深く刻まれた皇妃への想い

さくらぎしょう

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19.セラフィーナの記憶3

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 天井から垂れ下がるシャンデリアは宝石のように豪華絢爛だった。部屋の壁や柱は薔薇のように深い赤や、サルビアのような鮮やかな赤、ふんわりとしたピンクに近い赤など、赤にも色々種類があるのだと思わせるほど様々な赤色で彩られており、見たこともない華やかな部屋だった。
 部屋の中は甘い香の香りが漂い、ベッドは三人くらいは一緒に寝れそうなほど広く、床には複雑な模様の絨毯が敷かれている。背の低い床座り用の大きなソファが置かれており、他にも一人掛けのソファもあったりと、くつろぐことを重視したような部屋であった。

 ベッドから降りて窓に近づけば、外は花や木で溢れた花園で、ボートの浮かぶ小さな池まである。隣には小さな宮殿も見えた。
 
 部屋の扉が開くと、使用人らしき女が目覚めた私を見るや、すぐにまたどこかに行ってしまった。それからさほど時間も掛からず、また扉が開くと、今度はレンツォがベッドトレイに食事を乗せてやって来た。

「目覚められて安心しました」

「しらじらしい……」

 心優しいレンツォが本心で言っているのはわかっている。でも、あの場でただ私を見ていることしか出来なかった男。
 彼が動けなかったのも無理はないし、悪いのはバルトロだとわかっているのに、どうしようもなくレンツォに腹が立つ。
 こんな自分にも嫌気がさしてしまう。

「ここはバルトロの城? 随分イメージと違うけど」

 相変わらずレンツォは私が声を掛ければ犬のように嬉しそうな顔をする。今は目に涙まで浮かべ、鼻まで啜っているが。

「本当は……私の顔も見たくありませんよね……なのに、お声がけくださりありがとうございます」

 ぽろぽろと零れる涙を止めようと、レンツォは必死に目を瞑って喋っていた。

「食事に涙が入るから先にそれをここに置いて。あと、私の質問に答えて」

「あ、は、はい」

 レンツォはベッドに食事を置くと、質問に答えた。

「ここは、正確には王城の敷地内にあります妃達が住む離宮です。この建物は皇妃様専用離宮で、隣が側妃様達が住んでいる離宮となります。総称してここ一帯を赤の離宮と呼んでいて、陛下以外は男子禁制です」

「レンツォも男でしょ」

 おしゃべりなレンツォが、らしくない微笑を見せて黙り込み、急に胸騒ぎがしてきた。

「ねえ……まさか……だってあなた妻や息子の話をしてたわよね?」

「宦官になる前の話です。この度セラフィーナ皇妃・・殿下の魔法指導兼宦官侍従長となりました」

 バカだとばかり思っていたけど、今は大人びた表情で本当に馬鹿なことを言っている。

「宦官になったのはいつ」

「さあ、いつだったか」

「誤魔化さないで! 私の侍従だと言うなら答えなさい。宦官の手術を受けたのはいつ」

 レンツォは黙っていた。

「私は皇妃なんでしょ? だったらその権限を使ってやるわ! これは皇妃が自分の侍従に命令しているの。答えなさい!」

 レンツォは視線を下げて口を開いた。

「数日前です。私も気を失ったので、正確なことは覚えていません」

「そんな……それってつまり……私がここに来たからでしょ?」

「殿下! そんな風に考えないでください! 何もかも自分が招いた結果です。殿下は何一つ悪くありません。むしろ、このような事態になってしまった責任を感じています」

「宦官の侍従長ともなれば、家にだってそう簡単に帰れないじゃない」

 レンツォは必死に涙を堪えて、何でもないように喋ろうとする。

「始まりはただの料理人が、今は皇妃様の侍従長ですよ? 大出世じゃないですか。しかもほら、僕ずっと喋ってるから妻にも息子にも面倒くさがられてて、ちょっと会えないくらいが丁度いいんです。それに、まったく帰れないわけでもないですよ」

 レンツォは突然ひざまずき、私に真剣な眼差しを向けて来た。

「私なんかよりも、殿下の方がお辛いはずです。どうか、私にお世話をさせてください」

「何言ってるのよ……何でそうなるのよ……」

 頭と心が追い付かず、私まで涙が流れてしまう。レンツォに涙を見せるなんて悔しくて、ベッドに置かれた食事に目をやり、夢中で口に詰め込み始めた。
 味なんてまったくわからないのに、一口運ぶごとに身体が楽になっていくのがわかる。

「美味しいですか? 僕が作ったんですよ。僕の付与魔法は人ではなく、人が口にするものに力を付与出来るんです」

「変わった付与魔法ね」

「だから特殊なんです。魔法隊でも師匠のように現場で動くというより、付与魔法を加えた菓子を渡しておくだけで良かったんです。隊の皆は近くに付与魔法使いがいなくてもいいから便利だと言ってくれました。黒い水を飲みながら、僕のお菓子を食べたら完璧だと」

「だから毎日来れたのね……」

「今日はゆっくりお休みください。明日からは魔法の訓練をしないといけません」

「嫌よ」

「お気持ちはわかります。でも、皇帝陛下のご命令です」

 意固地になっていた私はしばらくこの陛下のご命令とやらを無視していた。それで殺された方が本望だと思っていたから。祖国がどうなったか知りたくても誰も教えてくれない。脱走も考えたけど、大陸一の軍事力を持つバルトロの手の内からは逃げられないと知った。
 毎日部屋の中でボーっと過ごし、食事もたいして手をつけなかった。それでも健康に問題ないのは、悔しいかなレンツォの作る料理のたった一口が大きいのだろう。あいつはたまに水の栄養素まで強化してくる。

 そんな日が無駄に流れるだけでも、意外にもバルトロは何も文句は言ってこなかった。姿もあの日以来見ていないけど、離宮で働く誰かに咎められることもなかった。レンツォも「さあ訓練をしましょう」とは言うものの、私が無視すれば、それ以上誘うこともなく、東ガレリアに居た時と同じように一人で何かを話していた。

 半年くらい過ぎただろうか、レンツォがいつものように私のそばで一人くだらない話をペラペラと喋っている時に、窓を何かがつつく音がした。振り向けば、大きな黒いドゥラドゥラが窓をつついている。

「シャドウ!」

 レンツォが大喜びで窓に駆け寄り、中に招き入れた。レンツォが急いで腕に布をぐるぐる巻きつけ終えると、シャドウはその腕に飛び乗った。

「シャドウ?」

「そうです。殿下が救ってくださった、ドゥラドゥラです」

「まあ! こんなに大きくなったの!? しかも、あなたの腕に乗るだなんて」

「へへ、賢いんです。まだ完全な成鳥ではないですが、もう自分で狩りも始めました」

「名前までつけて、すっかり飼いならされてるわね」

 シャドウはくちばしに果実を咥えており、それをレンツォに渡したいのか首をクイクイ動かしている。

「ありがとう、シャドウ。でもシャドウがかじっちゃったら、もうこれは料理には使えないよ」

 レンツォの言葉を理解するのか、シャドウは肩を落としてがっかりしているように見えた。

「わかった! これでシャドウのごはんを作ってあげるよ! そうだなあ……ネズミの果実ソースがけ」

 聞いているだけで食欲が失せた。

「それは……美味しそうじゃないわね……」

「そうは言っても殿下、ドゥラドゥラの主な餌がネズミなので。昆虫も好きですが」

「まあ、そうよね……」

 私はしばらくシャドウを眺めていた。人の言葉を理解し、自らレンツォにプレゼントする為くちばしに果実を咥えてくるなんて、本当に賢い。しかもバルトロの警備をいとも簡単に掻いくぐり、皇妃の部屋までやって来た。伝書鳩だってここまで賢く動けない。

 私は一つ思い浮かんでしまう。

「ねえ……シャドウは手紙も運べる?」

「手紙ですか?」

「ええ。アンジェロに手紙を送りたいの」

「師匠に? だったら使用人に持って行かせますよ」

「だめよ。中身を読まれたらどうするの?」

「読まれちゃいけないものを送るつもりですか? それこそ皇帝陛下に見つかったら大変ですよ?」

「だから、シャドウにお願いしたいんじゃない。伝書鳩は危ないけど、ドゥラドゥラが人の手紙を運んでいるとは思わないし、シャドウの賢さなら見つからずに出来るんじゃないかしら」

「まあ……まあ、そうですけど……」

「お願い、レンツォ」

「じゃあ……魔法の訓練をちゃんとしてくれるって約束してください」

 アンジェロと連絡が取れるというならどんなことでも出来る。その先の結果なども気にせずに。
 祖国にはもう家族はいない。祖国すらまだあるのかもわからない。明日への希望も生きる目的もない自分には、アンジェロだけが命を繋ぐ理由だった。

「いいわよ。バルトロを喜ばせてやるわよ。だからアンジェロに手紙を送らせて」

 その日のうちに手紙をシャドウに託した。だけど、アンジェロから返事が来たのはひと月もかかった。

 しかも、届けてくれたシャドウは瀕死の状態で窓から飛び込んで来たのだった。

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