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22. 一緒に山を越えよう
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フィガロ皇子はセラフィーナが目覚めた事をバルドとラーラに伝えに部屋を出て行った。
セラフィーナは開いた窓に近づき、外の空気を吸う。陽射しがだいぶ強くなっていたが、緑の葉を揺らす風がカラッとしていて気持ち良かった。
セラフィーナが眠っている間に季節が夏本番を迎えていた。
扉が開くと、バルドとラーラがセラフィーナに駆け寄って来て抱きしめた。
「目覚めて良かった」
「随分寝てしまっていたようでごめんなさい」
「良いんだ。今日はゆっくりして、明日体調が良ければ会って貰いたい人たちがいる」
「会って貰いたい人たち?」
しかしバルドとラーラは頷くだけだった。
翌日の夕方、フィガロ皇子とセラフィーナは荷馬車に乗せられて村に向かった。
村に着けば荷馬車から降りて歩き出す。眠りにつくには早すぎる時間なのに、通り過ぎる店や家の窓はどこも暗い。
その様子にセラフィーナは不思議に思っていると、広場が近づくにつれて賑やかな声と共にオレンジ色の光が照らし始める。
今日はお祭りでもあるのか、広場にはランタンの温かい明かりが無数に広がり、大きなテーブルがいくつも準備されて、その上には食事やエールが並べられていた。すでに席についてエールを飲んでいる男がいたり、夜に家の外に出てはしゃぐ子供達の笑い声が響いていたり、その空間は笑顔と人々の喜びに包まれていた。
誰かがフィガロ皇子とセラフィーナの姿に気づき、声を出した。
「来たぞ!」
全員が一斉にバルド一家に顔を向けた。シーンと静まり返る空間で、大勢に自分達が注目されていることにセラフィーナは戸惑った。
双子の女の子が一輪花をそれぞれ持ってセラフィーナとフィガロ皇子のもとに駆け寄って来た。
「おかぁしゃんをみつけてくれてありがとう」
「え?」
セラフィーナは理解が出来ないまま、女の子に渡された花束を受け取ってしまう。
隣に立つフィガロ皇子がセラフィーナに耳打ちした。
「セラが眠っている間に、村の皆が僕達が見つけた巣穴近くまで行って沢山の遺体を発見したんだ。彼女達のお母さんも見つかった一人だよ」
様々な色の一輪花を持った人々が続々とセラフィーナとフィガロ皇子のもとにやって来て、お礼の言葉とともに花を渡していく。
あの山で見つかったのは誰かの大切な人達で、スノーベアの脅威がなくなったセラ峠は、人々の生活を大いに助ける歯車としてまた動き出していた。
一輪花を全て受け取った時には、二人とも両腕いっぱいに花が溢れた。赤や黄色やオレンジ、ピンクと、どこからこんなに色々な種類の花々を集めてきたのか。
それが、この村の人達の精一杯の感謝の証だった。
今夜は村から二人への感謝の会であった。
感謝の会は夜通し開かれ、二人の前には村の女達が腕を振るった料理が途絶えることなく並べられる。
音楽が鳴り始めれば、自然と村人たちは踊り始めた。宮廷や貴族の催しでは聴かないような二拍子の軽快なリズムに乗って、村人たちは笑ったり跳ねたり抱き合ったりと、本当に楽しそうに踊っている。
フィガロ皇子もセラフィーナも初めて見る庶民の踊りに夢中になって見ていた。
エールを飲んでいたバルドが二人に声を掛ける。
「ほら、お前たちも踊ってこい」
「え、無理よ。振付を知らないもの」
「別に振付なんてあってないようなもんだ。適当に合わせて好きに踊れ」
セラフィーナは嫌だと手を振っていたが、フィガロ皇子が立ち上がり、セラフィーナの手を掴んで立ち上がらせ、戸惑うセラフィーナを引っ張っていった。
「ほら、セラ、僕に腕を回して」
「こ、こうかしら? ダンスなんて何百年ぶりで……」
セラフィーナがブツブツ言っている間にフィガロ皇子が軽く跳ね上がり、ステップを踏みながらセラフィーナをリードしていく。
「ちょっ、ちょっと速くない???」
「ほらほら、セラもみんなみたいに跳ねてステップを踏むんだよ」
「跳ねて踊るなんてウサギじゃないんだから」
「でもほら、楽しくなってきた」
跳ねたり、くるくる回ったり、パートナーが変わったり、またフィガロ皇子に腕を掴まれ引っ張り戻されたりと、ランタンの光の中でセラフィーナは自然と大きな口を開けて笑っていた。
フィガロ皇子は目を細めてセラフィーナを見ている。彼女が嬉しそうにしているのが一番嬉しくて、気持ちが満たされる。出会った時から、自分が彼女を幸せにしたいと感じていた。
「セラ、君が眠っている間にバルドさんや村の皆が旅の資金や物資を準備してくれたんだ。地図も手に入ったよ」
「え」
「一緒にあの山を越えよう」
「一緒に山を越えるですって……?」
セラフィーナはその言葉に、ふいに涙が一粒頬を伝ってしまった。
その様子を見てフィガロ皇子はあたふたと戸惑う。
「え? ごめん、何か気に障った??」
セラフィーナはフィガロ皇子を見てはいるが、視線はどこか遠くを見つめていた。
「あなたには麓に家族がいるでしょ?」
フィガロ皇子には正直セラフィーナが言いたいことがわからなかった。だけど、何とか理解しようと頭を働かせる。
「麓に家族? あ、父や母のこと?」
セラフィーナの視線が現実に戻ってきたと思えば、彼女はフィガロ皇子から手を離して踊りの輪から離れようとする。
「家族のもとに帰りなさい。やっぱりお父様に助けを求めたらどうにかなるわよ」
フィガロ皇子は離れたセラフィーナの手を掴み、踊りの輪から自ら連れ出した。そしてこの感謝の会全体が見渡せるような場所まで行くと、立ち止まって振り返り、セラフィーナにその光景を見せた。
「ねえセラ。僕は生まれて初めて国民の生活に目を向けているんだ。僕が皇帝になるわけではないけど、それでも今強く思うのは、この国をもっと知りたいってこと。きっかけは兄から逃げたことだけど、初めて母の言いなりにならずに、挑戦している。それに、今の自分が父に助けを求めた所で、やっぱり兄から逃げられるはずがない。自分の中には足りないものが沢山あるから」
セラフィーナは村を眺めながら、フィガロ皇子に言う訳でもなくポツリと呟く。
「麓の家族はおいていけない……」
フィガロ皇子は聞き逃さなかった。
「子供はいつかは巣立つでしょ? 置いて行くわけじゃない。巣立つんだ」
「巣立つ?」
「そして鳥は成鳥し、いつか新しい家族を自分の生まれた場所に連れて帰るだろ? だから、麓に家族を置いて行くわけじゃない」
フィガロ皇子は最後にセラフィーナに聞こえないくらいの小声でぼそぼそと「新しい家族はもちろんセラと可愛い子供かなぁ」と呟き、顔を真っ赤にしていた。
セラフィーナはフィガロ皇子を見つめた。目に映るフィガロ皇子は、アンジェロに顔が似ただけのまったくの別人だった。
まだ若いから明るい未来を描いて突き進めるのだろうが、その若さが今のセラフィーナには少し救いになった。
セラフィーナは微笑む。
「じゃあ、姉として、あなたが大人になって私のもとを巣立つのを見届けないとね」
「え、そんなぁ。セラと一緒にいたいって意味なのにー」
急に子供に戻ったフィガロ皇子を見て、セラフィーナはクスクス笑って揶揄った。
セラフィーナは開いた窓に近づき、外の空気を吸う。陽射しがだいぶ強くなっていたが、緑の葉を揺らす風がカラッとしていて気持ち良かった。
セラフィーナが眠っている間に季節が夏本番を迎えていた。
扉が開くと、バルドとラーラがセラフィーナに駆け寄って来て抱きしめた。
「目覚めて良かった」
「随分寝てしまっていたようでごめんなさい」
「良いんだ。今日はゆっくりして、明日体調が良ければ会って貰いたい人たちがいる」
「会って貰いたい人たち?」
しかしバルドとラーラは頷くだけだった。
翌日の夕方、フィガロ皇子とセラフィーナは荷馬車に乗せられて村に向かった。
村に着けば荷馬車から降りて歩き出す。眠りにつくには早すぎる時間なのに、通り過ぎる店や家の窓はどこも暗い。
その様子にセラフィーナは不思議に思っていると、広場が近づくにつれて賑やかな声と共にオレンジ色の光が照らし始める。
今日はお祭りでもあるのか、広場にはランタンの温かい明かりが無数に広がり、大きなテーブルがいくつも準備されて、その上には食事やエールが並べられていた。すでに席についてエールを飲んでいる男がいたり、夜に家の外に出てはしゃぐ子供達の笑い声が響いていたり、その空間は笑顔と人々の喜びに包まれていた。
誰かがフィガロ皇子とセラフィーナの姿に気づき、声を出した。
「来たぞ!」
全員が一斉にバルド一家に顔を向けた。シーンと静まり返る空間で、大勢に自分達が注目されていることにセラフィーナは戸惑った。
双子の女の子が一輪花をそれぞれ持ってセラフィーナとフィガロ皇子のもとに駆け寄って来た。
「おかぁしゃんをみつけてくれてありがとう」
「え?」
セラフィーナは理解が出来ないまま、女の子に渡された花束を受け取ってしまう。
隣に立つフィガロ皇子がセラフィーナに耳打ちした。
「セラが眠っている間に、村の皆が僕達が見つけた巣穴近くまで行って沢山の遺体を発見したんだ。彼女達のお母さんも見つかった一人だよ」
様々な色の一輪花を持った人々が続々とセラフィーナとフィガロ皇子のもとにやって来て、お礼の言葉とともに花を渡していく。
あの山で見つかったのは誰かの大切な人達で、スノーベアの脅威がなくなったセラ峠は、人々の生活を大いに助ける歯車としてまた動き出していた。
一輪花を全て受け取った時には、二人とも両腕いっぱいに花が溢れた。赤や黄色やオレンジ、ピンクと、どこからこんなに色々な種類の花々を集めてきたのか。
それが、この村の人達の精一杯の感謝の証だった。
今夜は村から二人への感謝の会であった。
感謝の会は夜通し開かれ、二人の前には村の女達が腕を振るった料理が途絶えることなく並べられる。
音楽が鳴り始めれば、自然と村人たちは踊り始めた。宮廷や貴族の催しでは聴かないような二拍子の軽快なリズムに乗って、村人たちは笑ったり跳ねたり抱き合ったりと、本当に楽しそうに踊っている。
フィガロ皇子もセラフィーナも初めて見る庶民の踊りに夢中になって見ていた。
エールを飲んでいたバルドが二人に声を掛ける。
「ほら、お前たちも踊ってこい」
「え、無理よ。振付を知らないもの」
「別に振付なんてあってないようなもんだ。適当に合わせて好きに踊れ」
セラフィーナは嫌だと手を振っていたが、フィガロ皇子が立ち上がり、セラフィーナの手を掴んで立ち上がらせ、戸惑うセラフィーナを引っ張っていった。
「ほら、セラ、僕に腕を回して」
「こ、こうかしら? ダンスなんて何百年ぶりで……」
セラフィーナがブツブツ言っている間にフィガロ皇子が軽く跳ね上がり、ステップを踏みながらセラフィーナをリードしていく。
「ちょっ、ちょっと速くない???」
「ほらほら、セラもみんなみたいに跳ねてステップを踏むんだよ」
「跳ねて踊るなんてウサギじゃないんだから」
「でもほら、楽しくなってきた」
跳ねたり、くるくる回ったり、パートナーが変わったり、またフィガロ皇子に腕を掴まれ引っ張り戻されたりと、ランタンの光の中でセラフィーナは自然と大きな口を開けて笑っていた。
フィガロ皇子は目を細めてセラフィーナを見ている。彼女が嬉しそうにしているのが一番嬉しくて、気持ちが満たされる。出会った時から、自分が彼女を幸せにしたいと感じていた。
「セラ、君が眠っている間にバルドさんや村の皆が旅の資金や物資を準備してくれたんだ。地図も手に入ったよ」
「え」
「一緒にあの山を越えよう」
「一緒に山を越えるですって……?」
セラフィーナはその言葉に、ふいに涙が一粒頬を伝ってしまった。
その様子を見てフィガロ皇子はあたふたと戸惑う。
「え? ごめん、何か気に障った??」
セラフィーナはフィガロ皇子を見てはいるが、視線はどこか遠くを見つめていた。
「あなたには麓に家族がいるでしょ?」
フィガロ皇子には正直セラフィーナが言いたいことがわからなかった。だけど、何とか理解しようと頭を働かせる。
「麓に家族? あ、父や母のこと?」
セラフィーナの視線が現実に戻ってきたと思えば、彼女はフィガロ皇子から手を離して踊りの輪から離れようとする。
「家族のもとに帰りなさい。やっぱりお父様に助けを求めたらどうにかなるわよ」
フィガロ皇子は離れたセラフィーナの手を掴み、踊りの輪から自ら連れ出した。そしてこの感謝の会全体が見渡せるような場所まで行くと、立ち止まって振り返り、セラフィーナにその光景を見せた。
「ねえセラ。僕は生まれて初めて国民の生活に目を向けているんだ。僕が皇帝になるわけではないけど、それでも今強く思うのは、この国をもっと知りたいってこと。きっかけは兄から逃げたことだけど、初めて母の言いなりにならずに、挑戦している。それに、今の自分が父に助けを求めた所で、やっぱり兄から逃げられるはずがない。自分の中には足りないものが沢山あるから」
セラフィーナは村を眺めながら、フィガロ皇子に言う訳でもなくポツリと呟く。
「麓の家族はおいていけない……」
フィガロ皇子は聞き逃さなかった。
「子供はいつかは巣立つでしょ? 置いて行くわけじゃない。巣立つんだ」
「巣立つ?」
「そして鳥は成鳥し、いつか新しい家族を自分の生まれた場所に連れて帰るだろ? だから、麓に家族を置いて行くわけじゃない」
フィガロ皇子は最後にセラフィーナに聞こえないくらいの小声でぼそぼそと「新しい家族はもちろんセラと可愛い子供かなぁ」と呟き、顔を真っ赤にしていた。
セラフィーナはフィガロ皇子を見つめた。目に映るフィガロ皇子は、アンジェロに顔が似ただけのまったくの別人だった。
まだ若いから明るい未来を描いて突き進めるのだろうが、その若さが今のセラフィーナには少し救いになった。
セラフィーナは微笑む。
「じゃあ、姉として、あなたが大人になって私のもとを巣立つのを見届けないとね」
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