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21.セラフィーナの記憶5
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私の側仕えが侍従長から他の侍女へと交代され、魔法指導は決まった時間に赤の離宮から軍施設に転移させられ、そこでアンジェロの部下たちから教わることになった。
そしてそこで初めてレンツォが軽い罰ではなく、身体が動かなくなるほどの拷問を受けていたことを知った。今は家に戻り、家族に看病されているという。
「殿下、魔法の訓練を受けてください。でないと次は私どもの誰かが罰せられます」
「新婚なんです。子供が欲しいので宦官にはなりたくないです」
私だって、私のせいで誰かを不幸にしたくない。
「ねえ……もうちゃんと訓練を受けるから、最後のお願いを聞いてくれない?」
「どんなお願いですか?」
「アンジェロに会いたいの。彼のところに連れて行ってくれない?」
魔法隊員達は皆顔を見合わせて戸惑った。
「……まあ、いいんじゃないか?」
誰かがそう言って、空気が緩んだのがわかった。
「まあ、隊長に会うくらいなら問題ないよな?」
「うん、だって、魔法隊全員で皇妃様への魔法指導を命じられているし、だったらその隊をまとめる隊長と会うのは自然だし、そもそもレンツォの前の最初の指導者は隊長だよな?」
「言われてみれば確かに」
誰も私とアンジェロの関係は知らないようだった。
「あ、じゃあ俺がお連れします。今日は隊長は帰ってるはずだし」
若い隊員が手を上げて、私に近づいてきた。失礼しますと小さく言って、私の手に腕輪をはめさせた。
「すいません。陛下の妃は城の敷地内から出る時はこれを付けないといけない決まりなんです」
脱走防止の何かだろう。逃げるつもりもない私は素直に腕にはめさせた。
部下が手を握ると、一軒の屋敷の前に転移した。
丁寧に芝生が刈りこまれた見晴らしの良い広い庭に、石造りの素朴な屋敷。中身は控えめなアンジェロの家らしくて、胸が高鳴ってきた。
大きなクスノキ以外、これといって目立つものはないが、そのクスノキの下あたりから楽しそうな笑い声が響いている。
目を凝らせば、木のそばにアンジェロの姿が見えた。いつもの白いローブではなく、チュニックシャツにベルトを巻いて、ズボンを履いただけの姿だ。
ずっと会えなかった愛しい人の姿と、見慣れない服装のギャップにときめいたが、すぐに気持ちは凍り付いてしまった。
木の陰から赤ちゃんを抱く妻らしき女性が現れた。私とはまったく違う、落ち着いた雰囲気の女性だった。
私は前へと踏み出し、アンジェロの表情をよく見れば、彼が妻や子に向ける眼差しは愛が溢れていた。
アンジェロは赤ちゃんのおでこにキスをし、そして妻を抱き寄せ、彼女の唇にもキスをした。
家族三人で寄り添い、赤ちゃんを見つめて夫婦で微笑みあっている。
私が描いていたアンジェロとの幸せそのものだった。
これ以上見ているのが辛くなり、私は連れて来てくれた魔法隊の男の手を掴む。
「もう、帰りましょ」
「え、でも、そこに隊長が」
「見えるでしょ? 取り込み中よ。隊長の幸せな時間を邪魔しないの」
「は、はいっ」
すぐに転移して城に戻り、そこからは無我夢中で魔法の訓練を受ける。
毎日毎日、起きている間は隊員達がへたるまで自分の使える魔法を増やしたり、使えない攻撃魔法の術式も覚えたりと、とにかく時間を消費したくて訓練だけに没頭した。
魔法のレベルが桁違いに上がった頃、私の部屋を訪ねて来た男がいる。
バルトロだ。
夜、ベッドに入り眠りにつこうとしたら、あの男がワイングラスと瓶を持ってやって来た。
「遅かったな」
「待ってはおりませんので、お気になさらず」
私の素っ気ない返事にバルトロはクスクス笑い、部屋の扉を閉めて近づいてくる。棚の上で持っていたワイングラスを置くと、ワインを注いでからグラスだけを持ってベッドの私の横に座る。
「お前の魔力が上がるのが遅かったなと言ったんだ」
「それは、失礼いたしました」
バルトロは然程入っていないワイングラスを眺めながら、中身をゆっくりと回す。ワインの先が見えないほど濃い黒色。重厚なフルボディの赤ワインでも、ここまで濃い色は初めて見た。グラスに入れた量が少ないのも、アルコールが強いからだろうか。
「お祝いだ」
バルトロはワイングラスを私に差し出す。
「なぜ、陛下のグラスはないんですか?」
「貴重なもので、これが最後の一杯なんだ」
「では、陛下が召し上がってください」
「祝いだと言っただろ? それを断るのか?」
「陛下の皇妃ですから。最後の一杯と言われて遠慮せずにはいられません」
バルトロはフッと笑うと、持っていたグラスに口をつけて一気に含んだ。
そして、隣にいた私を強い力で押し倒して無理矢理キスをしてくる。何とか逃げ出そうにも、力で勝てるわけがない。口の中にとろとろとワインが流し込まれると、その時点でワインの味ではなく水だと気づいた。
私がゴクリと飲み込んだのを確認すると、バルトロはやっと離れた。
口の横を垂れる水を手で拭きながら起き上がる。
「随分と情熱的なキスをされるんですね。予想外でした」
バルトロは返事もせず、何の感情もない表情で手から氷柱を出して私の心臓に貫通させた。
「な゛っ……」
手を胸にあてれば、貫通させられた場所から血がどくどく流れている。
壁には血が飛び散ったが、壁紙の赤色の一部のようで違和感がなかった。
そんなことまで確認できるほど意識はしっかりとあり、その内に出血は治り、貫通した場所は塞がっていく。
私は胸を何度も触って確認した。
「どういうこと……」
「レンツォが黒い水は鳥のために使ったと言った。枯渇寸前の貴重な水を鳥になんて使うとは。そう思って、せっかく水を盗んでまで生かした鳥をレンツォの目の前で殺してやろうとしたら、その鳥、死なないんだよ。何度やっても」
バルトロは私の体にまた氷柱を刺した。腕、腹、太ももと次々と。
「レンツォは不老不死の薬を完成させてた。お前に飲ませたのは、あいつから回収していた残りの水だ」
刺された場所がみるみるうちに治癒していき、自然と氷柱も抜け落ちた。
「なぜ……私に飲ませたの」
「黒い水が枯渇したからだよ。これからはお前が俺の黒い水だ。死なれたら困る」
壁紙の赤色は、飛び散る血の色を隠すための色だ。機嫌を損ねれば何をされるかわからない。
それがこの男。
「さあ、回復して見せろ」
——叫び声を上げれば、誰かが抱きしめてくれているのがわかった。
満たされなかった心を全て包み込むような、光のような温もり。
必死に私の頭を撫で、大丈夫だ、大丈夫だ、と声を掛けている誰かがいる。
だんだんと頭がハッキリしてきて、上がった息も落ち着き出すと、私を抱きしめている相手の顔を見た。
記憶が交錯する中、それでも彼がわかった。
「……フィー?」
「良かった。心配したよ、セラ」
久しぶりに見た少年は、また少し大人の顔つきになっている気がした。
彼がこの先アンジェロに似ていくと思うと、少し怖かった。
そしてそこで初めてレンツォが軽い罰ではなく、身体が動かなくなるほどの拷問を受けていたことを知った。今は家に戻り、家族に看病されているという。
「殿下、魔法の訓練を受けてください。でないと次は私どもの誰かが罰せられます」
「新婚なんです。子供が欲しいので宦官にはなりたくないです」
私だって、私のせいで誰かを不幸にしたくない。
「ねえ……もうちゃんと訓練を受けるから、最後のお願いを聞いてくれない?」
「どんなお願いですか?」
「アンジェロに会いたいの。彼のところに連れて行ってくれない?」
魔法隊員達は皆顔を見合わせて戸惑った。
「……まあ、いいんじゃないか?」
誰かがそう言って、空気が緩んだのがわかった。
「まあ、隊長に会うくらいなら問題ないよな?」
「うん、だって、魔法隊全員で皇妃様への魔法指導を命じられているし、だったらその隊をまとめる隊長と会うのは自然だし、そもそもレンツォの前の最初の指導者は隊長だよな?」
「言われてみれば確かに」
誰も私とアンジェロの関係は知らないようだった。
「あ、じゃあ俺がお連れします。今日は隊長は帰ってるはずだし」
若い隊員が手を上げて、私に近づいてきた。失礼しますと小さく言って、私の手に腕輪をはめさせた。
「すいません。陛下の妃は城の敷地内から出る時はこれを付けないといけない決まりなんです」
脱走防止の何かだろう。逃げるつもりもない私は素直に腕にはめさせた。
部下が手を握ると、一軒の屋敷の前に転移した。
丁寧に芝生が刈りこまれた見晴らしの良い広い庭に、石造りの素朴な屋敷。中身は控えめなアンジェロの家らしくて、胸が高鳴ってきた。
大きなクスノキ以外、これといって目立つものはないが、そのクスノキの下あたりから楽しそうな笑い声が響いている。
目を凝らせば、木のそばにアンジェロの姿が見えた。いつもの白いローブではなく、チュニックシャツにベルトを巻いて、ズボンを履いただけの姿だ。
ずっと会えなかった愛しい人の姿と、見慣れない服装のギャップにときめいたが、すぐに気持ちは凍り付いてしまった。
木の陰から赤ちゃんを抱く妻らしき女性が現れた。私とはまったく違う、落ち着いた雰囲気の女性だった。
私は前へと踏み出し、アンジェロの表情をよく見れば、彼が妻や子に向ける眼差しは愛が溢れていた。
アンジェロは赤ちゃんのおでこにキスをし、そして妻を抱き寄せ、彼女の唇にもキスをした。
家族三人で寄り添い、赤ちゃんを見つめて夫婦で微笑みあっている。
私が描いていたアンジェロとの幸せそのものだった。
これ以上見ているのが辛くなり、私は連れて来てくれた魔法隊の男の手を掴む。
「もう、帰りましょ」
「え、でも、そこに隊長が」
「見えるでしょ? 取り込み中よ。隊長の幸せな時間を邪魔しないの」
「は、はいっ」
すぐに転移して城に戻り、そこからは無我夢中で魔法の訓練を受ける。
毎日毎日、起きている間は隊員達がへたるまで自分の使える魔法を増やしたり、使えない攻撃魔法の術式も覚えたりと、とにかく時間を消費したくて訓練だけに没頭した。
魔法のレベルが桁違いに上がった頃、私の部屋を訪ねて来た男がいる。
バルトロだ。
夜、ベッドに入り眠りにつこうとしたら、あの男がワイングラスと瓶を持ってやって来た。
「遅かったな」
「待ってはおりませんので、お気になさらず」
私の素っ気ない返事にバルトロはクスクス笑い、部屋の扉を閉めて近づいてくる。棚の上で持っていたワイングラスを置くと、ワインを注いでからグラスだけを持ってベッドの私の横に座る。
「お前の魔力が上がるのが遅かったなと言ったんだ」
「それは、失礼いたしました」
バルトロは然程入っていないワイングラスを眺めながら、中身をゆっくりと回す。ワインの先が見えないほど濃い黒色。重厚なフルボディの赤ワインでも、ここまで濃い色は初めて見た。グラスに入れた量が少ないのも、アルコールが強いからだろうか。
「お祝いだ」
バルトロはワイングラスを私に差し出す。
「なぜ、陛下のグラスはないんですか?」
「貴重なもので、これが最後の一杯なんだ」
「では、陛下が召し上がってください」
「祝いだと言っただろ? それを断るのか?」
「陛下の皇妃ですから。最後の一杯と言われて遠慮せずにはいられません」
バルトロはフッと笑うと、持っていたグラスに口をつけて一気に含んだ。
そして、隣にいた私を強い力で押し倒して無理矢理キスをしてくる。何とか逃げ出そうにも、力で勝てるわけがない。口の中にとろとろとワインが流し込まれると、その時点でワインの味ではなく水だと気づいた。
私がゴクリと飲み込んだのを確認すると、バルトロはやっと離れた。
口の横を垂れる水を手で拭きながら起き上がる。
「随分と情熱的なキスをされるんですね。予想外でした」
バルトロは返事もせず、何の感情もない表情で手から氷柱を出して私の心臓に貫通させた。
「な゛っ……」
手を胸にあてれば、貫通させられた場所から血がどくどく流れている。
壁には血が飛び散ったが、壁紙の赤色の一部のようで違和感がなかった。
そんなことまで確認できるほど意識はしっかりとあり、その内に出血は治り、貫通した場所は塞がっていく。
私は胸を何度も触って確認した。
「どういうこと……」
「レンツォが黒い水は鳥のために使ったと言った。枯渇寸前の貴重な水を鳥になんて使うとは。そう思って、せっかく水を盗んでまで生かした鳥をレンツォの目の前で殺してやろうとしたら、その鳥、死なないんだよ。何度やっても」
バルトロは私の体にまた氷柱を刺した。腕、腹、太ももと次々と。
「レンツォは不老不死の薬を完成させてた。お前に飲ませたのは、あいつから回収していた残りの水だ」
刺された場所がみるみるうちに治癒していき、自然と氷柱も抜け落ちた。
「なぜ……私に飲ませたの」
「黒い水が枯渇したからだよ。これからはお前が俺の黒い水だ。死なれたら困る」
壁紙の赤色は、飛び散る血の色を隠すための色だ。機嫌を損ねれば何をされるかわからない。
それがこの男。
「さあ、回復して見せろ」
——叫び声を上げれば、誰かが抱きしめてくれているのがわかった。
満たされなかった心を全て包み込むような、光のような温もり。
必死に私の頭を撫で、大丈夫だ、大丈夫だ、と声を掛けている誰かがいる。
だんだんと頭がハッキリしてきて、上がった息も落ち着き出すと、私を抱きしめている相手の顔を見た。
記憶が交錯する中、それでも彼がわかった。
「……フィー?」
「良かった。心配したよ、セラ」
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