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18. ある日の塩結び【セラドナイト】
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下校後、トーコは塩結びでバイトをしている。
たまに、イートインでスマホをいじってトーコの仕事終わりを待っていたら、どうやら僕が来ている日だけ売上が爆上がりするとかで、この店の店長さんから、おにぎりをサービスするから、トーコを待つ日はここで待っていて欲しいと頼まれた。
それ以降、ここで待ってる。
たまに、この通りの塾に通ってる、真斗と乃杏も塾終わりで合流する。
閉店まであと一時間を切った店内には、イートインスペースに僕達三人しか残っていなかった。
僕はスマホを眺め、乃杏は真斗に話しかけ、真斗は塾の宿題を解きながら返事をしていた。
「ねね、真斗、夏休みどこかいこ」
「夏休みねー……」
あまり乗り気ではなさそうな返事だったけど、真斗は視線を宿題から、離れたところで作業をしているトーコに向けると、何かを思いついた顔をした。
「四人で遠出しない? 透子のバイト予定に合わせて海はどう?」
「それ良い! さすが真斗。じゃ、透子に聞いてみる。ねえー透子、夏休み海いこー」
鈴を転がすような可愛らしい声が、あとひとつになったおにぎりのショーケースの前で、閉店作業を開始していたトーコのもとまで響いた。
「いや、夏休みは塩結びのバイトあるし」
トーコは塩対応で手を横に振っていた。
塩対応、こちらの世界で覚えた言葉。
クラスの女子から言われた。瀬楽君って私たちには塩対応。と。
「毎日じゃないでしょ? 海行こうよ。来年は受験あって遠出とか出来なさそうだし」
「お金貯めたくてバイトしてるのに、遠出なんてムリ」
「あ、じゃあ、うちの別荘に一泊で行こうよ? 葉山にあって、近くで親戚が海の家やってるから、単発でバイトしたいって言えば繁忙期だし、高い時給で大歓迎してくれるはず。バイトしに行くと思って、どう?」
キッチンの方から、暖簾を両手でかき分けて堂島さんが顔を出した。
「なになに? 楽しそうな話、俺も混ぜてくんない?」
「昂牙さーん、夏休み透子を私達に貸してくださーい。海行くんですー」
トーコのバイトの先輩、堂島さんともみんなで仲良くなった。
「どこ行くの?」
「湘南のほうです」
「お、いいねえ。ばっちり白高下さんのシフト調整店長にお願いするから、希望日だしといて」
「え゛、堂島さん!?」
「こういうのは行った方が良いよー。高校時代は一瞬で終わるくせに、いつまでも心に残るからさー」
みんなで夏の計画をしていると、閉店間際の店の扉が開いた。入ってきた人物を見て、全員がピタリと会話を止めた。
汚れたパジャマ姿の、裸足の五歳くらいの男の子。
すえた臭いもしている。
自分の記憶を呼び覚ます、身に覚えのある強烈な臭い。
「ままもぱぱもいないの……」
明らかに異様な光景に、誰よりも早く動いたのはトーコだった。
トーコは不潔と言わざるを得ないような姿の男の子を、躊躇なく抱き上げ、目線を同じにした。
「もう大丈夫だよ。お姉ちゃんたちと一緒に探そう。君、お腹は空いてない?」
「おなか……へったよ……」
男の子は泣き出し、トーコの腕をぎゅっと握り締めて抱き着いた。
“もう大丈夫だ、セラドナイト。お前の父は私が空へと弔った。だから、もう安心して、私と一緒に暮らそう”
二人の姿が、幼かった頃の自分と重なり、目が離せなかった。
あの腕の温かさと安らぎを、僕は知っていた。
警察を待つ間、トーコは自分のバイト代から男の子におにぎりと豚汁を振舞った。
男の子が安心出来るように膝の上にのせ、昼休みに僕にしてくれたように、箸で豚汁の具材を口元まで運んであげていた。
真斗が男の子を笑顔にしてあげようと手品を見せ始め、乃杏もアイドルの完コピダンスを歌付きで踊って見せた。
警察に引き取られる時には、男の子は笑顔になっていた。
ひと段落した頃には、すでに二十三時近くになってしまい、乃杏は親が店まで迎えに来ることになり、真斗は電車の時間があったので先に帰った。
トーコと堂島さんが閉店作業をしている間、僕と乃杏は店の外で待っていた。
「実は、私も透子にこの店で助けてもらったの。あっちは覚えてなかったけど」
「え?」
きっと話を聞いて欲しいのだろうけど、乃杏は切なそうな笑顔を残し、まだ躊躇していた。
そして、うつむくことで、言葉を踏み出した。
「去年、クリスマスの時期に、塾の帰り道で真斗に告白したんだ。そしたら、乃杏は大切な親友だから、その関係を壊したくないって、見事にフラれて……。もうさ、家に帰りたくなくて、通りかかったこの店に入ったの」
乃杏は、すでに明かりの消えた、イートインスペースのある辺りを眺めた。
「泣いちゃダメだってわかっていたけど、涙が止まらなくて。イートインでみっともなく泣いてたら、透子があったかいお茶を出してくれたの」
“これ飲んだら、とっても温まりますよ”
「別に慰めの言葉があったわけじゃないけど、その距離がありがたくて、一口飲んだら本当にあったかくて……」
“ゆっくりしていってくださいね”
「優しく背中を撫でてくれて。それで気づいたの。あ、この子が真斗が言ってたおにぎり屋の女の子だって。真斗、この子が好きなんだろうなって。私も、この子になら、真斗を譲れるって思えた」
乃杏の話に静かに耳を傾けていれば、次第にエンジンが温まり始めて、いつの間にかトーコへの愚痴へと変わっていった。
「なのに、透子ったら二年で一緒のクラスになったのに、私のことまったく覚えてなかったの!! 信じられる!?」
乃杏がヒートアップし始めた頃、運よく乃杏の迎えの車がやってきた。
助かった。
「あー、もう! 良いところでお母さん来ちゃったし。今度しっかり聞いてね! ばいばい」
「うん、バイバイ」
この世界での生活に表情をほころばせていれば、去って行く乃杏と入れ替わる様に店からトーコが出てきた。
彼女と目が合った瞬間、ほころんでいた表情が花開くのを抑えきれなかった。
「お疲れ様、トーコ」
「お待たせ。乃杏ももう帰ったんだね」
「うん、帰った。トーコの話聞いちゃった」
「え! 何!?」
「ひみつ~」
「一体どんな話!?」
歩きだした僕を、トーコが疑いの目を向けながら早歩きで追いかけてきた。
その姿が可愛くって、おかしくて、つい、からかいたくなった。
歩みをピタリと止め、トーコにくるりと振り返った。
「僕もトーコに温めてもらいたいな」
戸惑うトーコが見たくて、冗談で両手を広げて待ってみた。
なのに、トーコは僕に向かってドシドシ足音を立てて近づくと、ぎゅっと抱きしめ、背中をさすったり、ぽんぽんと叩いてくれた。
「よしよし。セラもきっと私が知らない苦労があったんだよね。大丈夫、大丈夫」
ぶっきらぼうな棒読みだったけど、手の動きはとても丁寧で温かかった。
“もう大丈夫だ、セラドナイト”
またあの頃を思い出し、僕もトーコに腕を回した。
僕の表情を見せないため、しっかりとトーコを胸に抱きしめた。
あの人のために僕はなんだって出来るのに、今になって胸が痛みだした。
ポケットではスマホのバイブが短く鳴った。
何よりも大切な、陛下からのメッセージだろう。
たまに、イートインでスマホをいじってトーコの仕事終わりを待っていたら、どうやら僕が来ている日だけ売上が爆上がりするとかで、この店の店長さんから、おにぎりをサービスするから、トーコを待つ日はここで待っていて欲しいと頼まれた。
それ以降、ここで待ってる。
たまに、この通りの塾に通ってる、真斗と乃杏も塾終わりで合流する。
閉店まであと一時間を切った店内には、イートインスペースに僕達三人しか残っていなかった。
僕はスマホを眺め、乃杏は真斗に話しかけ、真斗は塾の宿題を解きながら返事をしていた。
「ねね、真斗、夏休みどこかいこ」
「夏休みねー……」
あまり乗り気ではなさそうな返事だったけど、真斗は視線を宿題から、離れたところで作業をしているトーコに向けると、何かを思いついた顔をした。
「四人で遠出しない? 透子のバイト予定に合わせて海はどう?」
「それ良い! さすが真斗。じゃ、透子に聞いてみる。ねえー透子、夏休み海いこー」
鈴を転がすような可愛らしい声が、あとひとつになったおにぎりのショーケースの前で、閉店作業を開始していたトーコのもとまで響いた。
「いや、夏休みは塩結びのバイトあるし」
トーコは塩対応で手を横に振っていた。
塩対応、こちらの世界で覚えた言葉。
クラスの女子から言われた。瀬楽君って私たちには塩対応。と。
「毎日じゃないでしょ? 海行こうよ。来年は受験あって遠出とか出来なさそうだし」
「お金貯めたくてバイトしてるのに、遠出なんてムリ」
「あ、じゃあ、うちの別荘に一泊で行こうよ? 葉山にあって、近くで親戚が海の家やってるから、単発でバイトしたいって言えば繁忙期だし、高い時給で大歓迎してくれるはず。バイトしに行くと思って、どう?」
キッチンの方から、暖簾を両手でかき分けて堂島さんが顔を出した。
「なになに? 楽しそうな話、俺も混ぜてくんない?」
「昂牙さーん、夏休み透子を私達に貸してくださーい。海行くんですー」
トーコのバイトの先輩、堂島さんともみんなで仲良くなった。
「どこ行くの?」
「湘南のほうです」
「お、いいねえ。ばっちり白高下さんのシフト調整店長にお願いするから、希望日だしといて」
「え゛、堂島さん!?」
「こういうのは行った方が良いよー。高校時代は一瞬で終わるくせに、いつまでも心に残るからさー」
みんなで夏の計画をしていると、閉店間際の店の扉が開いた。入ってきた人物を見て、全員がピタリと会話を止めた。
汚れたパジャマ姿の、裸足の五歳くらいの男の子。
すえた臭いもしている。
自分の記憶を呼び覚ます、身に覚えのある強烈な臭い。
「ままもぱぱもいないの……」
明らかに異様な光景に、誰よりも早く動いたのはトーコだった。
トーコは不潔と言わざるを得ないような姿の男の子を、躊躇なく抱き上げ、目線を同じにした。
「もう大丈夫だよ。お姉ちゃんたちと一緒に探そう。君、お腹は空いてない?」
「おなか……へったよ……」
男の子は泣き出し、トーコの腕をぎゅっと握り締めて抱き着いた。
“もう大丈夫だ、セラドナイト。お前の父は私が空へと弔った。だから、もう安心して、私と一緒に暮らそう”
二人の姿が、幼かった頃の自分と重なり、目が離せなかった。
あの腕の温かさと安らぎを、僕は知っていた。
警察を待つ間、トーコは自分のバイト代から男の子におにぎりと豚汁を振舞った。
男の子が安心出来るように膝の上にのせ、昼休みに僕にしてくれたように、箸で豚汁の具材を口元まで運んであげていた。
真斗が男の子を笑顔にしてあげようと手品を見せ始め、乃杏もアイドルの完コピダンスを歌付きで踊って見せた。
警察に引き取られる時には、男の子は笑顔になっていた。
ひと段落した頃には、すでに二十三時近くになってしまい、乃杏は親が店まで迎えに来ることになり、真斗は電車の時間があったので先に帰った。
トーコと堂島さんが閉店作業をしている間、僕と乃杏は店の外で待っていた。
「実は、私も透子にこの店で助けてもらったの。あっちは覚えてなかったけど」
「え?」
きっと話を聞いて欲しいのだろうけど、乃杏は切なそうな笑顔を残し、まだ躊躇していた。
そして、うつむくことで、言葉を踏み出した。
「去年、クリスマスの時期に、塾の帰り道で真斗に告白したんだ。そしたら、乃杏は大切な親友だから、その関係を壊したくないって、見事にフラれて……。もうさ、家に帰りたくなくて、通りかかったこの店に入ったの」
乃杏は、すでに明かりの消えた、イートインスペースのある辺りを眺めた。
「泣いちゃダメだってわかっていたけど、涙が止まらなくて。イートインでみっともなく泣いてたら、透子があったかいお茶を出してくれたの」
“これ飲んだら、とっても温まりますよ”
「別に慰めの言葉があったわけじゃないけど、その距離がありがたくて、一口飲んだら本当にあったかくて……」
“ゆっくりしていってくださいね”
「優しく背中を撫でてくれて。それで気づいたの。あ、この子が真斗が言ってたおにぎり屋の女の子だって。真斗、この子が好きなんだろうなって。私も、この子になら、真斗を譲れるって思えた」
乃杏の話に静かに耳を傾けていれば、次第にエンジンが温まり始めて、いつの間にかトーコへの愚痴へと変わっていった。
「なのに、透子ったら二年で一緒のクラスになったのに、私のことまったく覚えてなかったの!! 信じられる!?」
乃杏がヒートアップし始めた頃、運よく乃杏の迎えの車がやってきた。
助かった。
「あー、もう! 良いところでお母さん来ちゃったし。今度しっかり聞いてね! ばいばい」
「うん、バイバイ」
この世界での生活に表情をほころばせていれば、去って行く乃杏と入れ替わる様に店からトーコが出てきた。
彼女と目が合った瞬間、ほころんでいた表情が花開くのを抑えきれなかった。
「お疲れ様、トーコ」
「お待たせ。乃杏ももう帰ったんだね」
「うん、帰った。トーコの話聞いちゃった」
「え! 何!?」
「ひみつ~」
「一体どんな話!?」
歩きだした僕を、トーコが疑いの目を向けながら早歩きで追いかけてきた。
その姿が可愛くって、おかしくて、つい、からかいたくなった。
歩みをピタリと止め、トーコにくるりと振り返った。
「僕もトーコに温めてもらいたいな」
戸惑うトーコが見たくて、冗談で両手を広げて待ってみた。
なのに、トーコは僕に向かってドシドシ足音を立てて近づくと、ぎゅっと抱きしめ、背中をさすったり、ぽんぽんと叩いてくれた。
「よしよし。セラもきっと私が知らない苦労があったんだよね。大丈夫、大丈夫」
ぶっきらぼうな棒読みだったけど、手の動きはとても丁寧で温かかった。
“もう大丈夫だ、セラドナイト”
またあの頃を思い出し、僕もトーコに腕を回した。
僕の表情を見せないため、しっかりとトーコを胸に抱きしめた。
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