深く刻まれた皇妃への想い

さくらぎしょう

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20.セラフィーナの記憶4

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 真昼間の皇妃の部屋の開いた窓に飛び込んで来たシャドウは、そのまま絨毯の上に倒れ込んだ。

「シャドウ!!」

 身体中に魔法で攻撃された痕があり、それでも血だらけになった手紙を必死に咥えていた。

「シャドウ、誰に……。とにかく今治癒魔法をかけるから」

 シャドウの身体に手をあて治癒魔法を開始するが、なんと私の力が跳ね返されてしまった。

「何これ……」

 その様子を見ていたレンツォの顔が真っ青になっていた。

「皇帝陛下だ……気づかれたんです」

 レンツォは立ち上がる。

「殿下、すいませんがシャドウを見ていてください。薬箱を取ってきます」

「ええ、そうね。治癒魔法が使えないならそれしかないわ」

 レンツォは走り出し、私はシャドウの流れる血を止めようと手で必死に押さえる。シャドウの呼吸が弱くなっていき、正直もう助からないと思った。

 レンツォが戻って来ると、彼は救急箱だけでなく、黒い水が入った瓶まで持って来た。

「黒い水? 魔力回復はシャドウには関係ないでしょ」

「藁にもすがる思いです。黒い水の持つ神秘の能力を、僕の付与魔法で最大限に引き出せたら、魔力だけでなく治癒も出来ないかと」

「それなら、私がレンツォの魔力レベルを上げる付与魔法をおこなうわ」

「ありがとうございます!」

 私はレンツォに触れ、レンツォは黒い水の瓶を掴む。服の上からでも付与魔法が施せるように、瓶くらいの厚みなら十分付与魔法は施せた。

 私が魔法を発動すると、レンツォの持つ瓶が光り輝く。どんどんとその光量は増し、黒い水が瓶の中で踊っているのがわかった。
 
 光がおさまったところでレンツォは黒い水をシャドウの口の中に運ぶ。飲むことが出来ないので、口の中にむせない程度に流し込む作業だ。

 瓶の中身が半分くらいになった時、シャドウの羽がぱさぱさと動き始めた。
 流れていた血は止まり、傷がどんどん綺麗になっていく。

「殿下! やりました!! 黒い水が治癒の効果まで出せるようになったんです!」

「すごいわレンツォ! 魔力回復も怪我も治せるなら、黒い水は本当に万能だわ」

 シャドウは絨毯の上でバタバタと羽と身体を動かして再び飛び上がり、窓の外へと飛んで行った。

「ありがとうございます、殿下。でも、黒い水を使った事は内緒にしてください」

「なぜ? 私とあなたの魔法で黒い水を変化させられたなんて、凄い発見じゃない」

「殿下……実は黒い水は失われつつあります」

「え?」

「殿下がこちらに来てから、東ガレリアで湧いていた黒い水が無色透明に変化し、その力を失い始めたのです。ですから、今では黒い水は本当に貴重なもので、それを持ち出したことが知られたら僕はここに戻って来れなくなります」

「黒い水が……そんな……。ねえ、私の祖国は今はどうなっているの?」

「もうありません。帝国の一部となり、今は陛下の直轄地域になっています。僅かに採れる黒い水はすべて帝都に運ばれ、陛下の許可なくは使用できません」

 レンツォは、絨毯の上に落ちたままだったアンジェロからの返事を拾い、私に渡してくれた。

「お部屋を片付けます。殿下はソファになどお掛けになって手紙を読んでいてください」

「ありがとう……」

 私は部屋を片付けるレンツォから目が離せなかった。バルトロの管理下となった黒い水を勝手に持ち出したとあれば、遅かれ早かれ持ち出したことは見つかり、罰を受けるだろう。

 レンツォはシャドウの血や泥で汚れた絨毯の染みを取り終えると、掃除道具や救急箱、半分だけ残った黒い水の瓶を持って部屋を出て行った。

 私はベッドに座り、アンジェロからの手紙を開く。

 “レンツォは魔法訓練を殿下にしていなかった咎で、殿下と共に赤の離宮で生活し、今まで以上に殿下に訓練をするように命じられました。まさか宦官にまでさせられるとは誰も思ってもみませんでしたが、レンツォは大役を受け止めています。

 レンツォは自分が魔法の訓練さえしていれば、殿下の両親は殺されることも無く、殿下の結婚が不幸な始まり方にならなかったと悔やんでいます。レンツォが無理に訓練をしなかったのは、殿下を思い遣っての事でした。でも、だからといって、言い訳も、誰かを責めもしない。そういう優しい男です。

 残されたレンツォの妻と息子はとても賢く気丈で、レンツォを深く愛しています。二人ともレンツォの役目が終わり、家に帰ってくる日を静かに待っています。
 いつか、殿下もあの二人に会ってあげてください。美しいプラチナブロンドの涼しげな顔立ちの妻と、レンツォに良く似た柔らかい雰囲気の男の子です。
 そして、レンツォの働きぶりを話してあげてください。妻と息子はレンツォと過ごせなかった空白の時間を埋めることができ、彼を誇りに思うでしょう。

 皇帝陛下の皇妃となられましたこと、心よりお喜び申し上げます”

 手紙を読み終えれば、虚しさしか残らなかった。
 
 バカなのはレンツォではなく自分だ。
 終わった恋にいまだにすがり続け、そのせいでいつもレンツォを巻き込んだ。

 魔法の訓練をしていれば、彼は宦官にならず、いまでも家族のもとに帰っていただろう。もしかしたら次の子供が生まれていた可能性すらある。

 私が手紙を出したいなんて言わなければ、シャドウは怪我もしなかったし、レンツォも黒い水を盗むなんて危ないマネはしなかった。

 その日以来、レンツォは姿を現さなかった。
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