深く刻まれた皇妃への想い

さくらぎしょう

文字の大きさ
21 / 38

21.セラフィーナの記憶5

しおりを挟む
 私の側仕えが侍従長から他の侍女へと交代され、魔法指導は決まった時間に赤の離宮から軍施設に転移させられ、そこでアンジェロの部下たちから教わることになった。

 そしてそこで初めてレンツォが軽い罰ではなく、身体が動かなくなるほどの拷問を受けていたことを知った。今は家に戻り、家族に看病されているという。

「殿下、魔法の訓練を受けてください。でないと次は私どもの誰かが罰せられます」
「新婚なんです。子供が欲しいので宦官にはなりたくないです」

 私だって、私のせいで誰かを不幸にしたくない。

「ねえ……もうちゃんと訓練を受けるから、最後のお願いを聞いてくれない?」

「どんなお願いですか?」

「アンジェロに会いたいの。彼のところに連れて行ってくれない?」

 魔法隊員達は皆顔を見合わせて戸惑った。

「……まあ、いいんじゃないか?」

 誰かがそう言って、空気が緩んだのがわかった。

「まあ、隊長に会うくらいなら問題ないよな?」
「うん、だって、魔法隊全員で皇妃様への魔法指導を命じられているし、だったらその隊をまとめる隊長と会うのは自然だし、そもそもレンツォの前の最初の指導者は隊長だよな?」
「言われてみれば確かに」

 誰も私とアンジェロの関係は知らないようだった。

「あ、じゃあ俺がお連れします。今日は隊長は帰ってるはずだし」

 若い隊員が手を上げて、私に近づいてきた。失礼しますと小さく言って、私の手に腕輪をはめさせた。

「すいません。陛下の妃は城の敷地内から出る時はこれを付けないといけない決まりなんです」

 脱走防止の何かだろう。逃げるつもりもない私は素直に腕にはめさせた。

 部下が手を握ると、一軒の屋敷の前に転移した。

 丁寧に芝生が刈りこまれた見晴らしの良い広い庭に、石造りの素朴な屋敷。中身は控えめなアンジェロの家らしくて、胸が高鳴ってきた。
 大きなクスノキ以外、これといって目立つものはないが、そのクスノキの下あたりから楽しそうな笑い声が響いている。

 目を凝らせば、木のそばにアンジェロの姿が見えた。いつもの白いローブではなく、チュニックシャツにベルトを巻いて、ズボンを履いただけの姿だ。
 ずっと会えなかった愛しい人の姿と、見慣れない服装のギャップにときめいたが、すぐに気持ちは凍り付いてしまった。

 木の陰から赤ちゃんを抱く妻らしき女性が現れた。私とはまったく違う、落ち着いた雰囲気の女性だった。

 私は前へと踏み出し、アンジェロの表情をよく見れば、彼が妻や子に向ける眼差しは愛が溢れていた。
 アンジェロは赤ちゃんのおでこにキスをし、そして妻を抱き寄せ、彼女の唇にもキスをした。

 家族三人で寄り添い、赤ちゃんを見つめて夫婦で微笑みあっている。

 私が描いていたアンジェロとの幸せそのものだった。

 これ以上見ているのが辛くなり、私は連れて来てくれた魔法隊の男の手を掴む。

「もう、帰りましょ」
「え、でも、そこに隊長が」
「見えるでしょ? 取り込み中よ。隊長の幸せな時間を邪魔しないの」
「は、はいっ」

 すぐに転移して城に戻り、そこからは無我夢中で魔法の訓練を受ける。

 毎日毎日、起きている間は隊員達がへたるまで自分の使える魔法を増やしたり、使えない攻撃魔法の術式も覚えたりと、とにかく時間を消費したくて訓練だけに没頭した。

 魔法のレベルが桁違いに上がった頃、私の部屋を訪ねて来た男がいる。

 バルトロだ。

 夜、ベッドに入り眠りにつこうとしたら、あの男がワイングラスと瓶を持ってやって来た。

「遅かったな」

「待ってはおりませんので、お気になさらず」

 私の素っ気ない返事にバルトロはクスクス笑い、部屋の扉を閉めて近づいてくる。棚の上で持っていたワイングラスを置くと、ワインを注いでからグラスだけを持ってベッドの私の横に座る。

「お前の魔力が上がるのが遅かったなと言ったんだ」

「それは、失礼いたしました」

 バルトロは然程入っていないワイングラスを眺めながら、中身をゆっくりと回す。ワインの先が見えないほど濃い黒色。重厚なフルボディの赤ワインでも、ここまで濃い色は初めて見た。グラスに入れた量が少ないのも、アルコールが強いからだろうか。

「お祝いだ」

 バルトロはワイングラスを私に差し出す。

「なぜ、陛下のグラスはないんですか?」

「貴重なもので、これが最後の一杯なんだ」

「では、陛下が召し上がってください」

「祝いだと言っただろ? それを断るのか?」

「陛下の皇妃ですから。最後の一杯と言われて遠慮せずにはいられません」

 バルトロはフッと笑うと、持っていたグラスに口をつけて一気に含んだ。
 そして、隣にいた私を強い力で押し倒して無理矢理キスをしてくる。何とか逃げ出そうにも、力で勝てるわけがない。口の中にとろとろとワインが流し込まれると、その時点でワインの味ではなく水だと気づいた。

 私がゴクリと飲み込んだのを確認すると、バルトロはやっと離れた。

 口の横を垂れる水を手で拭きながら起き上がる。

「随分と情熱的なキスをされるんですね。予想外でした」

 バルトロは返事もせず、何の感情もない表情で手から氷柱を出して私の心臓に貫通させた。

「な゛っ……」

 手を胸にあてれば、貫通させられた場所から血がどくどく流れている。
 壁には血が飛び散ったが、壁紙の赤色の一部のようで違和感がなかった。
 そんなことまで確認できるほど意識はしっかりとあり、その内に出血は治り、貫通した場所は塞がっていく。

 私は胸を何度も触って確認した。

「どういうこと……」

「レンツォが黒い水は鳥のために使ったと言った。枯渇寸前の貴重な水を鳥になんて使うとは。そう思って、せっかく水を盗んでまで生かした鳥をレンツォの目の前で殺してやろうとしたら、その鳥、死なないんだよ。何度やっても」

 バルトロは私の体にまた氷柱を刺した。腕、腹、太ももと次々と。

「レンツォは不老不死の薬を完成させてた。お前に飲ませたのは、あいつから回収していた残りの水だ」

 刺された場所がみるみるうちに治癒していき、自然と氷柱も抜け落ちた。

「なぜ……私に飲ませたの」

「黒い水が枯渇したからだよ。これからはお前が俺の黒い水だ。死なれたら困る」

 壁紙の赤色は、飛び散る血の色を隠すための色だ。機嫌を損ねれば何をされるかわからない。
 それがこの男。

「さあ、回復して見せろ」

 ——叫び声を上げれば、誰かが抱きしめてくれているのがわかった。
 
 満たされなかった心を全て包み込むような、光のような温もり。

 必死に私の頭を撫で、大丈夫だ、大丈夫だ、と声を掛けている誰かがいる。

 だんだんと頭がハッキリしてきて、上がった息も落ち着き出すと、私を抱きしめている相手の顔を見た。

 記憶が交錯する中、それでも彼がわかった。

「……フィー?」

「良かった。心配したよ、セラ」

 久しぶりに見た少年は、また少し大人の顔つきになっている気がした。

 彼がこの先アンジェロに似ていくと思うと、少し怖かった。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

処理中です...