を一緒に生きる女性ただ一人なので、過ぎた話を今の話のように掘り起こさないで貰えますか?」
「お、認めた」
「ええ、愛する人は一人だと認めました」
瑞貴は言い切ると同時に私を見つめたが、それは嵯峨だけが気が付き、他は誰も気が付かなかったようだ。周りには、瑞貴の「愛する人は一人」の発言に気を取られていたようで、すでに騒ついていた。
「うそー……やっぱりいたかー、本命」
「だよねぇ……」
「っていうか、本当にエリカが元カノって時点で、チャンスも勝ち目もないわ……」
嵯峨のスマホが鳴り、瑞貴を睨みながら電話に出ると、そのまま電話で会話しながらエレベーターに乗ってフロアから出ていった。
15
あなたにおすすめの小説
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
Good day !
葉月 まい
恋愛
『Good day !』シリーズ Vol.1
人一倍真面目で努力家のコーパイと
イケメンのエリートキャプテン
そんな二人の
恋と仕事と、飛行機の物語…
꙳⋆ ˖𓂃܀✈* 登場人物 *☆܀𓂃˖ ⋆꙳
日本ウイング航空(Japan Wing Airline)
副操縦士
藤崎 恵真(27歳) Fujisaki Ema
機長
佐倉 大和(35歳) Sakura Yamato
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる