十七歳の春、不本意ながら魔法使いの妻になる

さくらぎしょう

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1. 生い立ち

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 小さな芸能事務所で、その事務所の稼ぎ頭だった俳優のマネージャーをしていた父は、芸能界らしく昼夜を問わず働き、家にはほとんど帰ってこなかった。

 帰ってきても、常に携帯が鳴り響き、父の視線は私や母ではなく、スケジュール帳や俳優の資料に向かっていた。

 母は、「透子のお父さんは凄い人なのよ」と褒めるばかりだった。

 母は父のあの激務の稼働時間を時給に換算したことはあったのだろうか?

 父が仕事に専念できるようにと、母は一人で私を育てたようなもの。少しの身体の異変くらいは目を瞑り、帰ってこない父がそれに気づくわけもなく、結果、母は帰らぬ人となった。

 そして、その一年後、父も激務の末の居眠り運転でこの世を去った——。

「透子ちゃん、バイトなんかしなくても、ちゃんと私が大学まで行かせてあげるよ」

 私を慈愛の目で見つめるイケオジ。

 白人の血が混じっているような日本人離れした容姿は、くっきりとした目に、高い鼻と、高い身長や長い足。声はダンディで渋く低い。今は役柄のために無精髭をはやし、パーマをかけたモサモサの髪型をしている。

 普段は裸眼だが、今は台本読みをしていたようで黒ぶち眼鏡を掛けていた。

「いえ、そこまでお世話になるわけにはいきませんから」

「違うよ。私が透子ちゃんにしてあげたいんだ」

「もし父のことを負い目に感じているなら、私は伊勢さんを一ミリも恨んでいませんのでお気遣いには及びません」

「透子ちゃん……」

 そう。
 目の前にいるこのイケオジが、私の父が担当していた俳優、伊勢櫂いせかい

 伊勢さんがまだ十代だった頃、彼を街で見かけた父が熱心にスカウトした。

 伊勢さんが脇役として出演したドラマが戦闘もので、甘い顔に似合わず、アクション俳優よりもアクションが上手かったことがきっかけで、ドラマや映画の話が次々と舞い込み、役者として花開いた。

 馬術、剣術、殺陣では右にでるものはいないと言われるほどの実力派俳優となり、おまけに容姿までも完璧で、一気にスターダムを駆け上がり、事務所の稼ぎ頭となった。

 タイトなスケジュールをこなした伊勢さんを自宅に送ったあと、父は居眠り事故で亡くなった。
 誰かを巻き込まなかったことだけが幸いだった。

 伊勢さんは父が事故を起こしたことで自分を責め、当時の事務所の社長とも喧嘩をして、大手事務所に移籍した。

 伊勢さんは自分のせいだと負い目に感じているけど、伊勢さんをこんな不安定な芸能界に引き込んだのは父。

 居眠りをしたのも父。

 伊勢さんを恨む理由などなく、むしろ申し訳なく思ってる。

 なのに、この人は、両親を失い、頼る親戚もいない私を、その負い目だけで引き取った。

「じゃあ、私もう行かないとバイト遅刻しちゃうんで。帰りは二十二じゅう時過ぎると思いますんで、先に寝ててください」

「そう……明日からひと月ほど撮影で地方に行くから、私が留守の間は気をつけてね。何かあったらすぐに私か、繋がらなければ木下マネージャーに電話して。必要なものがあれば、費用は気にせずマンションのコンシェルジュに頼んでいいから」

「はい。わかりました」

 履いたスニーカーのつま先を大理石で出来た玄関にトントンと打ちつけ、ドアノブに手を掛けた。

「いつもありがとうございます……」

「え?」

 伊勢さんの問いかけるような声を無視して、ドアノブを押してガチャリと扉を開けた。

「いってきます」

 振り返らずに、玄関を出て、バイト先に向かった。


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