深く刻まれた皇妃への想い

さくらぎしょう

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18.セラフィーナの記憶2

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 レンツォ・ティベリオは、よく喋る。

 私は魔法の訓練なんてもうする気もないのに、毎日レンツォはここに来てはひたすら一方的に話をしていた。

 アンジェロは頻繁に来れた時ですら、さすがに毎日は来れなかったのに、コイツはどんだけ暇人なのか。皇帝直属第一魔法隊なんて、アンジェロ以外は大したことないのね。

「僕ね、元々料理人なんですよ。たまたま僕の料理を食べた師匠が、僕の料理から類稀なる・・・・魔力を感じたそうで、まあ、スカウトってやつですか? そうです、スカウトされちゃったんですよ~」

「……」

 レンツォがどんなに毎日来て語り掛けてきても、無視を決め込み、時だけが過ぎて行った。

 着々とバルトロとの結婚式の準備も進み始めた頃、アンジェロが冴えない地味な女と結婚したと侍女から聞いた。

「きっとアンジェロ様がいらっしゃらないのは、美しいセラフィーナ様を見たら、自分の妻と見比べて判断を誤ったことを後悔するからです」

 アンジェロの妻に失礼だなと思いつつも、心の底では侍女の言葉を期待してしまう自分がいた。だから、侍女に対してそこまで嫌な気持ちにはならなかった。

 そこからまた少し経った頃に酷く気持ちを逆撫でてきたのは、私とアンジェロとの関係など知らない、おしゃべり好きのレンツォだった。

「結婚して間もないのに、師匠の奥様がもうご懐妊されたんです! 師匠はお優しいから、それはもう結婚まえから奥様を気遣い、大切にされているんですよ。あんなに美しい男性に甘やかされたら、どんな女性でもべた惚れになりますよね。きっと夜伽も奥様は積極的だったでしょう。ご懐妊も早いわけだ。あ、僕もめちゃくちゃ愛妻家なんですよ! 今度ぜひ僕たちの愛息にも会ってくださいね」

 レンツォはそこそこ男前だが、この時ばかりは酷く下品な男にしか見えなかった。

「……なんでそんな話するの?」

 そう言えば、これがレンツォに掛けた初めての言葉だった。
 バカなレンツォは声を掛けたことに大喜びした。

「わあ! やっぱり素敵な声をしていらっしゃいましたね。はい、なんでこの話をしたかと申しますと、僕の師匠であるアンジェロ様は、王女殿下の師匠でもあります。ですので、魔法の訓練を今日もしないのであれば、本日は一緒に師匠へのお祝いのお菓子など作ってみませんか? と、ご提案したかったのです」

 完全にドヤ顔のレンツォに、ため息しか出なかった。この男は酷く空気が読めず、この上なく心が純粋である。

「なんで私がお菓子作りなんてしないといけないのよ」

「え……?」

 私が諸手を挙げて賛成するとでも思っていたのか、反応が予想外だったようで、レンツォは驚きが隠せない様子だった。

 でも、やはりアホだった。

「そうか……王女殿下は師匠がお嫌いだったんですね。だから僕に訓練指導を交代されたのか……」

「どこまでアホなのよあなたは……もういいから、アンジェロのことを嫌ってるわけじゃないから、お祝いのお菓子はあなた一人で作って渡しておいて」

「それでは、連名で渡す要素がないのですが……」

「私も作ったことにしたらいいでしょ」

「それは不正です」

「融通利かないやつね……」

「本当のところを申しますと、王女殿下と一緒に料理がしたいだけなんです」

「は?」

「悩みを言って欲しいとまでは思いません。ただ、殿下を笑顔にして差し上げたいと思っております」

 そう、こいつは……この上なく純粋なのだ。
 真っ直ぐに、レンツォ自身の心のように澄んだ瞳を私に向けてくる。

 突然、近くの木からガササッと枝葉を揺らしながら何かが落ちてくる音がした。

 私とレンツォは落ちてきたものを確認しに駆け寄ると、ガレアータ・ドゥラドゥラの雛鳥がドゥララと特徴的な鳴き声で鳴いていた。

「巣から落ちたのか。今戻してやるからな」

「落とされたのよ。戻してもまた落とされるわ」

「誰にですか!?」

 木の上を見上げてみせたが、姿は見えない。でも、ドゥララという鳴き声だけは降ってくる。

「ほかの雛鳥たちよ。ドゥラドゥラの縄張り争いは激しいの。それは雛鳥の時から始まるのよ」

「そんなぁ……」

「あら、あなたの国の皇帝も同じようなものでしょ」

「おっ、王女殿下! シーって!! そんなことおっしゃってはいけませんて」

 レンツォの手のひらではドゥラドゥラの雛が弱りきって鳴く力もなくなり始めていた。
 涙目でオロオロするレンツォに見かね、雛鳥に手を当てて治癒魔法を掛けた。ドゥララと何度も鳴き始めた雛鳥を見て、レンツォは泣いて喜んでくれる。

「ありがとうございます、王女殿下!」

「自然の摂理に逆らったわね。さて、この雛は巣に戻してもまた蹴落とされるだけだわ。どうしたものか……」

「なら私が育てます」

「育てる? 人に懐かないドゥラドゥラを?」

「懐かなくったって、大人になるまでは私の手からでも餌を食べてくれますよ。大人になったら自分の力で飛び立って生きてくれたら、それでいいです」

「本当……馬鹿な男ね」

「ということで、この子の籠やら何やら準備したいので、すいませんが私は今日は帰ります」

「はいはい、お好きに。むしろ明日も来なくていいわよ」

「ご安心ください! 明日も来ますから」

 レンツォのキラキラした目を呆れながら見ていたら、彼は私に小さな布袋を渡して来た。

「僕が作ったんです。お腹が空いた時にでも食べてください。きっと元気になりますよ」

「仕方ないから受け取っておくわ」

「今度はそれ一緒に作るんで、味を覚えておいてくださいね」

「いやよ。美味しかったらあなたがまた作って私に食べさせなさい」

 レンツォは私の返事を聞きもせずに、雛を抱いたまま笑顔で手を振って王宮へと駆け出す。
 付与魔法使いのレンツォは自分では転移が出来ない為、王宮の中で待機させている仲間の元まで戻って行った。

 ここに鏡はないけど、自分の口元が綻んでいるのがわかった。
 今日の訓練は少しだけ楽しかった。

 気分良く部屋に戻ろうとしたら、王宮から大慌ててで侍女が私に向かって駆け寄って来ている。

「セラフィーナ様! しっ、至急お着替えください」

「どうしたの、そんなに慌てて」

 侍女は私の前まで来ると、ぜえぜえと肩で息をしながら説明する。

「ばっ……バルトロ皇帝陛下が……いらっしゃいました。セラフィーナ様にお会いしたいと」

「まさか、なぜ急に?」

「わかりませんが、お急ぎください」

 まだバルトロとは対面して会ったことはなく、肖像画でしか見た事がなかった。

 獰猛で冷酷な男と評判で、攻撃魔法の使い手として知らない者はいない。

 大魔法使いのアンジェロまでも従える大国の皇帝であり、おそらくこの東ガレリア王国の聖水を手中に収めるために、私との婚姻を望んだ。

 急いでドレスを着替え、公式行事に身につけるアクセサリーで着飾れば、初めて会う未来の夫の元へと向かった。

 婚約者の待つ部屋の中へ進めば、部屋の中が緊張感で張り詰めているのをピリピリと肌に感じる。
 護衛の男達や、壁際に並ぶ我が国の兵士たちが、皆真っ青な顔でバルトロの覇気に耐えていた。その中には、どんな時でも朗らかな笑顔を絶やさなかったレンツォもいた。帰ろうとしたらバルトロが来て帰れなくなったのだろう。

 足を組んで頬杖をつきながら椅子に座るバルトロは、肖像画の印象よりもずっと威圧的だった。

 獅子のようなカナリアブロンドの髪に、噂通り獰猛そうな目つき。
 堀の深い顔立ちは、顔に陰影を作り表情をより険しく見せていた。
 筋肉質で大きくがっちりとした身体に、厚みのある胸板には、強い雄の魅力を感じて惹かれる女性は多いだろう。

 何もかも、アンジェロとはまるで正反対だった。

「初めてお目に掛かることが出来、光栄に存じます。セラフィーナ・モレッティと申します」

「……知ってる」

 女には倦んでいるといった様子。私を望んでいるとは到底信じ難い。やはり黒い水が狙いだろう。
 私はお辞儀をしたまま顔を上げられなかった。
 この男との結婚は嫌だったけど、皇妃に望んだのは私だけという言葉に、僅かながら彼からの愛を期待していた……。
 それが今砕け散ったのだ。

 バルトロは立ち上がり、頭を下げたまま動けない私の元に近づいてきた。
 ピタリと私の前で止まると、顎を乱暴に掴み、顔を上げさせた。
 視線が合うと、絶望感しか湧かなかった。

 アンジェロの妻は、きっと人生の最期の日まで彼に愛を注がれ、大切にされるだろう。

 彼との子供は愛おしく、自分の人生全てを捧げても良いと思える存在になるはずだ。

 それは、自分には訪れない夢の日々——。

「私の魔力を回復してみせろ」

「え」

「お前の価値を示せ」

 バルトロは顎から手を離し、回復魔法を待っている。あまりに待たせれば何をされるかわからず、すぐにバルトロの胸に片手を添え、回復魔法を施した。

 バルトロ皇帝の髪がふわりと舞い上がるが、すぐに落ちた。

「不完全のようだが、確かに強い回復は感じるな。お前を完全にするために魔法の指導に送っていたが、ちゃんと指導を受けているのか?」

「不完全なのではなく、陛下の魔力量が膨大な為、通常量では足りないだけです」

「では一回で完全に私を回復できるようになるんだな。このままお前を連れ帰る。私の城でお前を訓練した方が早い。ただちに皇妃になれ」

「しかし、そんな突然のことを父と母が許すかどうか」

「問題ない。お前の両親は先ほど始末した」

 バルトロはなぜか窓の外を指差す。

「何を……」

 ゆっくりと指し示された方向を見れば、王宮を囲む防御壁に奇妙な凹凸が二つ見える。

 ドクドクと心臓が激しく脈打ち始め、それ以外の音が世界から消え去った。
 
 必死に目を凝らせば、その凹凸は二つの生首であることがわかった。

 叫び声を上げる前に私は気を失わされ、目が覚めれば、視界に飛び込んできたのは知らない部屋の天井だった。


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